第1501回('22) また飯田線の途中下車の旅へ。前日に豊橋入りしてから午前中に秘境駅を訪問 | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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2022年5月27日~5月29日、2泊3日の日程で駅数が多い飯田線の途中下車の旅へ出かけました。訪問駅数を稼ぐため金曜の夜に出発して豊橋で宿泊しました。
今回は未訪問の駅を少しでも減らすべく、1日目の土曜日は主に南側区間、2日目の日曜日は主に北側区間を降り鉄していきましたが、2日目は中央本線辰野支線の駅に惹かれてしまい、まだまだ飯田線内の未訪問駅を残した状態で帰宅しました。
きっぷは、前回と同じくJR東海区間は『JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ』(土休日の連続2日間有効。8,620円)を使用しましたが、元を取れたかどうか微妙な状態でしたw JR東日本区間は普通乗車券を使用しました。
 
また、私は3月に3回目のワクチンを接種済みでしたが、もちろんマスク・手洗い・アルコール消毒といった感染対策を徹底した上で、今回の乗り鉄を決行しました。
 
今回は初日(金曜日)と2日目(土曜日)前半の内容です。
金曜日は仕事を定時で終えてからソッコーで帰宅し、夕食を済ませてから出発して豊橋へと移動しました。新幹線中心でしたが、名古屋から豊橋までは名鉄を利用しました。
  
今回の日程 【その1】 2022年5月27日  (金)     
 
加古川1851(JR神戸線・新快速)1901西明石1924(山陽新幹線→東海道新幹線・ひかり522号)2042名古屋/名鉄名古屋2103(名鉄名古屋本線・特急)2156豊橋    
  
【宿泊】  
  
折しも、出発の2日前の5月25日にJR東海の元社長・元会長で、名誉会長の葛西敬之氏が死去したニュースが飛び込んできました。今から乗りに行く飯田線はJR東海の路線なので、移動中はスマホで葛西氏について調べていました。
 
この日は定時で仕事を終えて、速攻で帰宅しました。夕食と着替えを済ませてから出発して加古川駅へ。西明石から名古屋までのチケットを『スマートEX』で事前に購入していたため、それに紐付けしている『PASMO』で入場しました。そしてJR神戸線の3番のりばへと向かい、18時51分発の上り新快速・野洲行きに乗車しました。225系4連+223系8連で、私は最後部車両(223系)に乗り込みましたがほぼ満席だったので、一番後ろの乗務員室との仕切り壁にもたれかかる形で立席に。まだ明るかったのですが乗り慣れた区間であり、道中はスマホを操作していました。そして私は次の停車駅である西明石駅で下車しました(19:01着)。
 
 

 
西明石駅では新幹線の中間改札を通りましたが、新幹線コンコースには山陽新幹線・新大阪~岡山の開業50周年を記念して、同区間各駅(新大阪駅を除く)の50年前の写真が展示されていました。西明石駅は新幹線駅開業から50年が経過してもあまり変化がない印象でした。
 
 

 
新幹線ホームへと移動し、ベンチでスマホをいじりつつ、しばし列車待ちをしていました。そして19時15分に乗車列車の『ひかり522号』東京行きが入線してきました。この列車は西明石駅で9分停車し、上位列車を待避します。車両は何と最新型のN700Sで、J16編成16連でした。「岡山ひかり」と言えば東海道『こだま』と同じく、旧型車両が遅くまで使用され続ける系統と思い込んでいましたが、N700Sだったことに驚きました。私は最後部1号車自由席の、2人掛けの窓側E席に座りました。車内はガラガラでした。着席後、リクライニングを倒しましたが、倒れ方がN700A以前の形式とは違いました。
 
 

 

 
『ひかり522号』は定刻の19時24分に西明石駅を発車しました。もう暗くなったので車窓風景はそこそこにして、ひたすらスマホを操作していました。途中、新神戸駅、新大阪駅、京都駅に停車しましたが乗客の増減は少なく、1号車の車内はガラガラのままでした。京都発車後もスマホを操作していましたが、眠気が襲ってきたため、必至に堪えました。そして『ひかり522号』は20時42分に名古屋駅に到着し、私は眠りに落ちず無事に下車できましたw
 
 

 
このまま『こだま』に乗り継いで新幹線で豊橋駅まで行ってもよかったのですが、名鉄に乗りたくなったので名古屋駅下車を選択しました。下車後は指定席券売機で翌日から使用する『JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ』を購入してから名古屋駅構内や地下街を歩いて地下駅である名鉄名古屋駅へと移動しましたが、21時前だったのでまだまだ人通りが多かったです。
名鉄名古屋駅ではモニター式の発車標で豊橋方面の列車を確認し、21時03分発の特急・豊橋行きに乗車する事にしましたが、折角なので特別車に乗ろうと思いました。自動券売機で特別車両券(ミューチケット)を購入する際、座席指定のページでは「展望席」の選択肢があったので、この列車が1200系の運用である事を確認しました。また、夜間でありながら展望席に座ろうとしましたが、最前列は埋まっていたので2列目の窓側席を選択し、360円を支払って購入しました。
 
 

 
きっぷを購入後は残額が多かった『Suica』で入場し、中ホームの2・3番線へと向かいました。少し早かったので次々とやって来る上下線の電車を眺めていましたが、しばらくすると岐阜方から特急・豊橋行きが入線してきました。到着後すぐに乗車し、私は指定された展望席の座席に座りましたが、定員20名のところ4人着席しました。最前列にも1人座りました。全員が名鉄名古屋乗車組でした。
 
特急は定刻に名鉄名古屋駅を発車するとすぐに地上区間へ。夜間なので当然ながら視界はすぐれず、私は前面を眺めつつスマホを操作していました。途中の金山駅で1人下車したものの5人が乗車し、最前列を含めてほとんどの窓側席が埋まりましたが、全員が1人客でした。平日の夜間なので帰宅客ばかりなのでしょうね。さらに神宮前駅でも2人が乗車し、全窓側席が埋まりました。神宮前からは停車駅が減少し、途中駅で下位種別を追い越す場面が複数回見られました。知立、新安城、東岡崎と停車していきましたが、それぞれ少しずつ下車して東岡崎発車時点で4人にまで減少しました。山越えした先の国府(こう)では増減が無く、伊奈を通過するとJR飯田線との共用区間に入り、最高速度が85km/hに抑えられて豊橋市街へと入ります。そして特急は定刻の21時56分に終点の豊橋駅に到着しました。終点で下車するので別に居眠りしても大丈夫でしたが、そういう時に限って眠くならないものでしてw
 
 

 
豊橋駅下車後は駅前のコンビニで買い出しをしましたが、駅前の飲み屋街には若者が多かったです。その後は近くのホテルにチェックインして、すぐに入浴を済ませて就寝しました。
  

(下へつづく)  
 
 
今回の日程 【その2】 2022年5月28日  (土)   【前半】  
 
豊橋600(飯田線)838為栗947(上り普通)1000伊那小沢1030(徒歩)1110鶯巣1129(飯田線)1132平岡1157(特急伊那路1号)1224天竜峡    
  
【後半へ続く】  
 
この日は4時半に起床し、朝食を済ませてからホテルをチェックアウトしました。飯田線沿線は晴天で、雨の心配はなさそうです。ちょっと早く駅に来てしまったので、東口駅前広場にある豊橋鉄道東田本線(市内電車)の「駅前駅」こと駅前停留場を撮影してからJR駅へと移動しました。
 
 

 

 
有人改札で『JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ』を提示して入場し、4番線へ。飯田線のりばは1・2番線なのですが、始発電車は4番線から発車します。しばらく待っていると5時50分頃に辰野方から回送列車が入線し、これが折り返し6時00分発の普通・天竜峡行きになります。車両は313系3000番台2連でした。ドア横のスイッチを押して扉を開けて車内に入り、先頭車両のボックスシート進行方向窓側席に座りました。乗客は1ボックスに1名プラスロングシートに少々といった感じで、長距離っぽい客もちらほら見られました、
 
 

 
天竜峡行きは定刻に豊橋を発車しました。短距離系統ではありませんが、船町駅と下地駅にも停車しました。道中は車窓風景を眺めましたが、2020年から飯田線を集中的に降り鉄しているためか、見慣れた景色になってしまいましたw 主要駅の豊川では半数ほどの乗客が入れ替わりました。豊川から先は徐々に山間部へと進んでいきますが、それに伴い乗客も徐々に減少していきました。そして山岳区間の入口である本長篠駅では車内がガラガラになりました。『青春18きっぷ』シーズンですと、この早朝の電車でも一定数の乗客がいるのですが…。私は山間部の風景を眺めていましたが、こちらは何度見ても飽きない景色です。湯谷温泉~三河槙原では右手に豊川の支流である宇連川が見えましたが、この区間で3日後の5月31日に落石が発生し、復旧まで20日を要する規模でした。もし今回の乗り鉄・降り鉄を1週間後に……だったら中止を余儀なくされていました…(代行バスに乗ってでも敢行していたかもしれませんが)。

その後、東栄を過ぎると静岡県に入り、やがて主要駅の中部天竜に到着するも、すぐに発車しました。中部天竜駅といえば、葛西氏の前にJR東海の社長を務めていた須田寛氏の肝いりで開設された「佐久間レールパーク」があり、私も一度見学に行きました。後に事実上「リニア・鉄道館」へ移転する形で「佐久間レールパーク」は閉館になり、跡地は空地や集合住宅へと変わりました。須田氏と言えば葛西氏より約10歳も年上の91歳ですが、現在もご存命という事で、まぁ葛西氏の方が先に逝ってしまったのが驚きでした。
 
中部天竜からはさらに山深くなり、水窪経由の佐久間ダム迂回ルートを通って大嵐駅からは天竜川沿いの秘境駅区間へと進んでいきます。途中、「渡らずの橋」である第六水窪川橋梁(第6水窪川橋梁)を通りました。
 
 

 
皇后さまの旧姓と同じ表記の小和田駅を過ぎると長野県に入り、秘境駅などの小駅に停車していきますが、乗降ゼロの駅が続きます。そしてやや大きい集落が見えてくると平岡駅で、ここでようやく数人が乗ってきました。平岡発車後も天竜川沿いを走り、やがて電車は秘境駅として有名な難読駅・為栗駅(してぐりえき)に到着し、私はここで下車しました。下車客は私だけで、乗車客はおらず、車などで駅を訪問した人もいなかったので、完全な秘境駅気分を味わえます。
 
 

 
為栗駅は秘境駅の中でも訪れるファンが多いため、人だらけの状態を嫌って『18きっぷ』シーズンを避けて訪問しましたが、狙い通り誰もいませんでした。私はホームなどを撮影してから次の列車が来るまで駅周辺を散策しました。駅前の天竜川に架かる吊橋(自動車通行不可)で対岸へと渡り、県道1号線へと出ましたが、飲食店が1軒あっただけで民家がありませんでした(途中の川沿いにある建屋が民家かどうかは不明)。県道1号線は車通りが少しあったのですが、為栗駅の地元利用客はほとんどいないのでは…と思わせる駅前風景でした。県道1号線に出てからはすぐに為栗駅へと引き返し、待合室で少し休憩しました。
 
 

 

 
為栗駅からは9時47分の上り普通・中部天竜行きで豊橋方へ戻ります。315系投入による置換対象になっている2扉クロスシートの213系2連で、乗り込んだ2両目は乗客がおらず貸切状態でした。私は転換クロスシート窓側席に座り、発車するとすぐに車掌による検札を受けました。飯田線では無人駅から乗車するとすぐに車掌がやって来て乗車券の確認をしますが、不所持の場合はこの時点できっぷを購入する事になります。道中はもう一度天竜川を眺めました。途中の平岡駅からは2両目に1人乗車してきました。その後も車窓風景を眺め続け、私は為栗駅から3駅目の伊那小沢駅で下車しました。
 
 

 
伊那小沢駅は列車交換(行き違い)がよく行われる駅で、長時間停車もしません。逆に言えば一旦下車してしまうと次の列車が来るまでの時間が長くなってしまうため、タイムロスが嫌でなかなか手が出ない駅でしたが、もう未訪問駅が少なくなってきた現状において、ついに順番が回ってきましたw 2面2線ですが天竜川の崖にある駅で用地が少ないため、ホームが狭かったです。駅舎はなく、豊橋方では旧線跡が分岐していました。そこでは保線作業をしていました。また、駅近くに民家は少なかったですが、ゼロではありませんでした。
 
 

 
駅構内の撮影を終了後は、次の列車を待たずに徒歩で1駅北の鶯巣駅(うぐすえき)へと移動することにします。次の列車まで時間があるため、自分の足で訪問駅数を稼ぎます。一旦駅南側へと回り、飯田線の東側を並行する道路を北上していきます。伊那小沢駅が見えなくなるとすぐに上り坂で山林の中を通るようになり、カーブも多いです。途中、林の間から低地を走る飯田線列車(特急『伊那路』)を見ることができました。その後は下り坂に転じ、踏切で飯田線を渡るとさらに下って集落へ入りました。最後は集落内の上り坂を歩いて、40分ほどで鶯巣駅に着きました。駅前は伊那小沢駅よりも民家が多かったのですが、駅に人はいませんでした。私は駅構内を一通り撮影した後、疲れていたので待合室で休憩しました。その間に朝豊橋のコンビニで購入していたパンを食べて、これを昼食としました。
 
 

 
しばらくすると豊橋方から11時29分発の普通・天竜峡行き(213系2連)がやって来ました。私は2両目に乗り込み、転換クロスシート窓側席に座りましたが、ほとんどの窓側席が埋まっていました。長距離移動の人ばかりで、「乗り鉄」風の人も複数見受けられました。道中は車窓風景を眺めましたが、トンネル区間が長かったです。そして大きな集落が見えてくると平岡駅に到着し、下車しました。平岡駅は始発・終着列車が設定されるなど運転上の拠点駅で、西側に宿泊施設を併設した立派な駅舎が鎮座しています。駅前は天龍村の中心市街地で、駅前道路沿いに民家や商店が連なっていました。
 
 

 

 
平岡駅からは、次の普通列車まで時間が開きすぎるので、11時57分発の特急『伊那路1号』飯田行きでワープすることにしました。車両は373系3連で、過去には『ムーンライトながら』でも使用されていました。私は最後部の3号車自由席に乗り込み、空いている窓側席に着席しました。3号車は窓側席の大半が埋まるほどの乗車率でした。発車後は車窓風景を眺めましたが、すぐに車掌が来て、私は                                            
『JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ』を提示した上で平岡から天竜峡までの自由席特急券(330円)を購入しました。列車は天竜川沿いを北上し、先に訪問した為栗駅を通過しましたが、その次の温田に停車しました。乗降は少なかったです。温田を発車後は秘境駅の田本、門島、唐笠、金野、千代を通過、いずれの駅も訪問済みです。そして天竜川を渡ると特急『伊那路1号』は12時24分に天竜峡駅に到着しました。車内が快適だったので私はまだ乗っていたかったのですが、名残を惜しみつつ下車しました。
 
 

 
天竜峡駅では普通・茅野行きに乗り換えて、飯田線の乗り鉄・降り鉄を続けました。
 
 
(つづく)
 
 
今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません  
 
 
(参考:Wikipedia)