第518回('07) 名古屋から中央本線経由で甲府へ | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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2007年10月6日~7日、1泊2日の日程で前回に続き関東甲信越を乗り鉄しました。今回も一部区間は新幹線を使いました。

今回は1日目、10月6日前半の模様です。
まずは山梨県の県庁所在地である甲府を目指しましたが、中央東線の景色を見たくて名古屋から『しなの』→『あずさ』の特急リレーで移動しました。
今回の日程 2007年10月6日(土) 【前半】

加古川536(JR神戸線・941M)552姫路600(山陽新幹線→東海道新幹線・のぞみ80号)724名古屋800(中央西線・1003M L特急『(ワイドビュー)しなの3号』)952塩尻1005(中央東線 <みどり湖>経由・62M 特急『あずさ12号』)甲府1105

【帰宅】
この日は4時頃に起床し、朝食後に自宅を出発しました。そして加古川駅5時36分発のJR神戸線下り始発列車(223系4連)に乗り、姫路駅まで移動しました。
姫路駅では当駅始発・山陽新幹線の『のぞみ80号』東京行きに乗り継ぎました。700系16連で、私は1号車禁煙自由席のE席に座りました。車内はガラガラでした。本来は西明石駅や新大阪駅から新幹線に乗りたいのですが、当時は西明石始発の『のぞみ』が設定されていなかったので、名古屋へ行くには一旦姫路へまで戻る方法が最も速いルートだったのです。一方、東京となると神戸空港からの飛行機が一番速かったです。



イメージ 12008年5月、西明石駅にて撮影。

『のぞみ80号』は6時ちょうどに姫路を発車し、新神戸・新大阪・東海道新幹線に入って京都と「三都物語」の都市に連続停車していき、自由席の乗客も増えてきました。そして米原と岐阜羽島は通過して、7時24分に名古屋に到着しました。私をはじめ各ドアから数人ずつ下車しましたが、替わりに乗車した客は倍以上いました。下車後はのりかえ改札を通り、特急『しなの』に乗るべく中央本線ホームへ向かいました。

乗車する『(ワイドビュー)しなの3号』では、自由席を選択しました。自由席の乗車位置へ行くと、既に3人並んでいました。私は列の最後尾に並び、列車の入線を待ちました。そして7時42分に列車が入線しましたが、この時間になると私の後ろには20人ほど並んでいました。ドアが開くと各ドア毎に一斉に車内へ乗り込みました。私は余裕で窓側席を取れましたが、発車までにすべての座席が埋まり、またデッキには立客が複数人いました。



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列車は8時に名古屋を発車し、前々月に臨時快速『ナイスホリデー木曽路』に乗った時以来の中央西線の車窓を堪能しました。前回は右側車窓を眺めましたが、今回は左側に座り、車内放送で案内される寝覚の床などを眺めました。そして1時間52分後の9時52分、定刻より3分遅れで塩尻に到着しました。私を含め各ドアから約10人ずつ下車しましたが、名古屋から乗車した客のうち8割ほどが松本以遠まで乗車し続けていました。



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8月から3ヶ月連続で通ることになった塩尻では中央東線の特急『あずさ12号』に乗車しました。E257系の9連で、私はここでも禁煙自由席に乗車しました。車内は意外とガラガラで、私は窓側席に座れました。松本からの乗客は指定席利用が多いのでしょうか? 



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列車は2分遅れの10時05分に塩尻を発車し、みどり湖を経由して塩嶺トンネルを潜り、一気に岡谷へ抜けました。ここからは諏訪湖沿いの各駅に停車しながらスローで走り、茅野を過ぎると再び快調に走り出しました。途中、八ヶ岳などを眺めながらの移動でしたが、旧線の橋梁跡なども見ることができました。



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また、車掌が車内改札に来た時、私は塩尻~甲府の自由席特急券を用意していなかったので車内発券で購入しました。そして列車は11時05分に甲府に到着。私は下車しました。入れ替わりに多くの乗車がありました。



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甲府駅ではホームの立食いスタンドで月見そばを食べました。その後は改札外へ出て、武田信玄像などを見物してから、昇仙峡ロープウェイ方面へ向かうバス乗り場へ移動しました。



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イメージ 8(午後に撮影)

(つづく)


今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡は有りません


(参考:Wikipedia)