母が亡くなった時の喪失感って
ショベルカーで、がばーっと
自分をえぐり取られた感じで
自分が1/10くらいしかなくなっちゃったような
ぺらっぺらで、薄皮一枚しか残ってないような
地面がふわふわして踏みしめられなくて
自分という存在が、なくなっちゃった気がしていました。
唯一、
息子がお腹の中で動いてる感覚だけが
私が生身の人間だと教えてくれて。
最近、息子も3歳ですので
それなりに躾とかあるじゃないですか。
接していると
自分の中に「母」を感じる部分があって
息子と外食した時に
子供なので、よくこぼすんですけど
そういうのは、ちゃんと片付けたいんです。
息子にもその姿は見せたいし。
同じように、公共の場は綺麗に使う、とか
公共の場所の物(支援センターとか)は
自宅以上に丁寧に扱う、とか
私が外面がいいのもあるけど(笑
やっぱりそこは、ちゃんとしておきたいんです。
公共マナーみたいなものね。
電車で椅子の上に上がる時には椅子を汚さないように靴を脱ぐ、とかさ。
で、そういうところは
母がとても大事にしていたところで
私の中にちゃんと、根付いていたもの。
子供と関わるからこそ
親子だからこそ、強く実感できること。
月9見てます?
「いつかこの恋をなんちゃらかんちゃら」
あれ、好きで見てるんですが
その中の、八千草薫さんのセリフが素敵だった。
生きてる自分を、責めちゃダメよ
音ちゃん(有村さん)を見てると
音ちゃんのお母さんが、どんな人だったかが分かる
練(高良さん)を見てると
練のおじいちゃんが、どんな人だったかが分かる
私たち
死んだ人と
これから生まれてくる人と
一緒に生きていくのね
私が母と共に失くしたと思っていたものは
実は私の中にちゃんと残っていて
それをとても大事に、
息子にも残したいと思っていることを
最近になって、気づいたんです。
そして、母にもらったものと、自分の感覚を
もっともっと信じていこう、と思いました。
今まで、人の顔色を見たり
読めない空気を読んだり
誰かに決めてもらったり
自分の気持ちや感覚を信じられず
他者に決めてもらってきたけれど
やりたいこと
やりたくないこと
言いたいこと
言いたくないこと
丸く収まらないかもしれないし
迷ったり
ぶれたり
間違うかもしれないし
もめたり、嫌われるかもしれないけど
その場でちゃんと言えなくて
モヤモヤしつつ
つい首を縦に振っちゃっても
後から蒸し返すことになっても
ちゃんとちゃんと、
自分を信じようと思いました。
週末、夫と息子を残して
妹と旅行に行ったんですけど
それについても、いろいろ書きたいな~~
相変わらず、ネタ渋滞中






































