第881回('12) 弘南鉄道を乗り鉄して青森市へ | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

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前回の続き…

2012年の夏期間は、「6週連続乗り鉄キャンペーン」と勝手に銘打って、毎週乗り鉄に出かけました。

第4週はお盆休みに入り、8月10日から15日にかけて、主に『青春18きっぷ』を使用して5泊6日の日程で東日本方面を乗り鉄しました。

今回は4日目後半の内容です。
五能線を乗り鉄して弘前入りした後は、弘南鉄道弘南線と大鰐線を乗り鉄しました。
その後は奥羽本線を乗り鉄して青森へと移動しましたが、東北新幹線の遅れの影響を受けて少し遅延しました。
今回の日程 2012年8月13日(月) 【後半】

弘前1230(弘南鉄道弘南線)1258黒石1320(弘南線)1348弘前1355(徒歩)1415中央弘前1430(弘南鉄道大鰐線)1458大鰐1530(大鰐線)1558中央弘前1603(徒歩)1630弘前1642(奥羽本線・667M)1741青森

【宿泊】
JRで弘前駅に着いた後は改札を出ました。昼食を…と思っていたところ、橋上駅舎の改札前の自由通路で駅弁を売っていました。コンビニへ行くのが面倒くさかったので私はここで弘前駅弁の『津軽百年食堂』(800円。当時)を買い、東側の地平にある弘南鉄道弘南線駅舎へと移動しました。
弘南線駅舎へと入り、黒石までの乗車券を買って改札を通り、黒石行きの電車に乗りました。車両は元東急7000系だった7000系2連で、席が埋まっていたので私は最後部ドア脇で立席となりました。そして車内を見まわしたら、「弘南鉄道弘南線と大鰐線が1日乗り放題 大黒様きっぷ 1,000円」と書かれた掲示物を発見しました。私はこの日に弘南線と大鰐線の両線を往復乗車するつもりだったので、「これを買わねば!」と思い改札口へと戻り、黒石までの乗車券を提示して『大黒様きっぷ』を求めました。そして黒石までの運賃を精算の上『大黒様きっぷ』を購入し、車内の最後部ドア脇へ戻りました。ちなみに『大黒様』の「大」は大鰐の「大」、「黒」は黒石の「黒」でしょうね。



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黒石行き列車は定刻に発車し、弘前市郊外を東へ進みます。しかし午前中より降っていた雨は激しさを増し、とても車窓風景どころではありませんでした…。平川市へと入り、車庫のある平賀から北へ進みます。乗客は減りましたが雨脚は衰えません…。津軽尾上~尾上高校前ではレトロな造りの尾上高架橋を通過しますが、乗っていては実感できませんでした…。



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そして最後は東へ進路を変えて黒石線の廃線跡と合流すると、弘前から28分で終点の黒石に到着しました。



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黒石駅は2006年以来6年ぶり2度目の訪問です。雨の中駅舎と駅前を撮影し、駅舎内の待合室へ。弘前駅駅弁の『津軽百年食堂』を食べました。美味しかったです。



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食後は再入場し、弘前行き電車(7000系2連)に乗りました。乗客はそこそこ多く、弘前到着時には満席になりました。雨は止む気配を見せませんでしたが、平賀を過ぎた後は急にやんで、さらに弘前東高前駅到着時からは晴れてきました。この天気の移り変わりの速さには驚きました…。



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弘前駅到着後は市街地を歩いて大鰐線の中央弘前駅まで移動しました。日差しが照り付けて暑かったです。汗だくになりました…。
中央弘前駅からは大鰐線を乗り鉄します。古びた駅舎へと入り、『大黒様きっぷ』を提示して入場し、大鰐行き電車に乗車しました。こちらも7000系2連で、吊革はリンゴを模した形でした。車内は比較的空いていましたが、私は最後部ドア脇に陣取り、後方と側方を展望する事にしました。



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電車は中央弘前駅を発車し、しばらくの間は市街地を走ります。大鰐線の沿線は弘南線より利用客が多そうな車窓風景でしたが、実際はターミナル駅である中央弘前駅が他の鉄道路線と接続していないなどアクセスに難があり、また全線にわたり奥羽本線と並走していて、ただでさえ車社会なのに鉄道会社同士で競合してしまう環境の中で大鰐線は苦戦を強いられています。存廃問題が出てくるレベルにある路線なので、皆様もぜひ一度ご乗車になられて下さい。そして千年を過ぎると市街地が途切れてローカル風景の中を走るようになりました。後方には岩木山を綺麗に望めました。朝からこの天気だったら…と言い続けても仕方ありませんがw 電車は車庫ある津軽大沢などに停車し、こちらもレトロな高架橋で奥羽本線をオーバークロスします。



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この後は平川を挟んで奥羽本線と並走し、山間部が近づいてきて奥羽本線が寄り添うと28分の乗車で終点の大鰐駅に到着しました。



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大鰐駅では駅の外へ出て駅舎と駅前を撮影しました。その後は折り返し列車内へと戻り、中央弘前駅まで帰りました。乗客は次第に増えてきました。



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中央弘前駅到着時点で弘南鉄道の乗り鉄が完了しました。その後は駅の外へ出て、再び歩いて弘前駅へ移動しました。まだまだ暑かったです…。



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弘前駅では『青春18きっぷ』で入場し、奥羽本線の青森行き667Mに乗車します。秋田色の701系2連×2でした。昨日から701系に乗りっぱなしです…。弘前始発列車でしたが、既に満席となっていて私は最後部ドア脇に陣取りました。



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667Mは定刻に弘前を発車し、各駅に停車していきますが、この日は速度の遅い五能線のDCや弘南鉄道の電車に乗ってきたので、701系のスピードが妙に速く感じました。私はドアから岩木山を眺めていました。



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そして現在は青森市となった浪岡からは山間部へと入り、奥羽本線の難所である大釈迦越えに挑みます。しかし701系は難なく難所をクリアし、青森平野へと入っていきました。そして東北新幹線の終着駅である新青森駅では、遅れていた新幹線列車との接続か反対列車の遅れか忘れましたが、他の列車の遅れの影響で長時間待たされてしまいました…。その結果、終点の青森駅到着は定刻より8分遅れの17時41分でした。



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青森駅下車後は改札を出て、ホテルへ行く前にもうひと仕事しますw 駅から南側へ行き、奥羽貨物支線の第一大野踏切へ。ここで貨物支線を撮影しましたが、実は2009年に寝台特急『北斗星』でこの区間を踏破していました。しかし、通過時は真夜中で車窓風景が分からなかったので、路線別記事を作成する為にも沿線写真がほしかったので第一大野踏切から線路を撮影した次第です。尚、撮影中に貨物列車はやって来ませんでしたがw



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奥羽本線貨物支線の写真を撮影し終えた後は駅前へと戻り、商店街にある「吉野家」で夕食を済ませました。その後はコンビニへ寄ってから「ホテルJALシティ青森」へチェックインしました。
チェックイン後はすぐに入浴し、テレビを観ましたが青森県はフジテレビ系の放送局がないようですね。まぁ、近年のフジテレビの凋落ぶりを見ると以前よりもフジテレビ系待望論が減退しているかもしれませんが…。
翌日はハードな日程になりそうなので、21時頃に就寝しました。


(つづく)


今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません



(参考:Wikipedia)