手術をすることになりまして~。
右手の指先を、ちょこっと切るだけなのですが。



「大したこと」になるのか、ただ切るだけになるのか
それは切ってみないと分りません。

何年か前からあったほくろが、少しずつ大きく濃くなってきて
アトピーで通ってる皮膚科で相談したら、大学病院を紹介されて
行ってみたら「切った方がいいかも」となったわけで。

メラノーマ(悪性黒色腫)の疑いです。


メラノーマは傷を付けると広がりやすいので
組織診だか細胞診はせず、全部摘出して検査するので
手術が終わってみないと、こいつがただのほくろなのか悪玉なのか分らない。
今、まーったくの宙ぶらりん。

ほくろなら、そのまま傷が塞がるのを待つだけ。
悪性だったら、CTで全身を検査したり、何らかの治療があるはずだけど
コイツが何か分らないので、なーんも決まってない。


それなりに怖いし、
転移した時の死亡率が高いとか、マジこえーし
息子の世話がー
家事がー

と、不安なことは、それなりにありますが
周りが心配してくれているほど、本人は自覚がないようです。
ぼーっとしてます。
他人事みたい。


目につくところにあるから、見れば考えるけど
痛くも痒くもないからさー
病人っぽくないというか。
手術したら、さすがに「けが人」みたいになるんだろうけど。


とりあえず、家事育児が多少困難になるので
息子さんには術後2週間ほど保育園に入って頂くことになったけど
後のことは、検査次第で考えよう、ということになりました。

何しろ、なにも分ってないからさ
他にどうにもしようがないのよ。

しばらく家事も育児もろくにできない「究極の役立たず」として生きていくので
役立たず生活中、何をしようかとか考えています。


川崎大師の御開帳に行きたいな~
(10年に一度らしいし)
ひとりカラオケもいいな~



のんきなもんだ。
放置ブログをおもむろに更新。
何もなかったように再開。
このブログは、そういうブログです。



息子は1歳2ヶ月。
歩き出す気配はまったくありませんが、だいぶ賢くなりました。

夜は20時前には寝ちゃうので、私の自由時間がどどーんとあるんですが
「最近のブーム其の壱」がコレ↓




Kis-My-Ft2で~~~す!(*'∀`*)v

ちなみにこれは、FCの会員証でーす。
入会しました~ラブ


育児疲れでぐったりしながらひとりで夕飯を食べるとき、
「ジャニーズカウントダウン」の録画が私を癒してくれました。
キスマイが、私を癒してくれました。

というわけで入会しました、40歳です。


光GENJIでもSMAPでも嵐でも入会しなかったFCにぽーんと入会したのは
40歳を過ぎて「人生、折り返したなぁ」と思ったとき
やりたいことを我慢しているうちに一生が終わるかもしれないじゃん!と気付き
思い込んだらとことん突っ走ってやろうと決めたのです。

これからあと40年あったとしてもさー
最後までピンピンしてるとは限らないもんね。

やりたくないことをやって時間を無駄にしたくないし
やりたいことを我慢して、モヤモヤしたくない。


馬鹿にするなら、するといいさー!



続きはのちほど。

息子は昼寝中。



夫の休みは昨日から。

昨日は昼に妹一家が来て、夕方まで滞在。
話したり、テレビ観たり、甥っ子と遊んだり。

夜から、夫の友人、義姉、義姉の職場の人と忘年会。
不思議なメンバー、小さな異業種交流会(笑
私も久々に、記憶を飛ばすほど呑んで満足(*'∀`*)v



今年の休みは、小さなお出かけがぼちぼち入るくらいで、基本はのんびり。
思う存分休もう!と決めている。

我が家は夫が休みの日は3食ご飯を作ってくれるので
私は夫が作るご飯を食べるだけ~。
夫の休みは、私の休み。



昨年の今頃は、本当に忙しかった。
毎日、母が入院している病院に見舞い
実家の家事
父と喧嘩
大きなお腹を抱え、大変な日々だった。

それでも、幸せだったな。
12月26日に母の余命宣告があって
いよいよ「その日」が来るのだと、毎日不安で怖くてたまらなかったけど
母はむしろ、宣告があった後の方が元気で
毎日いろんな話をして過ごした。

母の為に頑張ることが、嬉しかった。


そして今は、頑張らずにだらだらしてる。
おさんどんも息子の世話も夫にまかせ、食っちゃ寝、食っちゃ寝。
どちらも、幸せ。


さて、今日は飲み過ぎないように、早く寝ようっと飲み会♪
あっという間に年の瀬ですね。
何をしていたのでしょう。

実際、育児はほんとに忙しいし
離乳食が始まってからはさらに忙しいし
息子に「移動」という機能が追加されてさらに目が離せないし
ブログなんか書いてらんねーよ、というのもあるんですが


この数ヶ月、何度も派手に転び、立ち上がってはすぐ転び...
その繰り返しで、
目の前のことも、いっぱいいっぱい
自分の感情も、わけわかんない
文章にするほど明確にならず
結局、放置新聞でした。

すいませんえん。




ここんとこ、床についてから馬鹿のひとつ覚え的にやっていることがあります。
それは、これをつぶやくこと。


これ、師匠がいっつも書いてるけどね
当初は私も「そんなん、自分は平気だし。分ってるし」
と思って、全然やらなかったの。
でも、すっごく毎度毎度心がざわつくの。

息子が泣く。
暴れる。
食べない。

「なんなんだよ、うるせえな」

口に出す訳にもいかないから、じっと我慢。
我慢が溜まって溜まって、
そのうち、息子の顔を見られなくなる。


怒ってしまう自分が嫌なの。
「こんな小さい息子に怒ってる自分」に、がっかりするの。
未熟さを突きつけられるのが嫌なの。

頑張ってるから。
頑張りを否定されて悲しいから。
頑張りに応えて欲しいから。


ずっと、この繰り返しだった。
疲れ果てて派手に転んで、なんとか立ち上がって
まだ頑張れる。
また頑張ろう。
その繰り返し。



で、それをとうとう、諦めることにした。
頑張って
頑張って
頑張って
疲れて足がもつれて転んで

出来ない自分に失望したり
愚図る息子に怒ったり
帰宅が遅い夫に怒ったり
子供を預けて仕事復帰するママさんを羨んだり
なんかわからんけど「世間」に怒ったり

するのをやめて、


「ごめんなさい。
 自分ひとりじゃ、もう無理です」


って、息子を一時保育に預けることにした。
「ひとりでやらなきゃ」を、諦めた。
「出来ない自分」を認めることにした。

そしたら、すっごく楽になった。
それと同時に、あれを始めたら、さらに楽になった。



私、「分ってるぶりっこ」なので
分りやすく言うと「知ったかぶり」なので

「あー、それ、あれでしょ?
 うん、すっごくいいよねー
 私はもう必要ないけど」

みたいな奴なんですよ。
でもこういう奴が、一番分ってない。
私もやっぱり、分ってなかった(笑



素直に、さっさとやればよかった。

「どうせ出来なくても、認められているし」
「どうせ出来なくても、許されているし」
「どうせ出来なくても、素晴らしいし」
「どうせ出来なくても、愛されているし」


毎晩毎晩つぶやくうちに、息子がさらに可愛く思えるようになった。
息子に「かわいいね」って、言えるようになった。
息子をまっすぐ、見られるようになった。

出来の悪いかーちゃんでも、大丈夫。



その自信を、自分の中に築く。
それがきっと、今年のテーマなんだな。

などと思っている2013年の年の瀬です。
(前回の記事の続きです)


出産してからが、また怒濤の日々だったなぁ。



出産してみて初めて知ったんだけど
母乳って、産んだからってジャージャー出ないのね。
子供が吸ってくれないと出ない。

おまけに、子供がなかなかうまく咥えられないの。
お腹が空いてるからぎゃぁぎゃぁ泣いてるし
咥えさせるまでに一苦労。
授乳が本当に苦痛だった。


昼も夜も関係なく、空腹の息子が泣くので
同部屋の人のことが気になり、2人部屋から個室にしてもらった。

私が出産した病院は、母が入院していた病院で
里帰りしてから母が亡くなるまで、毎日のように通った場所だった。
個室になった途端、母が居た病室を思い出して一晩中泣いた。
あれは辛かったな。


結局、授乳の問題が解決しないまま退院の日を迎えて
私は不安だらけだった。
私が借りる部屋と、妹一家が寝る部屋は襖一枚隔てた場所で
授乳のたびに息子は泣くし、夜中に起こしてしまうんじゃ...と
びくびくしていた。自宅に帰りたかった。

この頃には寝不足で疲れ切っていたし、
気分も塞いで無気力だった。
息子に対しては、何の感情もなかったな。
育児も「よくわからない生き物の世話」みたいな感じだった。


妹の家で過ごすうちに、少しずつ気力や体力を取り戻して来て
母の四十九日の法要と、息子の一ヶ月検診を終えて自宅に帰る日がきた。

その頃になってもまだ息子に対してはあまり感情がなかったけど
こんなもんなのかなぁと思ってた。