「主体性保育」という言葉だけが先に進み、現場は訳も分からないまま慌ただしく動き続けていました。 休む間もなく、疲れだけが溜まっていく毎日。大人の余裕のなさは子どもにも伝わり、どこか落ち着かず、うまく回らない日々が続いていました。 主体性でも自由でもなく、「好き勝手になってしまっているのでは」と感じる瞬間もありました。 本来、保育園は生活リズムを整え、安心・安全に過ごせる場所のはずです。けれど現場には一日中声が響き、休息も安眠もない空気が流れていました。 子どもたちももちろんですが、保育士だって休憩したい。 朝から晩まで走り続け、休憩といっても弁当をかき込み、コーヒーを数秒で飲み終えるだけ。ほっと一息つく時間すらありませんでした。 家でもバタバタの毎日。 子育て中なら、キッチンで立ったまま食事を済ませることだってあります。それなのに、職場でも「ゆっくり食べる時間」がない。医療・福祉・教育の現場では、それが当たり前なのでしょうか。 「休憩は1時間取ってください」と言われても、実際には取れません。 休憩を回せるだけの人員がいないからです。現場では、それが“普通”になってしまっています。 当たり前に休憩が取れて、当たり前に休める。 そんな職場が増えてほしいと心から思います。 また話が逸れてしまいましたが、看護師、介護士、教員、そして保育士(幼稚園教諭)が現場を離れていくのは、ある意味当然なのかもしれません。