子供のころの出来事って大人になるにつれ記憶が薄れていったりしますよね。
いろいろな出来事で傷ついたこともあるんだろうけど
忘れてしまったり、もう自分の中では消化されていることだったりしますよね。
だけどこれが、消化していたつもりが
ムリヤリ自分を納得させて
感情に蓋をしてしまっていることがあります。
そんな感情が大人になった今の人生にも
けっこう影響をおよぼしていることがあります。
最近も母にカチーンときたことがあったんです。(笑)
冷蔵庫の牛乳がこぼれていたみたいなんです。
家族の誰かではあるんですが私かもしれませんし
誰がやったのかわからないんです。
まぁ、そんなことはよくあることで
「みんな気をつけてなぁ」
ってことで済みそうなんですが…
母に
「冷蔵庫に牛乳こぼれとったで、あれはな横向きに入れるからこぼれやすいねん。
だから蓋はしっかりしめなこぼれるねん。
気をつけてや。誰がやったかはわからんねんけどな」
と言われたわけです。
私は私のせいにされた
しかも横向きに入れるとこぼれやすいことくらいわかってる
蓋をしっかりしめなあかんことぐらい子供でもわかるわ
バカにしてるのかー
と感じたわけです。(笑)
うちの母はしつこいぐらい
子供でもわかるようなことを
さも、わかってない人に教えるような口調で話すことが多いんですね。
この話方がまたムカつかせるんですが(笑)
そこで思ったわけです。
何かと私のせいにされること多いかも…
何でやろう
検証してみました。
子供のころから母に「あんたはだらしない」とよく言われていたのを思い出しました。
母は何事も几帳面で白黒つけたいタイプ
だから私は真逆でグレーでいいやんというタイプになってしまったんですね。
だから私のすることなすこと母はイラっとしてたでしょうねー(笑)
気づいてなかったんですけど
私の中に
決めつけんでいいやん、グレーでいいやん
そのほうがたくさん受け入れられるやん
という反発した感情がでてきたんです。
子供のころだらしない、だらしないって言われて
でも自分なりに片付けもしてたつもりなんです。
でも母からすると片付けたうちに入ってなかったんでしょうね
私は何をしても認めてもらわれへん
という気持ちも出てきました。
子供のころのささいなこと
でも「お母さん、私なりに頑張ったこと認めて」
と言いたかった子供の私がいたんです。
こんなささいなことからもみつかるもんですね。
私のインナーチャイルドたっぷり抱きしめて
たくさん褒めてあげよう