第1195回('18) 神戸電鉄粟生線の未訪問駅を降り鉄。さらに箕谷以北の有馬線各駅にも | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

イメージ 1

2018年5月26日、この日は『神戸街めぐり1dayクーポン(神鉄拡大版)』を利用して、神戸電鉄の未訪問駅をできるだけ途中下車「降り鉄」しました。

今回は前半の行程です。JRで神戸入りして、湊川駅から神鉄の乗り鉄をはじめました。
最初は粟生線で未訪問だった神戸市内の各駅を訪問しました。粟生線を全駅制覇してからは有馬線の箕谷以北の各駅も制覇しました。
今回の日程 2018年5月26日(土) 【前半】 

加古川520(JR神戸線・704K快速)603神戸/高速神戸610(阪神神戸高速線・直通特急【赤】)611新開地613(神戸電鉄神戸高速線)614湊川627(神戸電鉄有馬線)640鈴蘭台643(神戸電鉄粟生線・準急)649藍那707(普通)715木幡729(準急)731栄753(準急)755押部谷811(準急)830鈴蘭台840(有馬線・準急)848箕谷903(準急)909花山923(準急)926大池941(準急)943神鉄六甲958(準急)1000唐櫃台1015(準急)1017有馬口1019(普通)1023有馬温泉

【後半へ続く】
この日は4時に起きて、朝食を食べてから自宅を出発して加古川駅へ。5時20分発のJR神戸線上り1番列車(223系4連+8連。前方4両に乗車。ガラガラ。転換クロスシート窓側席に着席)に乗り、既に明るかったので道中は車窓風景を眺めて、神戸駅で下車しました。



イメージ 2

神戸駅で下車後は駆け足で改札を出て地下街「デュオこうべ 山の手」を走り高速神戸駅へと移動しました。「デュオこうべ 山の手」は私が子供の頃、「サンこうべ」と呼ばれていて、「三つ輪」という店でランチを食べたり、うどん屋で力うどんを食べたりした思い出があります(現在はともに閉店)。
高速神戸駅では自動券売機で湊川までの乗車券を購入してから入場し、6時10分発の直通特急・山陽姫路行き(阪神8000系6連)に乗車して新開地駅で下車しました。車内はほどほどの乗車率でしたが、先頭の座席が空いていたので着席して、1分間でしたが地下線の様子を前面展望していました。尚、今回は山陽電車でアクセスしても良かったのですが、最後はとっとと帰りたいので所要時間の短いJRを選択しました。



イメージ 3

新開地駅でもダッシュで神戸電鉄ホームへ。6時13分発の普通・小野行きに間に合いました。2扉車の1100系3連で、大半の座席が埋まっていたので最後部車両のドア脇へ。ドア越しに地下線の様子を眺めて、すぐに到着した湊川駅で下車しました。下車後、有人改札口で高速神戸駅からのきっぷを提示して、『神戸街めぐり1dayクーポン(神鉄拡大版)』(1,680円)を購入しました。本日使用する旨を伝えると高速神戸駅からの運賃が払い戻しされました。その後はすぐにクーポンを自動改札機に通して入場し、地下ホームへと戻りました。

湊川駅からは6時27分発の普通・有馬温泉行きに乗車しました。車両は、スプリンググリーンとシルバーグレーの、戦後復興期のリバイバル塗装となった1150系3連1151F「メモリアルトレイン」でした。車内の中吊りには神鉄の車両や駅の歴史が記されている資料が掲示されていました。乗客は少なく、最前部のポジションが空いていたので、かぶりつきの前面展望をしました。途中、2ヶ月前の2018年3月23日に正式に廃止された菊水山駅跡を通りましたが、ホームは残存していました。そして山越えをすると電車は鈴蘭台駅に到着し、私は下車しました。



イメージ 1

橋上駅舎化工事が進行している鈴蘭台駅では先程乗車した普通を追ってきた準急・粟生行きに乗り継ぎました。1100系3連で、座席が埋まっていたのでドア脇へ。粟生線は存廃の危機にさらされていますが、この電車には一定数の乗客がいました。まぁ、大半は志染駅までで下車すると思われ、粟生駅到着時点ではガラガラになっていると思われますが…。道中は車窓風景を眺めて、今回は藍那駅で下車しました。神戸市内にある秘境駅としても名高い藍那駅ですが、確かに民家は少ないものの、駅前を通る県道は幹線道路となっていて、頻繁に自動車が往来していて秘境感には乏しかったです。さらに三宮と三木市のニュータウンを結ぶ神姫バスの恵比須快速線の路線バスとも遭遇しました。



イメージ 4

藍那駅では後続の普通・粟生行きに乗車。3扉車の1150系1153F3連の粟生方に単行の1076号車を増結した4両編成で、私は最後部の1154号に乗車しました。この列車も大半の座席が埋まっていましたが、空席があったので着席しました。発車後は山間部を走りますが、この付近では複線化工事が中断された跡を見る事ができましたが、粟生線の状況が状況だけに複線化は難しいですね…。次駅の木津駅は前年に下車したのでパスしましたが、駅近くには工業団地(神戸複合産業団地)があり、土曜日でしたが一定数の通勤客が下車しました。木津発車後はローカル風景の中を走り、右手に見津車庫を見てしばらく走ると木幡駅に着き、私は下車しました。駅周辺は田舎の風景ですが、駅南側の丘陵地にはニュータウンがあり、そこそこの数の乗降客がいました。



イメージ 5

木幡駅からは後続の準急・小野行きに乗車しました。2000系3連で、乗車した後方車両は5~6人と少なかったので着席し、車窓風景を眺めて次駅の栄駅で下車しました。土曜日のラッシュと反対方向とはいえ、7時台の電車で1両平均約10人となるとやはり厳しい状況かもしれません。栄駅といえば、私が幼児期に近くに住んでいた事があり、当駅を何度も利用した事があります。駅前が狭いのは当時と同じでした。



イメージ 6

栄駅では後続の普通・粟生行きに乗りました。1350系2連×2で、私は最後部の1352に乗車。高校生が多く乗車していて、私は最後部ドア脇へ。列車によって乗車率に差が大きいですね…。道中は車窓風景を眺めて、隣駅の押部谷駅で下車しました。2面3線の主要駅で、当駅始発・終着列車も設定されています。駅前は住宅地ですが、閑散としていました。



イメージ 7

押部谷駅より粟生方の駅は前年に制覇しているので、ここで引き返します。8時11分発の準急・新開地行きは1100系3連で、空席が少し残っていたので着席しました。道中は疲労回復に努めながらスマホを操作していました。栄で満席になり、駅ごとに立客が増えていきます。先ほど乗車した朝の粟生方面列車のガラガラぶりを見れば廃線危機を実感できますが、乗客が多い状況を目の当たりにして、なぜ粟生線が存続の危機なのか…と思う人も少なくないかもしれません。現状を実感しにくいのも沿線で存続問題への危機感が希薄となってしまう一因かもしれません…。西鈴蘭台からは軽い混雑状態となり、鈴蘭台西口を過ぎて有馬線と合流して到着した鈴蘭台駅で私は下車しました。一定数の下車客がいましたが、それを上回る乗車客がいました。
橋上駅舎化工事が進んでいる鈴蘭台駅では一旦駅の外へ出て駅舎と駅前を撮影しました。新たな駅ビルはほぼ完成していました。



イメージ 8

次は有馬線を三田方面へ進みます。乗車したのは8時40分発の準急・三田行きで、「ウルトラマン電車」3000系4連でした。粟生線とは違い乗客が多く、座席が埋まっていたので私は最後部ドア脇へ。側方と後方を展望して、箕谷駅で下車しました。箕谷駅も子供の頃に利用した経験がありますが、駅や駅前の雰囲気は昭和末期とほぼ変わりありませんでした。駅前の少し離れた所には、新神戸トンネルを通り三宮へ直行する神鉄や北神急行の強力なライバルである神戸市バス急行64系統・三宮バスターミナル行きの乗り場があります。



イメージ 9

箕谷駅からは後続の準急・三田行きに乗車。今度も3000系4連で、比較的空いていましたが私はドア脇へ。次の谷上駅では北神急行電鉄からの乗換客が一気に押し寄せ、満席となり立客も一部発生しました。神鉄は北神急行にも乗客を取られていますが、北神急行がなければ三宮~三田のバスに乗客を取られ、粟生線同様に有馬線末端部~三田線南部区間も苦境に陥っていたかもしれませんね…。そして私は花山駅で下車しました。駅や駅前は昭和の風景でした。駅舎と反対側の谷を挟んだ丘陵地には住宅団地があります。

花山駅では後続の準急・三田行きに乗車しました。5000系4連で、満席だったので最後部ドア脇で立席に。道中は車窓風景を眺めて、隣駅の大池駅で下車しました。戸建て住宅のような駅舎で、有人駅でした。Wikipediaでは売店が営業していると書かれていましたが、既に閉店していました。



イメージ 10

大池駅からも後続の準急・三田行きに乗車。3000系4連でした。有馬線・三田線系統の列車は大半の列車が4両編成での運行で、3連の多い粟生線との違いを見せつけてくれますw(新開地~三田の系統はほぼ4連)。 車内は座席がほぼ埋まっており今回も最後部ドア脇へ。側方と後方の車窓風景を眺めて次駅の神鉄六甲駅で下車。当駅の旧駅名は六甲登山口で、それを彷彿とさせる山小屋風の駅舎が乗降客を迎え入れてくれます。

神鉄六甲駅では後続の準急・三田行きに乗車しました。3000系4連で、この系統には3000系が集中的に投入されていますね。後方車両は空席があり、着席して水分補給をしていると、もう難読駅名の唐櫃台駅(からとだい)に到着し、下車しました。ニュータウンの玄関口となる駅ですが、駅も駅前も昭和の雰囲気が漂っていました。



イメージ 11

唐櫃台駅からも後続の準急・三田行きに乗車。2扉の1100系1113F3連の前方に3扉の1075号が増結された4両固定編成で、空いていたので最後部車両1114号へ入り着席。車窓風景を楽しみ、次駅の有馬口駅で下車しました。有馬口駅では2分の連絡で普通・有馬温泉行きに乗り継がねばならず、大急ぎで車両とホームを撮影して、有馬温泉行きに乗車しました。



イメージ 12

有馬温泉行きは5000系4連で、前方車両は乗車率が高かったですが、乗車した最後部車両は私だけでした。着席して車窓風景を眺め、時折後方展望もしました。跡形がなくなった新有馬駅跡を過ぎるとトンネルをくぐり、そのトンネルを出ると有馬温泉駅に到着しました。有馬温泉駅訪問は9年ぶりでしたがあまり変化はありませんでした。



イメージ 13
イメージ 14

駅の外へ出て、少しだけ散策しましたが、観光客は多かったです。但し、電車よりマイカーやバスで来た人が多そうな感じでした。



イメージ 15

この後は、三田線と公園都市線の降り鉄を進めていきました。


(つづく)


今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません



(参考:Wikipedia)