(黒)まんじゅうこわい
※この記事は前ブログの過去記事(2017/5/21)の再録です
ラブライブ!とDMMで人気爆発した声優の新田恵海さん。そんなえみつんがファンクラブグッズとして「えみつんまんじゅう」を製作したそうです。完全受注生産。



ちなみに料金は6個入り2セットで3000円。そして送料1000円。中身は黒餡。これはすでに去年の話なんですが本日NHKで放送されてるラブライブ劇場版のせいでネタが再燃。あの「こんな乳首でよく声優やろうと思ったな」に匹敵するネタ投稿の数々をごらんください。
・黒豆入ってそう
・おまんじゅう(意味深)
・使用済みまんじゅう?
・まんじゅうの方が形ええやん
・アルバム3000円
まんじゅう4000円
アダルトビデオ780円
・ファック映像が300円なのにまんじゅうは3000円もすんのかよ
・780円でもっとすっごいグッズ手に入るのにね
・ハメ取り780円なのに饅頭3000円かよ
えみつんがんばれ
暁照夫の三味線ばりのなんでこんなにうまいんやろうか演技『スプリット』
※この記事は前ブログの過去記事(2017/5/19)の再録です
最近は大コケ映画ばかり撮ってたが前作『ヴィジット』をヒットさせ復活の狼煙を上げたM・ナイト・シャマラン監督の新作。
退屈そうな顔をしてる女子高生ケイシー(アニャ・テイラー=ジョイ)はクレアの誕生日会に招かれ、その帰りにクレアとその友人マルシアとともに謎の男に拉致される。何処とも知れぬ部屋で目覚めた3人。自分たちを監禁した男、ケヴィン(ジェームズ・マカヴォイ)の隙をついて逃げ出そうとクレア、マルシアは相談を始めるがケイシーだけは「様子を見た方がいい」と冷静になるよう呼びかける。ケヴィンが外出先から帰ってくると、連れの女の声が聞こえてくる。クレアたちが助けを求めると監禁部屋の扉が空き、カーデガンを来てネックレスを首に飾ったさっきの男が姿を見せた!ケヴィンの正体は24人の人格を持つ多重人格者だったのだ…
スキンヘッドにカーデガン、女声でしゃべりかけてくるパトリシアという人格になりきったマカヴォイの雑な女装を見た瞬間思ったね。「この映画、笑わせに来てる」と…!劇中では23人+“ビースト”と呼ばれる最後の人格、合わせて24人格というビリー・ミリガン状態を演じるマカヴォイ(実際は5人しか出てこないので24人はそもそも盛り過ぎだろう)。役者というものは多重人格者とか振り幅の大きい役を演じたがるものだろうか、神経質そうな男に温厚な若者、女に9歳の少年といった役を代わる代わる器用に演じていくマカヴォイを見る度に「どや!上手いやろう」と言われてるよう。まるで暁照夫の三味線ではないか。「なんでこんなにうまいんやろうかわたし~」
こんな感じなのでショッキングなスリラー映画のはずがどうしても笑いが起きてしまう。マカヴォイが一生懸命になんでこんなに上手いんやろか演技をするほど笑えてくる!あまりに怖すぎて笑いが起きてしまうというのではなく、意図的に笑わせようとしてるな、これ。だって地下鉄でのビースト誕生シーン、完全にギャグだよ。
笑撃的な映画ではあるが、ラストでは本当に衝撃的な展開が待っていて、ここだけは本気で驚いた。そういうことだったのね!と納得のオチ。詳しくは書けないがシャマランの過去作に関係しているとだけはいっておく。
鷲は舞い降りた『イーグル・ジャンプ』
※この記事は前ブログの過去記事(2017/5/17)の再録です
イギリス史上初のスキージャンプオリンピック代表選手となったエディ・エドワーズの「実話に基づく物語」、『イーグル・ジャンプ』を観た。
エディは幼少の頃から足を悪くしてギブスで固定しなければ歩くこともできない。外に気軽に出ていくことができない息子のために両親は本を買い与えた。そのうちの一冊、五輪大会での選手の活躍を記録した写真集『栄光の瞬間』を観たエディは五輪選手に憧れるようになる。
大人になったエディ(タロン・エガートン)はノルディックスキーの選手として代表候補になるが、「素人並み」の成績でギリギリの位置にいる上に近眼というハンデを背負っているエディを嫌ってBOA(イギリスオリンピック委員会)の委員長ターゲット(ティム・マッキナリー)は彼を代表候補から外してしまう。
「とっとと諦めて俺の仕事を手伝え」という左官工の父親にどやされるも五輪への夢を諦めきれないエディはテレビでたまたま観たスキージャンプ競技に目を奪われる。BOAに問い合わせると「イギリスにスキージャンプの選手はいない」と。なら競技を始めた瞬間に代表になれるぞ!エディは父親の車を拝借して強化合宿の行われるドイツへ旅立つ。
この時点でエディはジャンプ台から飛んだこともないという、まさにド素人。「俺たちは6歳の頃から飛んでいるんだ」という優勝候補のノルウェーチームからはバカにされてしまう。エディは周囲の冷たい視線にもめげず練習を始める。一番小さい15メートルのジャンプ台を一発クリアしたエディは40メートルに挑むが着地すらできない。そこに現れたのはスキー場の整備係の男、ブロンソン・ピアリーだった。元アメリカの代表選手だったピアリーの指導のもと、エディは五輪出場を目指す。
『X-MEN』シリーズのウルヴァリン役でお馴染みのヒュー・ジャックマンが演じるピアリーは実際にエディを指導したチャック・ベルホーンを元にしたキャラクターだ。ベルホーンはレイクプラシッドのスキーコーチだが、この映画では「元五輪代表選手」という設定。実力はありながら酒と女にだらしなく、コーチのシャープ(クリストファー・ウォーケン)によって代表資格を剥奪され、スキージャンプ界を追われたピアリーはエディのコーチとして再起を図ろうとする。話の筋立ては日本でもヒットしたジャマイカのボブスレーチームが五輪出場を目指す『クール・ランニング』とほぼ同じ。しかも『イーグル・ジャンプ』で描かれるのは『クール・ランニング』と同じ88年カルガリー冬季五輪なのだ。
ピアリーが素人のエディに「スキージャンプってのは男女のベッドのように人生最高の瞬間を思い浮かべろ!」と指導するのがおかしい。また女たらしのイメージが似合う(褒め言葉)ヒュー・ジャックマンがやっているのがより似合うではないか。エディが「好きな女優はボー・デレクだ」というと「ボー・デレクとの最高の瞬間を思い浮かべろ!」ボー・デレクはモデル出身の女優で『類人猿ターザン』でゴールデンラズベリー賞を受賞した後は同賞をトータル三度も獲得した「80年代を代表する最低女優」なんだけど、モデルだけあってルックスは最高だから「最高の瞬間」を思い浮かべるにはピッタリ!
「ボー・デレク!」と叫びながらジャンプするエディはBOAの執拗な横槍をはねのけてカルガリー五輪への出場資格を得る。しかし出場選手中最低の61メートルをやっとの思いで飛んでいるのを見てピアリーは「あと4年じっくりと鍛えれば次の五輪で優勝候補になれる。今出ても笑いものになるだけだ」と出場を止めさせようとする。「優勝するために出るんじゃない。“栄光の瞬間”は今なんだ!」エディは彼と訣別する。
70メートル級ジャンプに出場したエディは見事着地に成功し、両手を伸ばして翼のようにひらひらさせるポーズを見たマスコミは「イーグル・ジ・エディ」と呼んで持て囃す。最低の記録だというのに浮かれているエディに「お前は笑われているだけなんだぞ」と電話するピアリー。エディは笑われているだけではないことを証明するために飛んだこともない90メートル級への出場を宣言するのだった。
エディの活躍は「勝つことではなく、参加することに意義がある」とする近代五輪の思想を象徴するもので勝利至上主義と金儲けに陥っているBOAの方針と真っ向から対立するため(「君は素人なみの記録しかない。それじゃスポンサーは納得しない」という委員長に「五輪はアマチュアの大会じゃないのか?」とエディがやり込めるシーンが象徴的)、エディは様々な嫌がらせを受け続ける。何しろエディが帰国し、国民が熱狂的に出迎えてもBOAの委員長は苦虫を噛み潰しているのだから…
観客や世間の人々から愛されたエディは五輪を勝利至上主義と金儲けの場と捉えているような種類の人々から徹底的に嫌われ、出場資格のハードルを上げて彼を徹底的に五輪から締め出した。カルガリー冬季五輪はエディにとって最初で最後の五輪になった。
90メートルジャンプに挑む際、エディはエレベーター内でフィンランド代表の金メダル候補“鳥人”ニッカネンから「勝ち負けなんかどうでもいい。俺たちは魂を解き放つために飛ぶ。世界中の前でベストを出せなきゃ俺たちの魂が死ぬ」カルガリーで金メダルを2つ取った男は最低の記録を出したエディとまったく同じ類の人間だったというクライマックスも感動的だ。日本ではヒットが望めないと思われたのかDVDスルーにされてしまった。『X-MEN』のヒュー・ジャックマン出演に、『キック・アス』『キングスマン』のマシュー・ヴォーン製作、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』の四人組のひとりを演じたデクスター・フレッチャー監督だぞ!?ヒットするかどうかわからないとかどうとか、参加することに意義があるんじゃないんですか!?
96年のミニシアター
※この記事は前ブログの過去記事(2017/5/15)の再録です
20年ぶりに続編が公開されて話題の『トレインスポッティング』。20年前の96年という年はいわゆる単館系、ミニシアターブームの始まりだった。ミニシアターのムーブメント自体は88年の『ニュー・シネマ・パラダイス』に始まり、93年公開の『レザボア・ドッグス』、95年公開の『恋する惑星』というヒット作を経て「次のミニシアター系ブームは何か?」という状態であったことを考慮しても96年のミニシアター系映画のラインナップは凄まじかった。
若きレオナルド・ディカプリオが主演した『バスケットボール・ダイアリーズ』はドラッグにハマり、立ち直ろうとしてコーチにケツ犯されるディカプリオの姿に腐女子(当時はそんな言葉なかったから、ホモ好き女子とでもいうべきか)がワーキャー言ってましたな。『タイタニック』以前に目端の利く女子たちはミニシアターでレオ様に夢中になっていたのです。
ラリー・クラーク、ハーモニー・コリンのコンビ作『KIDS/キッズ』ではニューヨークのストリートキッズたちの乱れた性の様子が(あえて)カッコよく描かれた。処女狩りが趣味のヤリチンに処女を奪われた上にエイズに感染させられた少女ジェニー(演じるは20代前半のクロエ・セヴィニー!)はヤリチンに事情を説明しようとするが、一箇所にとどまらないヤリチンはどこにいるのかわからない。映画のラストでようやく居場所を見つけるもヤッてる最中なので終わるまで待とうとしている間に寝てしまい、寝ている間にヤリチンの相棒君にパンツ下ろされてしまう。目が覚めた後で相棒君がビックリするというオチはまるで笑えなかった!その内容は当時アメリカ中で大騒動を巻き起こしたという。
『恋する惑星』で一躍その名を知られたウォン・カーウァイの『天使の涙』『楽園の瑕』は日本で同じ96年に封切られたが『楽園の瑕』の理解不能な内容に『天使の涙』のちっとも可憐じゃなかったカレン・モクといい、作品としてはイマイチなものの、カーウァイブームの中、女性客が劇場に溢れかえっていた。
ミニシアターには若い観客もいるが、年配の固定客も必ず居るもの。『午後の遺言状』(95)上映時にはそのような年配のお客さんが多く駆けつけたという。96年にもそういう人たちに支えられた『イル・ポスティーノ』という作品があり、長らくイタリア映画といえば『ニュー・シネマ・パラダイス』と『イル・ポスティーノ』と言われていたもの(その後『ライフ・イズ・ビューティフル』(97)にとって変わられるけれど)。もう一度見直そうと思って近所のレンタル屋にいったらどこにも『イル・ポスティーノ』が置いてなくて以前はどのレンタル屋にも置いてあったのに、あのブームは遠い昔のことになってしまった。

一方日本でも北野武の『キッズ・リターン』や岩井俊二の『スワロウテイル』といったその後の日本映画を代表する監督の代表作が生み出されていた。そして『ロスト・チルドレン』『ケロッグ博士』(当時のキネ旬ベスト10で淀川長治先生がベスト1にただひとり選んでいた)といった珍作も。『ケロッグ博士』はコーンフレークのケロッグ社の創始者のひとりであった博士が提唱した独自の健康法を『ミッドナイト・エクスプレス』のアラン・パーカーがブラックに描いたコメディで、当時のみうらじゅんさんがシスコーンからケロッグ派に鞍替えをしたことでもお馴染みの映画。ケロッグ博士役は狂気の博士役を演じさせたら世界一のアンソニー・ホプキンス!DVDがとっくに廃盤なのが惜しまれる。
みうらじゅんで思い出したけど、この年には水野晴郎先生の『シベリア超特急』も公開されており、同じくミステリー映画としてこの年の話題をさらった『ユージュアル・サスペクツ』に負けず劣らずのふたつのどんでん返しは目端の利く映画ファンの話題を今に至るまでさらいつづけているのだった!
トレスポとシベ超が同じ年に公開されているってのは奇妙なリンクを感じさせる。日英で同じ鉄道映画(?)が話題になっていたのだから。どちらにも本当の鉄道は出てきませんが…(トレスポにはちょっとだけ出てくるけど)
こう考えると1996年というのはミニシアター系どころか映画ファンにとっても有意義な時代だった気がします。20年前にレントンのようなボンクラ野郎だった僕はこれらの映画をミニシアターで見ていて、20年経った今でも同じようなボンクラのための映画を追い続けているのです。


