第100回 横浜線などを乗りつぶし&乗り直し | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

記念すべき(?)100回目です。自分でもまさかここまで続けられるとは思いませんでしたw

2001年8月10日~13日、3泊4日で東京の方へ乗り鉄に出かけました。
今回は8月12日の午前、横浜方面へ向かった時の内容です。
今回の日程 2001年8月12日(日) 【前半】

五反田750(山手線内回り)755品川821(東海道線・751M)849戸塚857(横須賀線・826S)908横浜928(東海道線・784M)946品川949(山手線外回り)1000渋谷1005(東急東横線・特急)1039桜木町1050(根岸線→京浜東北線→横浜線・1039K)1127町田1130(横浜線・1121K快速)1151八王子1238(八高線・1269E)1254拝島1308(五日市線・1381H)1326武蔵五日市1331(五日市線・1380H)1348拝島 【後半へ続く】
五反田のホテルで宿泊し、朝は前日に買ったパンを食べてホテルをチェックアウトします。五反田駅で『ホリデー・パス』を購入し、いざ出発?です。
実はこの日の宿が決まっていなくて、翌日の日程を考慮して小田原で宿泊しようと思いました。しかし、電話をかけるも満室のオンパレードで、仕方なく横浜近辺にしようと考えました。そこで、山手線と東海道線を乗り継いで、まずは戸塚で下車して、公衆電話のタウンページでホテルを探しました。しかし、安くて良さそうなホテルが見つかりません……。それならばと、今度は先に来た横須賀線電車に乗って横浜まで戻り、再びタウンページで駅周辺のホテルを探して電話をすると、幸いにも空室があり何とかこの日の宿を確保できました。以前から私は無計画で、何度も痛い目に遭ってるのですが、懲りずに今回も宿の件で苦労しましたorz

さて、ようやく乗り鉄スタートです。この日は以前に夜間乗りつぶしをした路線の再乗車をメインに回ることにしました。まずは横浜から東海道線と山手線を乗り継いで渋谷へ。当時はまだ湘南新宿ラインは運行されていなかったので不便でしたが、当時、横浜から渋谷までの移動は乗換がなく運賃の安い東急東横線を使うのが一般的だった思います。

渋谷では前述の東急東横線に乗り換え、前年は夜間乗車だったため見れなかった景色を楽しみつつ横浜に戻ります。さらに、こちらも前年に乗車した廃止予定区間の横浜~桜木町も乗り続けました。


イメージ 1
2010年撮影。

桜木町からは当駅始発、横浜線直通の各駅停車に乗ります。横浜線用の205系8連で、6扉車も連結されています。車内はガラガラでした

が、次の横浜で席が埋まりました。東神奈川から横浜線に入り、東海道新幹線との接続駅である新横浜では多数の乗降がありました。電車は横浜市内を進みますが、田園地帯もかなり残っていました。長津田を過ぎるとようやく横浜市を脱出し、桜木町から30分以上かけて町田に到着しました。町田では後続の快速(205系8連)に乗り換え、先を急ぎます。ずっと住宅街を走り、相模線が合流する橋本を過ぎ、相原から丘陵地帯に入ります。そして丘陵地帯を抜け出すと終点の八王子に着きました。

八王子駅のそば屋で昼食を済ませ、「みどりの窓口」で新たな『青春18きっぷ』を購入しました。そして今度は八高線電車に乗ります。

車両は103系4連で、現在は姿を消しています。座席がすべて埋まるほどの乗車率で、私はお約束のドア脇に立ち、車窓風景を眺めます。やはり最近まで非電化路線だったことを思わせる車窓風景で、割とローカルムードを感じます。そして八王子から16分で拝島に到着、五日市線に乗り換えます。

五日市線は前年に乗りつぶし達成したのですが、夕方の踏破で景色が満足に眺められませんでした。今回は昼間の車窓風景を見るのと、武蔵五日市駅手前から分岐する貨物支線を確認するために再乗車したのでした。また私の性格の一面が出てしまいました…。
今回も武蔵五日市まで行った後、すぐに拝島まで引き返しました。

この後は西武鉄道に乗り換えます。 (つづく)


今回の新規踏破路線

路線名区間距離備考
JR東日本:横須賀線戸塚→横浜---km
JR東日本:横浜線東神奈川→八王子42.6km踏破達成!
JR東日本:八高線八王子→拝島9.9km
※横須賀線は列車系統として踏破。

(参考:Wikipedia)