第278回 【辰野支線】を乗り鉄して『しなの』で帰宅 | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

前回のつづき…
2004年8月7日~8月10日の間、お盆休みを利用して、東北地方などの東日本へ。
主に『青春18きっぷ』を使用して、3泊4日の日程で乗り鉄の旅をしました。

最終4日目の8月10日後半は、過去に夜行急行『アルプス』で乗りつぶしたものの夜間だったので風景の見れなかった中央本線(中央東線)の旧線・辰野支線を乗り鉄してからL特急『しなの』と東海道新幹線を乗り継いで兵庫県加古川市の自宅へ帰りました。
今回の日程 2004年8月10日(火) 【後半】

岡谷1230(中央本線辰野支線・554M)1240辰野1302(辰野支線・161M)1323塩尻1327(篠ノ井線・15M特急『スーパーあずさ15号』)1336松本1404(篠ノ井→中央西線・1012M L特急『(ワイドビュー)しなの80号』)1633名古屋1645(東海道新幹線・『のぞみ125号』)1740新大阪1755(東海道→山陽本線・3487M新快速)1850加古川

【帰宅】
小淵沢から乗車した長野行き普通列車を岡谷で下車し、辰野支線を乗り鉄するために岡谷始発・飯田線経由の豊橋行き161Mに乗車しました。車両はJR東海の119系(当時はバリバリの現役)2連で、車内は学生で席が埋まっていたので、例によってドア脇で車窓を眺めることにしました。



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岡谷駅にて2011年撮影。既に引退した119系電車です。

岡谷を発車すると高架へ上がりますがすぐに、みどり湖へ向かう中央本線の上下線の間で地平に戻り、本線の下り線をアンダーパスして、諏訪湖から静岡県の浜松へ流れる天竜川の谷に沿って比較的住宅の多い山間部を南下しました。途中、川岸に停車し、岡谷から10分で辰野に到着しました。下車した乗客は私を含めてわずかで、ほとんどの乗客が列車とともにそのまま飯田線へ直通して行きました。岡谷~辰野は正式には中央本線ですが、列車の運行形態や利用実態からして、実質的には飯田線の一部区間として機能しているようにも見えました。また、かつては伊那谷への玄関口として賑わっていたという辰野駅も、有人駅で広い構内を有し、かつての栄華を偲ぶことはできるものの、乗降客が私の想像より相当少なく、やはり寂しい感じは否めませんでした。



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辰野駅にて撮影。立派な駅舎を有しているのですが、駅や駅前は閑散としていました。

辰野駅では一度改札外へ出て、駅舎だけを撮影して改札内へと戻りました。そして既に入線していた塩尻行き161Mに乗車しました。車両は荷物電車のクモニ143形を旅客車に改造したクモハ123-1(単行)で、正面には「ミニエコー」のヘッドマークが掲げられていました。車内はオールロングシートで、客用扉が両端に寄っていることもあり極端に長い、名前の通りのロングシートでした。車内は空いていたので私は中央部の席に座り、横向きの姿勢になって車窓を眺めることにしました。



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辰野駅にて撮影。クモハ123-1です。

辰野を発車すると大きく右へカーブして飯田線と分かれ、今まで南へ向かっていたのに今度は北へと針路を変えます。そして信濃川島、小野と停車しますが、小野ではある程度の乗車がありました。そして小野を過ぎると本格的な山間部へと入り、トンネルを抜けると東塩尻信号場跡を通過し、その後は車窓右手に松本盆地の風景を遠望できました。また、みどり湖経由の新線も見下ろすことができました。こちらの旧線はカーブを重ねながら勾配を下り、山から下りきると本線(新線)と合流し、旧・塩尻駅を通過後は右カーブと同時に名古屋方面へ直通する短絡線が左へ分岐し、代わりに左側から中央西線が合流して終点の塩尻に到着しました。
岡谷から辰野支線回りで塩尻まで、乗り換えを含めない実質乗車時間が31分でした。それがみどり湖経由ですと普通電車でもたったの10分で移動できるので、塩嶺トンネルを通る新線の効果は絶大だという事が分かりました。しかし、明治時代の土木技術では塩嶺トンネルを掘るのは厳しく、また、そこそこ人口の多い伊那谷方面への連絡などを考えると、大八回りと揶揄される辰野支線のルートになったのも仕方がなかったのかもしれませんね。現在も岡谷~辰野間は飯田線と一体になって機能していますが、辰野~塩尻の乗客が少ないのには気になりましたが…(ラッシュ時は乗客が多いかも知れませんが)。

塩尻からは篠ノ井線で松本に移動したのですが、普通列車が来るまで20分もあり、今回は私のスケジュールの関係で別運賃、料金を支払い特急『スーパーあずさ15号』に1区間のみ乗車しました。自由席はガラガラで、しばし着席して休憩がてらの移動となりました。出費は伴いましたが…。
そして終点の松本駅にて下車し、一度改札外へ出てコンビニで飲料やお菓子を買ってから改札内へと再入場しました。

松本駅からは、松本始発の臨時のL特急『(ワイドビュー)しなの80号』名古屋行きに乗って名古屋まで移動することにしていて、予め旅行前にきっぷを購入していました。車両は383系6連で、私が乗るのは最後部車両の1号車、グリーン車でした。前年に『バースデイきっぷ』で四国を乗り鉄した時以来のグリーン車で、私は楽しみにしていました。2列+2列の4列配置ではありましたが、シートピッチ(前後間隔)は広く、また車内はガラガラだったので空席である隣席に荷物を置けるので却って楽でした。乗客は私と男性2人組の計3名で、2人組は私とはやや離れていたので静寂で快適な車内空間の中で乗車を楽しめました。欲を言えば前面展望も楽しみたかったのですが、運転席が後方の長野方だったので仕方ありません…。



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松本駅にて撮影。383系電車です。
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2011年撮影。383系『しなの』のグリーン車です。

『しなの80号』は定刻の14時04分に松本を発車しました。それならば塩尻を13時41分に発車する普通列車に乗っても松本着が13時56分で間に合ったのですが、ひとたび列車に遅れが発生すると『しなの』に乗れない恐れがありますし、また塩尻ではなく松本から乗車したのは、ただ単に全区間乗りたかっただけですw 松本からでも塩尻からでもグリーン料金が同一であることも要因の一つではありますが…。
松本から塩尻までは篠ノ井線を戻り、塩尻からは中央西線へと入り、木曽谷の山間部を、寝覚の床や、中部電力の管内にもかかわらず多数ある関西電力の水力発電所などを見ながら、車内での快適なひとときを過ごしました。長野県から岐阜県へと変わり、中津川からは対向列車が増え、高蔵寺からは街中を走り、松本から2時間29分で終点の名古屋に着きました。臨時列車なので定期列車より時間を要していました。グリーン車の乗客は3名のままだったので、移動時は快適に過ごせました。そして名残を惜しみつつ下車し、東海道新幹線に乗り換えました。ちなみに『しなの80号』の1本後は大阪行きの『しなの16号』でしたが、大阪まで乗るとグリーン料金が割高過ぎるので当初より乗るつもりはありませんでした。

名古屋からは東海道新幹線の不定期『のぞみ125号』(700系16連)に乗車しました。新大阪行きだったからか自由席は空いていて、難なく2列席窓側のE席をゲットできました。名鉄電車や伊吹山などを見ながら移動を楽しみましたが、やはりグリーン車の座席よりは劣り、座り心地が悪く感じてしまいました…。そして名古屋から55分で終点の新大阪に到着。さすがに新幹線なのでスピードだけは『しなの』に圧勝でした。

そして新大阪からはJR京都線・JR神戸線の新快速(223系12連)に乗車。野洲始発だったので『18きっぷ』ユーザーと見られる乗客は少なかったです。それでも混雑していたので扉間の通路に陣取り、下車客の多い大阪で窓側席を押さえて加古川まで眠らずに移動しました。世間ではまだお盆前だったので夕方の通勤ラッシュが続いていて、車内は相当混雑していました。

最後は加古川駅で無事に下車し、帰宅の途につきました。
家へ帰った瞬間に3泊4日の長期にわたる乗り鉄旅行が無事に終了しました。

(つづく)


今回の新規踏破路線は有りません

(参考:Wikipedia)