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さとう社会問題研究所・心理コンサルティングのブログ

あらゆる社会での対人関係の問題は心の問題の原因にもなります。
法律や政策により苦しめられている方たちもいます。


さとう社会問題研究所では、社会問題を始め、
クライアントの抱える様々な問題解決のため、助言を続けています。

今月の発信(2023/8/25)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

3週間ぶりになりますね。

 

今月は暑さや台風などの影響もあり、こちらの更新ができておりませんでした。

 

最近の発信は、Xにて行っておりました。

 

内容はガバナンスの問題や福原愛さんによる子の連れ去りに関するものがメインです。

 

日大やビッグモーター、阿波踊りの実行委員会や昨日はUUUMなど、

ガバナンスが機能していない、そもそもあるのかも分からないような事例が続いております。

 

 

さて、ゲームの配信も細々と続けております。

 

最近ではメタバースと言うのでしょうか?

 

ネットでの事業のため、バーバル、ノンバーバル問わず、

みなさんと直接のやり取り、時間や空間を共有できる機会と位置付けております。

 

あくまで研究所の店先。

 

義務的な視聴ではなく、来たい時に来て、言いたい事を言って、

嫌になったら離れていただくようなものにできればと考えております。

 

今回の日曜のマイクラ配信でも「独り言」として有料メルマガの内容について一部をうろ覚えで触れております。

 

うろ覚えすぎて何言っているのかは分かりませんが、それもご愛嬌という事で。

 

 

 

もう一つ、

 

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

いじめ解決を学校に委ねるな(2023/8/6)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

今回も、ネット記事に上がっていた件についてです。

 

今週配信のメルマガでも簡単に触れておりますが、

ジャニーズやビッグモーターなど、最近は語りたい内容が多くなっております。

 

それだけ社会問題が多いという事ですね。

 

 

わたくしは、いじめの対応を学校に委ねている事が間違っていると考えております。

 

記事にある「仲裁」という言葉ですが、これは仲裁ではありません。

 

これが虚偽DVなどの形で悪用される事になっておりますが、

対人関係の問題解決の際、被害者と加害者は接触させない事が原則です。


被害者と加害者を同席させた時点で二次被害が発生することは間違いなく、

記事の件はやる前から分かっていた事です。

 

わたくしもパワハラ塾のマネージャー様に依頼と称して呼び出しを受け、罵詈雑言を浴びせられました。

 

わたくしは、罵詈雑言には慣れておりますし、それも証拠に加えるつもりでしたが、

軽度の知的障害があった被害者には、とても耐えられるような精神的苦痛ではなかったかと容易に想像が付きます。

 

わたくしは、学校、市町村、都道府県単位という形で、教育委員会とは独立のいじめ対策の機関が必要だと感じております。

 

この記事の件、高校は旭川女子中学生の事件と同じで共犯関係に合ったのでは?と考えております。

 

「偽りの仲裁の場」を加害者側、被害者側双方に提供した。

 

元よりいじめを信じていなかった学校側が、加害者側を使って被害者をさらに苦しめて自殺に追い込むために。

 

共謀共同正犯ですね。

 

調査委員会とか言われますが、自殺した後にそんな事しても被害者にとっては何の意味もないです。

 

この高校や旭川の中学の様に、学校がイジメの隠蔽、共犯関係にある場合が存在する。

 

それを学校側に解決を委ねられている結果が、この記事の件になります。

 

 

「(教師らは)障害というところを疑って辰乃輔が書けるわけないだろうとか、本人の苦しさを受け止めてくれなかった」 

 

やまゆり園

 

そこに先生がいたんです。担任、教頭、そしてもう一人先生がいて、誰一人止めなかったです」

 

何のための「仲裁」ですか?

 

加害者と被害者を同席させた時点で間違い。

 

それ以上に加害者側を止めなかったのは加害者の味方、共犯関係だったことの証。

 

謝罪会以降、夜も眠れなくなりました

 

辰乃輔君は最後まで謝罪会での苦しみをノートで訴え、そして飛び降りました

 

それは最期まで苦しみ抜いた事でしょう。

 

仮に自殺を止められたとして、その苦しみを止められるか?と言われれば自信がありません。

 

加害者に寄り添うのではなくて、被害者に寄り添った対応をしていれば

 

学校と加害者は殺人の共犯です。

 

川口市の教育長は二度とこのようなことが起こらないよう再発防止に努めるとしています。

 

うるさいわ

 

 

今回はこの辺で。


 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

 

 

学校の「謝罪会」が被害者を糾弾する場に…埼玉・川口市 生徒いじめ自殺』(テレ朝ニュース、2023年8月5日)

 

埼玉県の男子高校生がいじめを受けて自殺した問題で、調査委員会は自殺の原因として学校による「二次被害」を認めました。男子高校生の母親が取材に応じました。

 

 辰乃輔君の母親:「率直に言うと(学校は)何もしてくれなかった。『いじめは解決できない』とはっきり言われて」  2019年9月、埼玉県の県立高校の1年生だった小松田辰乃輔君が川口市のマンションから飛び降り、死亡しました。

 

 辰乃輔君は小学6年生の時からいじめを受け、少なくとも4回自殺未遂を繰り返しました。 

 

 軽度の知的障害があった辰乃輔君は、いじめの被害を主にノートに記して、中学校の教師らに訴え続けました。

 

 しかし、教師らは信憑(しんぴょう)性を疑い、十分な対応をすることはなかったといいます。

 

 辰乃輔君の母親:「(教師らは)障害というところを疑って辰乃輔が書けるわけないだろうとか、本人の苦しさを受け止めてくれなかった」 

 

 第三者の調査委員会による報告書がまとめられました。

 

 自殺の主な原因の一つとして認定されたのが、学校の対応による二次被害。

 

 当事者の仲裁のために学校で設定された謝罪会が、逆に辰乃輔君を追い詰める結果となりました。

 

 加害者側 祖母:「何を希望してるのよ。ふざけるんじゃないよ、あんた」 

 

 加害者側 父:「はっきり言おうか。その足になったのは君が飛び降りたからだ」 

 

 加害者側 祖母:「それを人のせいにするんじゃないよ」

 

 辰乃輔君の母親:「そこに先生がいたんです。担任、教頭、そしてもう一人先生がいて、誰一人止めなかったです」

 謝罪会以降、夜も眠れなくなりました

 

 辰乃輔君の母親:「夜寝る時も(辰乃輔君が)いなくなってしまおうとしたりしたので、(辰乃輔君の)右足と私の左足を結んで毎晩寝ていました」

 

 

 辰乃輔君の母親:「加害者に寄り添うのではなくて、被害者に寄り添った対応をしていれば『いじめの芽』というですかね、早く摘めたんじゃないかと」

 

 川口市の教育長は二度とこのようなことが起こらないよう再発防止に努めるとしています。

これも「子の連れ去り」(2023/8/6)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

8月6日と言えばアメリカによる原爆で広島では多くの方が虐殺された日ですね。

 

先日は、アメリカの方で原爆絡みの話題があったとの事。

 

アメリカでは未だに原爆投下に対する正当性が根強く残っており、彼らの真意が伝わってくる話題です。

 

日本人は政治屋どもを筆頭にアメリカ人が大好きの様ですが、わたくしは大嫌いです。

 

 

さて、今回もネット記事をご紹介です。

 

「子の連れ去り」と言えば、福原愛さんの件が話題となっておりますが、

同じ事を戦争犯罪国家も行っております。

 

ウラジーミル・プーチン容疑者とマリヤ・リボワベロワ容疑者ですね。


 

こいつらに屈せず武器を持たず誘拐された子供たちを救出する。

 

そのため、ウクライナではお母さま方が命懸けの行動を採ってらっしゃるとの事。

 

お父さま方は戦時で国を守るため国外に出られないとの事です。

 

休出された子供たちが帰るお家を守る事も大切な事。

 

 

わたくしも元虐待被害者の立場から、家族に関するご相談を受けている身です。

 

本物の加害者やそれを支持する者共との中途半端な和平などない方がマシです。

 

ウクライナのお父さま方とお母さま方には、お子さん達を取り戻しお家を守るため、

侵略帝国主義国家と存分に戦い抜いていただければと思います。

 

 

では今回もこの辺で。


 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

 

 

【ルポ】子供たちをロシアの「同化キャンプ」から取り戻す...ウクライナの母親たちの過酷な旅路』(ニューズウィーク日本語版、2023年8月4日)

 

<ウクライナ人のアイデンティティーを消し去ろうとするロシアと、なんとしてでも子供たちを取り戻そうとする母親たちの執念。本誌「ルポ ウクライナ子供拉致」特集より>

クリミアにキャンプに行きたい──。スビトラーナ・マルキナ(36)の2人の娘が、そんなことを言いだしたのは2022年9月のこと。マルキナらが住むウクライナのヘルソン州から黒海に突き出たクリミア半島は、14年以来ロシアの占領下にあるが、歴史的に保養地として有名で、子供向けのキャンプ場も少なくない。

当時はヘルソンもロシアの占領下にあり、その奪還を目指すウクライナの反撃が近いと言われていた。15歳のヤーナと12歳のイェバが通う学校では、戦争の最前線で緊張を強いられてきた子供たちが息抜きをするチャンスだと、キャンプ参加をしきりに勧めてきた。
「私はシングルマザーで工場で働いており、戦争前から生活は苦しかった」と、マルキナは言う。もともとクリミアの出身だが、14年以降は里帰りもできていない。「娘たちはヘルソンを出たことすらなかった」

10月7日、ヤーナとイェバは何十人もの友達と一緒にバスに乗り込んだ。持ち物リストにあった出生証明書の原本もちゃんと持った。バスの中は不安よりも興奮した空気が充満していたと、同じバスに乗り込んだユーラ・ベルボビツキ(15)は語る。

だがバスが動きだすと、同行のロシア兵たちが十字を切った。「そのとき初めて、何かが変だとみんな気が付いた」と、ユーラは振り返る。

予定の2週間を過ぎても、子供たちは帰ってこなかった。「学校に問い合わせたが、誰もいなかった」とマルキナは言う。まさか帰ってこないとは思わずに、旅行承諾書に署名したことを後悔した。

解放直後のヘルソンを走るウクライナ軍の車両 EMRE CAYLAK

さらに2週間がたち、ウクライナがヘルソンを奪還した。それはよかったが、ロシアの占領下にあるクリミアとの行き来は絶たれてしまった。チャットや音声通話で子供たちと連絡を取ることはできたが、戦闘の激化で通信網が破壊されると、声を聞けないことが1週間続くこともあった。誕生日もクリスマスも新年も、家族は離れ離れだった。

ユーラの母トーマ・ベルボビツキ(45)は、「息子を身近に感じたいから」と、ユーラの服を着て過ごすこともあったという。

母親たちの執念が実った


ウクライナ国家情報局によると、これまでロシアまたはロシア支配地域に連れ去られたウクライナの子供は1万9000人を超える。4万人とみる組織もある。ロシア側は全員孤児か、自らロシアへの避難を希望した子供たちだと主張するが、ウクライナ側は、子供たちからウクライナ人のアイデンティティーを消し去ろうとする陰謀だと主張する。

子供たちの多くは収容所や養護施設にとどまっているが、戦争で親を失った子供の中には、ロシア人家庭に無理やり養子縁組されたケースもあるようだ。

ロシア軍が撤退の際に破壊したヘルソンの橋 EMRE CAYLAK

子供の強制連行は、国際法に基づく戦争犯罪と見なされている。このため国際刑事裁判所(ICC)は今年3月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と、マリヤ・リボワベロワ大統領全権代表(子供の権利問題担当)に対して逮捕状を発行した。リボワベロワは自らも、15歳のフィリップという少年を激戦地マリウポリから養子に迎えている。

だが、ごくひと握りの子供たちはウクライナに帰国を果たした。ヤーナやイェバもそうだ。マルキナやベルボビツキらヘルソンの学校の母親たちは、地元メディアを通じてウクライナの子供たちの帰還を交渉・手配する慈善団体セーブ・ウクライナの活動を知った。

2カ月にわたる交渉と念入りな計画を経て、今年4月上旬、13人の女性グループが、ポーランドとベラルーシを経由してロシアに入国。そこから大変な遠回りをしてクリミア半島西岸のキャンプ場にたどり着き、31人の子供たちと再会を果たした。

「足首が腫れ上がって、何も感じないほどしびれてしまった。本当に長く厳しい旅だった。でも、娘たちを連れ戻すことができた」と、1週間後に首都キーウに戻ったマルキナは、目に涙を浮かべて語った。

「とても幸せだ」と、ユーラのスエットパンツ姿でバスを降りてきたベルボビツキも言った。「息子を取り戻すことができて、ようやく自分の欠けていた部分が元どおりになった気がする。今までは酸素がないみたいに苦しかった」

待ちに待った再会を喜ぶ家族 EMRE CAYLAK

セーブ・ウクライナは子供たちの救出活動の一方で、ICCの捜査にも協力している。セーブ・ウクライナのCEOを務めるミコラ・クレバによれば、子供たちが「サマーキャンプ」から戻ってこないという声が母親たちから上がり始めたのは昨年8月で、9月には1回目の救出作戦を実行したという。

ロシアにはかつて、出身国の同意なしに外国人の子供と養子縁組することを禁じる法律があったが、昨年5月に要件を緩和。ウクライナ人の子供との養子縁組を望むロシア人家庭には助成金も出る。

ウクライナの人権団体「人権問題地域センター」は1月、ロシア政府の発表を基にした試算によれば、少なくとも400人のウクライナ人の子供がロシア人家庭に引き取られたとみられると発表した。米エール大学の人道研究所は2月、ウクライナの子供たちを洗脳してロシアの歴史やプロパガンダ、言語や文化を教え込む「同化キャンプ」を32カ所確認したとする報告書を発表している。

「ロシア連邦内に1年もいたら、その子の帰国は難しくなる」とクレバは言う。「プロパガンダと洗脳により、自分はロシア人であり、ウクライナは国家ではないと思い込まされてしまう。だから連れ去られた子供たちの救出は待ったなしだ」

セーブ・ウクライナのウェブサイトによれば、これまでに救出した子供の数は200人を超える。なかにはひどい罰を受けたり厳しい管理下に置かれたと話す子もいるし、帰国後に精神科に入院した子供もいる。

マルキナとベルボビツキの子供たちからはひどい扱いを受けたという話は聞かれなかった。だがセーブ・ウクライナによれば、向こうで何があったかについて子供たちが口を開くには時間がかかるケースもあるという。セーブ・ウクライナ主催の記者会見に出席したある子供は、食事をする場所にはゴキブリがいて、枕はかび臭く、たたかれた子供も複数いたと語った。帰国した子供たちは、精神医療の専門家による3カ月間のケアを受けることになっている。

子供たちの居場所の情報は、セーブ・ウクライナの通報用ホットラインを通じ、警察やNGO、それに当事者である母親や子供たちから届く。だが、セーブ・ウクライナのメンバーが国境を越えるのは危険すぎるし、戦時動員のため成人男性はウクライナからの出国を禁じられている。

そこでセーブ・ウクライナは救出ルートのお膳立てをし、寄付金を元に旅費を出すという形で、子供たちの母親や女性の近親者がロシア(もしくはロシアの占領地域)に入る手助けをしている。国境を越えるときに何と言えばいいか、携帯電話からどんな情報を削除しておくべきか、尋問を受けた際はどう対応したらいいかといった指導も行う。

過酷な旅で命を落とした祖母


他の女性たちと共にキーウを出た時、マルキナの手は震えていた。「何か手違いが起きて、娘たちのところにたどり着けないのではないかと本当に怖かった」とマルキナは言う。一行はベラルーシから空路、モスクワに向かい、そこからクリミアまでの1600キロを車で移動した。検問に遭ったり何時間も尋問されるなど肉体的な負担は大きく、65歳だったオルガという女性はクリミアに入る数時間前に心臓発作で死亡した。

キーウのセーブ・ウクライナ本部で他の家族とも再会し、くつろぐ子供たち EMRE CAYLAK

マルキナたちが向かった「ドルージュバ(ロシア語で友好の意)・キャンプ」には当時、数十人の子供が滞在していた。「子供たちがみんなして『ママ! ママ!』と叫んで大騒ぎになった。15分くらいずっとみんな抱き合って泣き続けた。お互いに体を離すことができなかった」とマルキナは言う。子供たちは最後に会った時より背が伸びていた。

ほんの1時間後には、一行はヤーナとイェバとユーラ、そして大半の子供たちを連れて帰途に就いた。だがオルガの2人の孫も含め、14人ほどの子供たちは、近親者がいなかったため連れて帰れなかった。セーブ・ウクライナは、残る子供たちの救出作戦に向けて動くことになった。

帰ってきた子供たちとその家族の多くはひとまず、キーウで心身を休めた。故郷のヘルソンの復興はまだ道半ば。ロシアからの砲撃がやんだわけでもない。「キャンプにいいところがあったとすれば、前線からずっと離れていて爆撃もなかったこと」と、ヤーナは言う。

「今はヘルソンに帰るのが怖い。砲撃が頻繁にあるから」とユーラは語った。「(砲撃は)すごく怖いだろうと思う。でもふるさとだからね。きっと慣れていくよ」