闘傷手記

闘傷手記

顔を失って生きられるのか?


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写真の投稿は諦めました

醜いのと、

ピンボケせずに撮れない為←




未だに奇形、

そして少し大きめに口を開けば痛みが伴う



いや、この位の痛みならば、見た目が全くの問題無しなら大した事じゃないかもしれません。



まぁ、人工的に切開した場所の傷の治り方によっては、じゃあ余計だったじゃんとモヤモヤする程度でしょう



傷の事も人生も、何もかもあまりいいとは言えず、



とてもじゃないけど笑いたくないなと思います。


無理して笑う事は馬鹿らしいから、


笑顔とポジティブが正義、みたいな世の中は思い切り批判したいです。

無理して笑わなくてもいいと言う自由をまずは下さいと。


無理して笑わなくていいとなったら自然に笑えるワケでは無くても、



枯れるか飽きるか死ぬか、それまでただただ朦朧とし、時には泣く自由も欲しいんだと

またまたワセリン塗りたくった後のテカテカ見辛い画像ですみません😣💦⤵


鼻からの切開跡は依然として存在感を放ちつつ、、、これはちゃんと消えるのかどうかと言う不安


そして、溶ける糸が唇の端にまだ残り、痛みもまだ消えず、形は、まぁこれで定着なのかな、と。


これ以上どうにかするには反対側の切開、、、なのだろうなと思います。

が、とりあえず早く痛みの解消、糸が消えて欲しい次第です。

勿論切開の跡も。



今日、約一年ぶりに私服を買ったのです。


でも情けないやら滑稽やらで苦しかった。


こんな顔でどうして楽しく服が買えよう、と。


諦めよりも確かな何かが無い限り、もう家族と昔の友人には逢うまいと思いました。

そして多分この傷はあまり良くはならないでしょう。元々愛着のあまり無い地元ですが、
二度と行かないであろうと、


思いました。


兄弟にも会いたく無いです。
情けなさすぎて、こんな顔は見せられません。一生メールとかだけで構いません。
逆に言ったらそれ位だからこそこうなったらもうわざわざ苦しい想いをしてまで逢う人間等居ないのです。


ただ仕事仲間と音楽をするのに関わる人間には、
逢うと思います。



子供時代に別れを告げる様に、

若い時代に別れを告げる様に、

次に進まなければならない、

その次と言うのは人とは違うかもしれない、

もうわざわざ誰の前に姿を表したくは無いと言うのが本音です

仕事とかは別←

仕方無いし←


まぁ、現実は現実、
だがしかし、です、


一体何を想い、
何を感じ、

生きて行けばいいのでしょう?と


より仕事に没頭する他無いかな、とは思いますが。

機械みたいにただひたすら、

人には出来ない位に、 

そうでなきゃこんな顔で有る意味が無い、

せめてこんな顔になった代わりに

得るものを得なければ、とか
明日から仕事復帰です。

明後日からは割と任されてる現場、故にまた書かない日々になると思います、

が、傷はまた変化するでしょうから、

折りを見て記録、御報告させて頂きます。



★入院中のアレコレや最近思った感じたアレコレ


・人見知りな上に看護師さんも医者の先生方も暇じゃ無いだろうな、と、自分の居る状況への詮索をそんなにしない自分でしたが、

そこは六人部屋の病室、嫌でもお喋り好きの患者さん達の声が耳に入って来ます。

自分が入ったのはかの有名な医科大の病棟、理由は大学病院と言うのは、たまに黒い話も出るけども、
その代わりある程度の水準は保証されてるだろうな、と。
それが何しろ一人暮らしの自宅から徒歩10分強だったからです。


ここが形成が強いかどうか、と言うのはあまり下調べはしておりません。


勿論大学病院の教授が腕がいい事も有れば、町医者が実は隠れ名医なんて事も有るでしょう。

これは評判とかで調べる事も有る程度は可能かもしれませんが、運も有るかなーと。


症状別の得手不得手も有りそうですし。


素人には本当の所は分からないよ、と思います。

私の仕事は職人と呼ばれたり大工と呼ばれたりする事も有ります、でもこちとら大工のつもりは更々無いのですが、

有る類いの事や、有る面で見るとガチ大工より得意な事が有るのも確かです。


だから、プロの世界ってそんなもんだよね、と思います。

だから多分聞き分けのいい患者です。

でもそんな中で、

自分の居た病室は


形成外科の患者ばかりだったりと言うのを、お喋り好きな他の方々が話す話が嫌が応にも耳に入って来て

後半位に気付きました。

そして『ここは有名な形成の先生が居るんだってねー』と言う話


聞くつもりは無くても入って来る話だと、大学病院ですので、皆が皆、近いからと言ってここに来ているワケでは無いみたいですね。
そりゃそっか

でも形成の腕がいいと言う話は、勿論聞けて安心を感じるものでは有りました


手術は終わってて、これで納得出来るのかは分からないけれど、

技術が足りないから、と思うより、医術の限界を感じた方がモヤモヤしなくて済む。


あれ?でも自分に希望を持つならもっといい先生ならもっと治ると考えた方がいいのか?←


それが明るい未来を信じると言う事だろうか、


と、ふとよぎります。

でも、ね、うん、病院が外れとかそんな事は考えたり疑ったりするのはしんどいから嫌。


まぁ整形とか他のアプローチについては、1年以上経ったら考えたりするかもしれませんが、、、、





・そして聞こえなくていい他の患者の言葉に考えさせられるコーナー第二段。

見て無いので全く分かりませんが、かの患者さんは矢張り顔に病気か怪我かで問題を抱えてる模様。

お年は50~80かと思います、声の感じだから範囲広めで。

『この歳だからいんだけどさ、やっぱり女だもん、顔に傷はね、、、』

と聞こえて来ました


全くですよね。

私も、自分が10代よりかは絶望しなくて済んだと思ってます。

もしもこれが歳の離れたら妹だったら、今年の1月の成人式にも出る気になれず、

インスタやツイッターで綺麗にめかした友人達を眺めて、絶望したと思います。

それよりかは歳がいってて良かったのだと思います。


でも、やっぱり

女性の顔の傷は

いくつになったって、

だと思います


人の声を聴くと、

やっぱりそうだよねって思います


遠目じゃ分からないなんて気休めは外野の戯言です


仕事仲間に手術するから2月はあんまり仕事居ないすよ、て言っても、え、何処か悪いの?って返って来た事も有ります。
5月に怪我した事は勿論知ってます。


けれどそれは相手が『他人』で尚且つ『歳上(over 40)で男性』だからです。


その程度の事と言ったらその程度なのですが、仮も何も無いですが、その人が女性なら絶対そんな風には感じれないと思います


旦那が居ても、50でも60でも、大抵の女性は、


多分顔の傷は気にすると思います


・入院中母が3回か4回来ました。暇か!!!

10代とか20代前半だったら心細さも感じたでしょう、誰か居て欲しいと思ったでしょう、なんだかんだ言いながらも


しかしですね、現状本当に露程も思わないんですよ。しかも一人好き人間ですので、看護師さん達との会話を楽しむでも無いですし。


でもしたいんだろうなーとか、気を遣ってるんだろうなーとか、それを無下にするのもなー、と

『こっちが気を遣う』んですよ


それも元気とか苦しく無いタイミングならこっちもなんとかいんだけども、手術の日も付き添うとか言うもので、

正直
一人で静かに迎え一人で静かに耐えたいんですね

なのに、『気を遣うのがしんどいから来ないで』と言ったにも関わらず、
来たんですよ、

まぁイラっとしたし、看護師さんの邪魔になるし、ちょろちょろしてるし、余計な質問看護師さんに投げ掛けるしで、
またイラっとするし←


え、親心?そうですね、そうなんでしょう


でもこっちがお願いだから来ないでって言ってる時に来る??


忙しいのに悪いからと言う謙遜でもなんでもなくて本当に来て欲しく無いのに?お願いしてるのに?


そんなワケで麻酔が醒めた時に矢張りウロチョロしてるのを見掛けて『帰って!』と怒鳴ってしまいました。

いや、心配してくれてる人にどうなのと、罪悪感は有りますよ。

滅茶苦茶ありましたよ、


けれど、、、、自分予告したからね、と。


そんな術前術後に他人の事なんか気にしたく無いって言いましたよね?そんな余裕無いだろうし、静かにさせてくれって言いましたよね?

あとそう言う色んな処置されたり、

管が繋がってたり、


そう言うので医療従事者以外の前に居たく無いんですよ。



ほら、弱ってるとこ見せたく無いから見舞なんか来るな、みたいなのと似た感じで。


しかも別に命までそうそう掛かる手術じゃないし、



そんな、
事がありました


人の好意を踏みにじる酷い罪悪感

でも今優先されるべきは自分では無い?

しかも、だから、宣告したし!!!!


なんて言うモヤモヤ事案が有りましたとさ。


・所で💡


口の中に縫合した糸が残っている気がするのです!なんか舌で触れます(笑)

女医さん、見逃したな(^^;)

とりま、心配なので一応病院に問合せした所、次の外来で問題無いとの事、

ならよし!←


・病棟でもマスクで過ごしてました。医療従事者と患者ばかりなのだから、と言う事は有るのでしょうが、


カーテンの中以外はマスクしてました。

やっぱり、嫌なんですよね、

出来るだけ、的な。


・そんなこんなで手鏡を持って行って無かったので共同の洗面所であまり佇みたくは無く、
改めて自宅へ帰って来て傷をマジマジと。


唇の中央の横の位置は、気持ち、しか変わって無いと思います。

でも無くなった方の唇の山が、少し高くなりました。これは変化。


さて、あとより自然に見える為には?

何でも無い方の上唇を切って短くするとか?

でも何でも無い所にメスを入れる?


でも全体のバランスの為には、、、

それにそもそも鼻の下からの切開だってまるで何も無い所にメス入れてるのに違いは無い。

術後、

『お、マジか!?』

と思いました。そこまで詳しい説明受けて無かったし。


まぁしかし自分の場合聞いた所で同意するからいんだけども←

医者、全幅信頼、なので。


と、言うか、素人なので信じて託すしかないよねって。



余談ですが30 半ば、です。40 までに、納得が行くまで、


決着が着けばいいなぁと、


そんな風に思っています

本日抜糸&退院でした。そしてちゃんとノンワセリン画像
これが手術前


変わって無いと言えば変わってません、でも細かく見ると変わってる。

その細かい所が大事、なのか。あとは二次元三次元の違い、ですね。写真で見るよりかは変わってますでも劇的では有りません。


さて何をどうしたのかと言いますと、


シンプルな所から行きましょう

下唇の凹み改善の為にZ工法?だか何だか、兎に角そう言った凹みを改善して盛り上げる施術ですね、をしたそうで、

術前は下唇はやらないって聞いて居たので、術後3日目位に漸く鏡を見る気になって縫った跡を見つけた時にはびっくりでした!

しかも多分これに関しては浅くしか切って無いのでしょう、まるで痛みも違和感も無かったので。

そしてこれが一番簡単に綺麗に治った部分だと思います。勿論元の様では有りません、けれどあの雑巾絞った感じが無くなってるのです、だいぶまともです!! 

はい、これはやって貰えてとても良かったです。流石教授、有難う御座います❗


さて、問題の上唇です、

まず硬くなっていた唇部分を切り落とします。で、それだとパックリ開いてしまうので、鼻の下から切開して縫い止めます。

でひきつりを少しでも緩和する為に口の中で下唇から上唇に向けてぐるっと寄せる様に、切開縫合


と、言うのが形成の先生からの説明でした。


な、なんとなく分かったような、分からないような。

まぁ何をしたのかと言うのは、はっきり言って『一応聞いただけ』です


こうしたらこうなる、とかはその道のプロじゃないと分からないでしょうから、


なので術後ケアしてくれてた先生は手術参加して無くて今日抜糸の時やっと、執刀の教授では無いですが、参加していた先生が抜糸だったので聞いてみた次第です(遅)


抜糸はしましたがまだ皮膚が落ち着く筈も無く、この皮膚が落ち着く過程でもうちょっと真ん中に寄りながら治る事を実は計算して切っていたりとかしないかなぁ、なんて都合の良い事を考えてしまいます。

まぁ実際そう言うパターンも有るとは思います。


抜糸の先生曰く、結構大掛かりな手術で、色んな技術を凝らしたのだそうで有ります。

そうなのかぁ、

有難う御座います

仕上がりへの結論はまだ待つとして、

しかし術後の痛みを皆さん凄く気にしてくれてましたが、全然大した事は無く、

これはやっぱり上手に切ってくれたんだなぁと思います


何しろ痛みには滅法弱いので、その自分が大した事無いって言えるのは本当にあんまり痛く無いって事で

感謝ですね
入院中毎日
起床後&食後の4回、検温と血圧測定が有ります。


まぁ会社の健康診断で元々低いのは知ってはいたんですが、
度々測ってるとその低さっぷりがなかなかな事を改めて確信しました。

何よりナースさん達が低い低いと言うので、世間の若い?女性の2割なんて言うけれども、

実際にはもう少し少ないのか、若しくは10代~30代の女性患者が形成外科には少ないから珍しいのか、

まぁナースさんに低いと言われる塩梅では有るのだな、と←

40回近く測って、上が100を越えたのが1、2回で、上が80台下が30台が3、4
回。

まぁ下が30 台は自分でもちょっとびっくりでしたね。



ガテン系のにーやんおいちゃん達なんかしこたま高くて、建設現場の新規入場でいつも何人か何度も測り直していたりするのに、ねーと。


そして血圧の低さを実感させられると、朝が本当に嫌になる程なんだか辛い、あの喩え難い辛さ!!!!!の原因はちゃんと有るのだと安堵?するのです。


何の病気?!って疑いたくなる位兎に角朝がツラくて仕方無いんですよね、

なんで、とかどうして、とか言う説明はすごーく難しいんですけども、


しかも低血圧って余り改善法が無いとか

だったらいっそ仕方無いのだから遅刻免除してほしー←www 

とかなんとか思うのでした


因みに10年位前はインフル流行り時期に毎朝の検温が会社で義務づけられてましたがその時はずーっと35度台でした。

でも今回の検温はずっと36度台!!おーっ体質改善してるぅ☺


因みにこの10年の変化は湯舟に良く浸かるようになった。体重が五キロ以上落ちた。体動かしめの仕事になった。

ですかね、血圧は低いままでも昔程冷え症寒がりが救えない程じゃなくなったとは思うのです!



高血圧のが危険だけど低血圧もイマイチな事多いので、生活改善とかで体温だけじゃなく血圧もあがればいいのにーと思うのでした。
きっと暇で今まで書けなかった分沢山投稿するかなぁと思っていたのですが、

色んな事に気持ちが疲れてしまい結局そんな元気も起きずに10日間の入院生活を過ごしてしまいました。


そんなこんなで入院生活を簡単に纏めると




・手術の2日前に入所もとい入院


・形成外科の手術の為手術まではまるで元気なのに2日もベッド生活!!まぁ仕方無いけども


・また暫く自由に飲み食い出来なくなると思い入院前日にどか食い入所時の体重にちょっと驚くwww ←


・全身麻酔準備の為前日から点滴装着、そして絶食!しかし就寝を挟んで12時間程度の飲まず食わずは別になんでも有りませんでした


・全身麻酔についてこれが辛いとか、術後の吐き気が、とかネガティブ情報入れて来る人間がチラホラ居たのですが、全部聞き流しました。想像して怯える位なら知らずに直面でいいわ、と。

だって避けようが無いものの悪い情報知って先に心の準備?!なんて個人的には意味無いと思うのです、寧ろ却って悪いとさえ感じますよ。

・因みに個人的な全身麻酔の感想は本当にあっと言う間に落ちて気付いたらベッドの上。ナースさんの言う通りでした。

しかもコンタクト外してる自分がきちんと見える視界の距離はわずか五センチ程度(ハイパード近視)なので、まぁ何も見えず、よって大した緊張も無く、ですね


・麻酔から醒めて切って縫われた患部は、まぁ、普通に怪我なら有る有る位の痛みでした。結局1回も痛み止めは貰わなかったかな。
吐き気も無し。割りと体もすぐ動く


けれど絶対安静ですよと。

そして自分が一番辛かったのは膀胱留置カテーテルでした。これは辛く無い人は辛く無いらしいのですが、

膀胱に管を入れて汚水の処理を自動的にするもの。麻酔醒めた時の体の自由度からして、果たして必要あったのだろうかと個人的には思ったのですが、それは専門家じゃないと分かりませんね。
結局手術の翌日の朝まで付けていたのですが、ただもう兎に角兎に角異物感が酷くて叫び出したくなるような気持ち悪さで、要するに膀胱炎と一緒ですね←


・一連の手術の事で一番辛かったのって実はそれだったりします。飽くまで私は、ですが


・なのでそれを外してからは到って肉体的には平和に過ごしました。


・ただやっぱり病院食って、あまり美味しくは無いです。味が薄過ぎてとてもじゃないけどおかずでご飯が進まない(苦笑)

まぁ元々昼位しか炭水化物採らないので、最初こそ一生懸命食べましたが、

早々に諦めました。しかもベッド上生活で殆どエネルギー消費しないので、そもそも完食すると消化し切れずお腹痛くなる感じだったし💦

・因みに普段肉体労働なので、持て余し過ぎて、かと言って特に体動かせる施設、ルームも無いのでB1の売店から16Fの病室まで階段で登ってみたりしました

ワセリンてかてかにつき見辛い写真となってすみません。
(自分で塗ってるのだからその前に撮れば良かったですね←)



まだ抜糸前ですし落ち付いて無いので、仕上がり、と言うワケでは有りません。


今日で手術から一週間です。

明日抜糸して退院します。

明けましておめでとう御座います。

だいぶサボりました。
仕事の忙殺も有り、気分の沈みも有り、



ちょっとかなり厄介な恋愛沙汰に巻き込まれたり、
(これは後日ゆっくり書くかもしれません)


31にも仕事をし、トラブルから明けて2日も現場に出る事になり、

等々、色々ありましたが



12月の診察にて、



遂に!

手術の日取りが


日取りが

日取りが

(ぐるない風?)


決まったのです!!!


2月中旬に待ちに待った手術をする事になりました。


長かった、でもまだ何がどうなる保証は有りません。



さてさて今も実は忙殺真っ只中なので

とりあえず御報告まで、です。
日曜から月曜の朝まで過ごして

月曜の夜

私が送ったLINEの内容は 

要約すると
『遊んでいるだけだとしたら、LINEをそちらから消して下さい』





そして返って来た返事が

『やはり君は俺みたいな奴と一緒にいるべきじゃないと思う。
困らせてしまってごめんなさい。
これまで優しくしてくれてありがとう。』



これは、フラれたと


終わったと、捉えました


でも違和感は有って


なんで私の為に一緒に居ない、的なの?と


てか俺みたいなってなんだよ、と


でももう疲れたなぁとかも有りつつ


終わったのだと思って


個人的には、そちらからLINEをブロックしてくれたら、

為す術無く終われると思って、

だってトーク残して置きたいし、

でも連絡先が残っていたら、


絶対に連絡したくなってしまう、と。

だからあちらから消して欲しいと言ったのに




ずっと名前は消える事もなく


そうして案の定私は勢い任せにLINEを送ってしまい、




そうして月曜の真っ昼間にも関わらずさっきいきなりLINEが返って来てしまったのです
土曜日に飲んで、
一緒にKさん宅に帰って、

日曜日、


何となくゴロゴロして、

ここでも帰った方がいいのかな、帰るべきかな?と思いながらも


具合悪いーって言う彼とダラダラ、ゴロゴロ、洗い物して、洗濯手伝って、結局夕方になり、
お腹空いたねって、出前を注文。


パエリアを頼みました。


注文してから届くまでの間、お酒とちょっと切らした日用品の買い出しを私が行って来ました。



晩御飯しながら、

『そう言えばね、怪我の事なんだけれども
 手術はまだしてないんだよ』

『あー、うん、でも、そんな気にする程でも??』


ま、お酒入ってるからなのかそれ以前とか
、良く分からないですが、怪我の事はそんなに何も思っては無いのだなぁと思いました。

それはいいの?

悪いの?


考える力も無くし、向こうがゆるゆるなのを良いことに自分もゆるゆると、



話をする事も放棄して、


何となくまた一緒に眠って、


月曜日の朝を迎えました



私は月曜日も休みだったので、邪魔にならない様に少し早めに出て、



話が有るって言ってた件は


後でLINEするね


そう言って帰りました