まぶかに被った三度笠は、
雨と風にさらされて黒っぽく変色している。紺色の道中合羽は、泥水でもあびたようなシミが広がり、塵と埃を吸いとって細い縞(しま)は、かすかにその名残りを留めているにすぎない。
しかし、紋次郎は自ら “木枯し紋次郎” と名乗ることはない。
「ひと様に名乗れるような名前なんぞ、持ち合わせておりやせん」
などと言うのが常だが、
正式に名乗らなければならない場では、
「上州無宿 紋次郎と申しやす」
と言う。
紋次郎は、上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれたが、
貧しさのあまり、実の親に間引き(口減らしに子供を殺すこと)されそうになったところを、あやうく姉に救われる。
この不幸な生い立ちのせいか、紋次郎は十歳の時に家を飛び出し、無宿渡世の世界に入った。
無宿渡世とは、特定の親分衆の下に属することなく、裏街道を渡り歩くアウトローの世界であり、最低限の渡世の掟以外は、無法と非情が支配する世界である。
そんな無宿渡世を生き抜く紋次郎は、基本的に誰も信用しないし、誰にも頼らない。
頼れるものは ただ一つ、おのれの腕と腰のドス(長脇差し)のみである。
汁も おかずも飯碗にぶっ込み、箸でかき混ぜると、一気に口に流し込む。
これで、紋次郎の一回の食事は終わりである。紋次郎が、いつしか すご腕の渡世人として知られるようになると、加勢を依頼してくる者が現れるが、
紋次郎は一切 受け付けない。
虚無感の漂う表情で そう答えると、
足早に その場を去っていく。
そんな、渡世の義理に とらわれないクールな紋次郎だが、
血も涙もない冷血漢というわけではなく、つい関わってしまうこともある。
どんな場合かというと、
不本意ながら作ってしまった義理を返さねばならない時。
だが、関わった先に待ち受けているのは、どす黒い陰謀や罠の数々。
紋次郎の腕を利用しようとする者や、名の知れた渡世人である紋次郎を倒して、自らの名を上げようとする者たち…
そんな時、
紋次郎は、心の底から沸き上がる怒りを込めて、腰のドスを抜くのである。
※以上、動画は『木枯し紋次郎』第1シーズン第3話「峠に哭いた甲州路」より。
注)下の動画タイトルが「新木枯し紋次郎ED」となっているが、誤りで、正しくは “第1シーズン”(1972-1973年 フジテレビ版) の『木枯し紋次郎』からのもの。
『新木枯し紋次郎』は、1977-1978年テレビ東京で放送したもの。