前回の続き…
2011年11月26日から12月4日まで1週間休みを取ることができたので、26日~29日まで、はじめの2日間はJR東日本の南東北以南で利用できる『ウィークエンドパス』を主に使用して、3泊4日の日程で東日本の路線を広域的に乗り鉄しました。
今回は最終4日目前半の行程です。
まずは浅草から東武伊勢崎線と佐野線を乗り継いで葛生へ。貨物線跡を一部探訪しました。その後は館林へ戻り、小泉線と伊勢崎線末端部を乗り鉄しました。
まずは浅草から東武伊勢崎線と佐野線を乗り継いで葛生へ。貨物線跡を一部探訪しました。その後は館林へ戻り、小泉線と伊勢崎線末端部を乗り鉄しました。
今回の日程 2011年11月29日(火) 【前半】 浅草740(東武伊勢崎線・特急りょうもう3号)840館林848(佐野線)924葛生926(徒歩・東武会沢線(貨物線)の一部廃線跡)1005葛生1010(東武佐野線)1047館林1114(小泉線)1130西小泉1134(小泉線)1138東小泉1140(小泉線)1148太田1243(伊勢崎線)1307伊勢崎 【後半へ続く】この日は6時に起床し、朝食を食べてからホテルをチェックアウト。そして東武鉄道の浅草駅へ行きました。浅草駅ビルはリニューアル工事中でした。
この日最初に乗車する列車は、赤城行きの特急『りょうもう3号』(200系6連)。特急券は前日に購入済みでした。私は指定された4号車の窓側席に座りましたが、車内はガラガラでした。
『りょうもう3号』は定刻に浅草を発車し、下車駅の館林まで快適に移動できるかな…と思いましたが、次の停車駅である北千住で状況が一変、多くの人が乗り込んできて、4号車の空席は10席未満となってしまいました…。浅草より乗換路線の多い北千住の方が実質的なターミナル駅になっていますね。現在は上野東京ライン開業により東京駅~北千住駅がダイレクトに結ばれ、地方からも東武に乗りやすくなりました。
一方、北千住から北越谷まで複々線区間の外側線を走ります。この日は平日だったので、対向の上り線には多くの列車が走っており、また駅ホームには多くの人がいました。北越谷からは複線区間を走り、沿線には田畑が見られるようになります。そして東武動物公園で日光線が分かれ、久喜を過ぎると、アニメ「らき☆すた」の舞台となった鷲宮を通過しました。鷲宮がアニメと関連があった事をニュースで知ったのですが、当時、駅には「『らき☆すた』神輿」が展示されていたようですね。『りょうもう3号』は加須や羽生を経由し、利根川を渡ると群馬県へと入り、浅草から1時間ジャストで館林に着きました。私をはじめ、多くの人が下車しました。
館林駅では跨線橋を渡り佐野線ホームへと移動し、佐野線の葛生行き普通列車に乗り継ぎました。8000系の派生系列である800系3連で、そこそこ乗客がいたので私は最後部ドア脇に陣取りました。
葛生行きは定刻に館林を発車し、ローカル風景の中を北へ走ります。私は2007年以来4年ぶりの乗車で、当時の状況を思い出しながら車窓風景を眺めていました。そして電車が両毛線との接続駅である佐野に着くと大半の乗客が下車し、車内は閑散としてしまいました。佐野から先は着席して車窓風景を眺め、館林から46分の乗車で列車は終点の葛生(くずう)に到着しました。
葛生行きは定刻に館林を発車し、ローカル風景の中を北へ走ります。私は2007年以来4年ぶりの乗車で、当時の状況を思い出しながら車窓風景を眺めていました。そして電車が両毛線との接続駅である佐野に着くと大半の乗客が下車し、車内は閑散としてしまいました。佐野から先は着席して車窓風景を眺め、館林から46分の乗車で列車は終点の葛生(くずう)に到着しました。
古いホーム上屋や駅舎の残る葛生駅で下車後は、1997年に廃止された貨物線・東武会沢線の廃線跡を辿りました。レールこそ撤去されていましたが、築堤、架線柱、架線は残っており、遠くから見たら現役線と間違えてしまいそうな感じでした。
廃線跡は歩けない区間が多かったので迂回して歩いていると、畑作業をしていた農家の男性に声を掛けられ、廃線跡探訪をしている旨を告げると、この廃線跡は将来、道路に転用されるかもしれない。見ておくなら今のうち…と教えてくれました。その後も廃線跡を辿りましたが、時間の関係もあり、上白石駅跡の少し先で探訪を中止して、葛生駅へ戻りました。今度訪問する機会があれば、第三相沢駅跡まで行ってみたいですね…。
葛生駅からは佐野線の館林行き(800系3連)に乗り、館林駅まで戻りました。はじめはガラガラでしたが、やはり佐野駅からは大半の座席が埋まりました。佐野からですと東京までJRより東武の方が割安ですから。
館林駅では小泉線の西小泉行きに乗り換えました。8000系2連で、車内はガラガラでした。終点の西小泉駅まで車窓風景を眺めながらの移動となりました。途中の東小泉駅からは地図上では支線のような線路を西小泉駅まで走りますが、実際は館林~西小泉が本線で、東小泉~太田が支線のような印象です。
外国人の姿も見られた西小泉駅では4分の折り返し時間の間に駅内外の撮影を済ませ、館林行き列車に乗って東小泉駅で下車しました。この列車もガラガラでした。
東小泉駅では桐生線直通の赤城行き電車(8000系2連)に乗り、太田駅で下車しました。やはりこの列車もガラガラで、平日昼間の閑散ぶりを実感しました。
太田駅では伊勢崎線の伊勢崎行きに乗り換えたいのですが、発車まで55分もあるので、ここで昼食を済ませる事にしました。太田駅は立派な高架駅で、駅前にはビルも多くあり、そこそこの規模の町といった印象でした。しかし、駅を出て周囲を歩いてみると、意外なほど飲食店がなく、特にファストフード店が全くなかったのが痛かったです…。空腹でこれ以上歩くのもしんどかったので、仕方なく南口駅前にあるコンビニ「デイリーヤマザキ」でコンビニ弁当を買いました。そしてベンチを探しましたが、全く見つからず、これも仕方なく駅前にあるバス停のベンチで食事を済ませました。太田は駅東側にスバル(富士重工業)の工場があり、自動車保有率も高そうですが、車に便利な郊外ロードサイドに飲食店が集中しているのでしょうか?
昼食後は太田駅の改札内へと戻り、伊勢崎行き列車に乗車しました。800系3連でしたが、高校生で満員でした。私は何とかドア脇を確保し、車窓風景を眺めながら終点の伊勢崎駅まで移動しました。高校生は途中駅で少しずつ下車していきましたが、大半が伊勢崎まで乗り通していました。
伊勢崎駅はJRが高架化されましたが、東武は工事中で地平の仮駅状態でした。
この後も乗り鉄を続けました。
(つづく)