第698回('09) 樽見鉄道を乗り鉄 | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

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前回の続き…

2009年12月26日~30日、3泊4日の日程で中部地方・関東地方の鉄道路線を乗り鉄しました。

今回は最終4日目前半の内容です。静岡から新幹線と在来線を乗り継いで岐阜県の大垣まで移動し、第3セクター鉄道の樽見鉄道を往復乗車しました。
JR在来線は『青春18きっぷ』を使用しました。
今回の日程 2009年12月29日(火) 【前半】  

静岡605(東海道新幹線・こだま693号)631浜松635(東海道本線・127F)709豊橋716(2107F特別快速)844大垣910(樽見鉄道樽見線・13レ)1015樽見1028(樽見線・16レ)1132大垣1210(東海道本線・2328F新快速)1221岐阜

【後半へ続く】
この日は5時前に起床し、朝食後にホテルをチェックアウトしました。そして静岡駅まで移動し、まずは券売機で浜松までの乗車券と新幹線特定特急券を買い、自動改札を通ってから有人改札で『青春18きっぷ』のスタンプを押して新幹線ホームへ。ホームの発車案内表示機はLED式ではなく反転フラップ式案内表示機でした。



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まずは静岡始発の新大阪行き『こだま693号』に乗車しました。700系C編成16連で、普通車は全車自由席でした。私は7号車の禁煙自由席・窓側席に座り、まだ夜が明けずに車窓風景が見えない中、浜松駅まで移動しました。26分の乗車時間でした。

浜松駅では乗換改札を通り在来線ホームへ。東海道本線の下り普通・岐阜行きに乗り継ぎました。313系0番台4連で、私は転換クロスシートの窓側席に座りました。



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窓側席が埋まるほどの乗り具合で浜松を発車し、途中駅で少しずつ乗客が増え、通路側の座席も埋まった状態で豊橋に到着しました。34分の乗車時間でした。

豊橋駅では当駅始発の下り特別快速・米原行きに乗り継ぎました。313系5000番台6連の後部に313系300番台2連をつないだ8両編成で、私は5000番台の扉間の転換クロスシート窓側席に座りました。



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こちらも窓側席が埋まるほどの乗車率で豊橋を発車しましたが、蒲郡発車後、同じ車両に乗り合わせていた赤ちゃんが泣き始め、泣き声が車内に響き渡りました。しかし、他の乗客は誰もクレームを入れず、数分後に赤ちゃんは泣き止みました。この年の正月に近鉄特急で同じような場面に出くわした時は注意していた者がいましたが、今回は全員スルーでした。ちなみに私は赤ちゃんの泣き声は迷惑とは思わないタイプです。
豊橋では競合する名鉄に乗客が流れているのか乗車率が低かったですが、蒲郡・岡崎・安城・刈谷と停車するごとに乗車率が上がり、刈谷発車時点では立客も発生しましたが、もう年末の時期だからか混雑している感じはありませんでした。刈谷を発車後は大府を通過して金山に停車。乗車率が幾分下がり、名古屋では相当数が下車しました。一方、乗車客も多く満席状態のまま名古屋を発車しました。そして岐阜からは各駅に停車し、豊橋から1時間28分で特別快速は大垣に停車しました。私は当駅で下車しましたが、大半の乗客は米原方面へ行くようでした。



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大垣駅では改札を出ずに樽見鉄道に乗り換えました。樽見鉄道の詰所はプレハブの仮設になっていて、そこで私は樽見までの乗車券を買いました。



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そして乗車した樽見行きの列車はレールバス(ハイモ230-314)の単行で、沿線にあるショッピングモール「モレラ岐阜」の広告列車でした。ロングシートの車内は10人ほどの乗客しかいませんでしたが、若者も数人乗っていました。私は着席して車窓風景を眺めることにしました。



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列車は大垣を発車し、東大垣を過ぎて揖斐川を渡るとローカル風景の中を北へ進みます。北方真桑駅付近では2005年に廃止となった名鉄揖斐線の廃線跡を見ることができました。また、北方真桑駅では元・三木鉄道のミキ300-105だったハイモ295-617と行き違いました。塗色は三木鉄道時代ののままで、廃車解体されずに第二の人生を送れていることに感激しました。



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次のモレラ岐阜駅では大垣駅から乗っていた若者数人が下車しました。貨物輸送が廃止となった樽見鉄道において、モレラ岐阜駅の利用客数は経営状況に直結していると言えるかもしれません。そして糸貫を経て車両基地のある本巣に着きました。私の乗っている13レは樽見行きですが、本巣駅にて車両交換することになっています。案内の通り、本巣で同じホーム反対側に停車していたハイモ295-315に乗り換えました。この車両交換は時刻表では分からないので、列車番号を分けるなど一般の利用客に分かりやすくしてほしいものです。



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列車は本巣を発車し、かつては貨物列車が走っていた住友大阪セメント岐阜工場への専用線跡を見てから根尾川に沿って山間部へと入っていきます。



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根尾川の対岸には名鉄谷汲線が通っていましたが、2001年に廃止されました。私は2000年に谷汲線に乗車しました。そして谷汲口、当初は終着駅だった神海と停車し、列車はさらに山深い場所を走っていきますが、神海から先は昭和60年代に開業した区間で、トンネルを主体として北上していきます。そして何度も根尾川を渡ります。根尾谷断層のある水鳥(みどり)駅を過ぎると旧・根尾村の中心部へと入り、大垣から1時間05分で終点の樽見に着きました。乗客は4人だけでした。この日は晴天でしたが、樽見駅周辺は積雪が見られ、ホームにも雪が残っていました。また、樽見駅は2年前の2007年に不審火により駅舎が焼失していて、この時見た簡素な駅舎は翌2008年に再建されたものでした。



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列車の折り返し時間が13分しかなかったので、私は駅を撮影してトイレを済ませ、とっとと車内に戻りました。そして折り返し列車でも着席して大垣駅まで戻りました。樽見発車時点で乗客は3人だけでしたが、大垣へ近づくにつれ増加し、最終的には15人ほどになりました。

大垣駅では改札を出て、駅ビル内にある「スガキヤ」で、ラーメンとデザートのsetを食べました。やはり東海地方に来たらスガキヤへ行きたくなりますwww



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食後は改札内へと戻り、東海道本線の上り新快速(313系5000番台6連)の窓側席に着席して岐阜駅まで移動しました。



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時刻は12時台。この日もまだまだ乗り鉄を続けました。

(つづく)


今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません



(参考:Wikipedia)