それは掌に乗るほどの冷たいクリスタルの球体で一見漆黒にみえるけれど、光に透かせば濃いルビーレッドに影を落とす。
あかい血のいろのように夕陽に染まるのを、ゆっくり眺めるのも楽しい。
がらんとした何も無い部屋にたったひとつだけ在る。
それと暮らすようになって、ようやく殺風景な景色が華やいだ気がした。
何ひとつない、から、たったひとつ、に
その変化が何よりも生活を激変させた。
たとえ言葉を交わすことができなくても、それはいつも饒舌に語りかけているようで退屈に倦むことも抱えていた孤独に苛まれることもなくなった。
美しいその漆黒を守るように、傍にいれさえすれば。
そんなかわりばえのないの無い日常の中、新月の真夜中にだけそれはさらりと球形を解く。
ゆっくりと伸びをするように、四肢を伸ばし背を撓らせ、やがて美しい毛並みの大型の獣の姿になる。
鬣は漆黒、丸い瞳も黒で、体毛は黒にみえるが不思議な色に変化してなにいろとも言い難い。
ネコ科の動物特有の力強い後ろ足、大きな犬歯と鋭い裂肉歯を持ち、短く大きい顎は肉食獣らしい力強さを窺わせる。けして飼いならされることなどない野生の獣はのんびりと寛ぐかのように冷たい床に横たわりこちらをみている。
美しい、愛おしい獣はけしてここから出てゆくことはなく、じっとみつめるだけだ。
傍にいて欲しいと、そのほかはなにもいらないと、そう望んだから、それを獣は叶えてくれた。
なんて簡単なことなのだろうと、日々苦しむものを笑いたくもなるのだ。
望みはたったひとつだけ。
それ以外はなにもいらない。
全部とひきかえにすればそれで願いは叶うというのに。
そうして幸せになった僕は来る日も来る日も
その美しい漆黒だけを抱きしめて、
それ以外なにひとつみることも触れることもなく、ただ永遠を過ごす。
新月の夜をささやかな祝祭として。
commando Blue