「これといった悪さをしないから、そいつはどちらかといえば馬鹿にされている妖怪の類だ。
特徴は大きな目玉がひとつ、子供のように小柄で手には豆腐を持っている、提灯を持っている場合もある」
淡い灯火の向こう、ずいぶんと抑揚の無い声が呟く。
「日本古来の妖怪のひとつだねえ」
今度はのんびりと間延びした声、話にはあまり興味がなさそうだ。
「豆腐って、豆腐? へんなの」
子供のように高い声がくすくすと笑う。
部屋は暗く、丸い卓には小さな蝋燭の灯りがひとつだけがともされていて、そのまわりにはぼんやりと人影がある。数は判然としない。
「でもおれがみたのは何も持ってはいなかった」
今度の声はもっとずっと強い口調で、その瞬間、ゆらりと卓の炎が揺れる。
「大きな目がひとつじろりと睨んだ。まるで地獄の中みたいな真っ赤な目だった」
「───怖い…、そんなのにあったら僕、動けなくなってしまうよ」
ふるえるような、どこかあどけないけれど少年らしいその声は小さく語尾すら掠れさせる。
「絵草子に描かれているような、一つ目小僧にはなかなかお目にかかれるものでもないしな」
あいかわらず声は平坦で馬鹿にでもしているかのような口調にすら聞える。そんなものはいないとでも言いたげな。
「だから、真面目に聞くっていうから話したんだろうが!!別におれは聞いてくれとか言ってない!
化け物かもわからないから気になって調べようとしてただけで…」
「それでいつもは寄り付かない図書館に入り浸っていたんだ!? だからみんな心配したのさ。
どうかしちゃったんじゃないかって」
「どうもしていないし、本当にみたんだ!!」
「何処で?」
「…山、校舎の裏に、小さい離れがあるだろう?あの裏山だ」
さっきまで強い調子で続けられた声が、ひそりと囁く。
「細い雨が降ってた、離れの裏口から出たところで何かいる気配がして…
山の方を振りかえったら、そこに立ってた。
誰か居る、って思ったけれどそれはよくみたらひとつしか目がない、大きな目がじろりと」
あれは化け物だろう?あんなものをみちまっておれは…
声は弱々しく続ける。
「おまえはいつもうざいくらいに威張っているくせに、気が小さいからな」
「うるさい!!気が小さくなんてない…」
「小さいよね、お化けだけじゃなくてジェットコースターも嫌いじゃん」
「真っ暗も嫌い、電気消して眠れないし」
「大きい外人も嫌いって、英会話の先生からも逃げ回ってたじゃん」
「それは英語が怖かったんだよ」
周りからは揶揄する声が口々にかけられていく。
反論する声は上がらない。
「まあ、待て。こいつが臆病なことは周知だが、今度のことはそれだけが原因じゃないんだろう。
本当にそんなものに会ったから、これほど怯えているんじゃないか?」
確かめるように声が問い掛ける。
暫し静かになった場にはゆらゆらと蝋燭の炎だけが揺らめいている。
「───ほんとうだ、見間違いなんかじゃない
あかい、冷たい目だ。なにもみていないみたいで、でもおれをみたのはわかった」
しん、と静まる空気が冷たく降り積もろうとでもするかのように続くのを
切り裂くように
「今度雨が降ったら、俺達で確かめに行く。
怖かったらおまえは待っていればいい、正体を掴んできてやるから」
きっぱりと告げられた言葉にあっさりとそれは破られる。
「ええ?雨の日は外に出たくないのに?」
「おもしろいね、絶対行く!!」
「豆腐、持ってるかな?豆腐!!」
ざわざわと始まるおしゃべりでいつも通りの喧騒が戻る。
「俺も、行く」
小さな声に気づいたのはじっとみていたたった一人だけだった。
「無理しなくてもいい」
静かな声は感情のないものではなくなっていた、そっと宥めるような。
「いや、行く。自分の目で確かめたい」
そうか、と呟いてそれ以上は言い募ることはなかった。
仲間たちのおしゃべりがあちこちにとび、やがて蝋燭が燃え尽きこの会がお開きになった。
あらためてぱちりと明るい照明が灯され、三々五々集まったものたちも散っていく。
ひっそりと残された彼の耳元で零されたのは
「どうして、あの山になんて行った?あの建物はたしか和室があるだけだろう?」
おまえには用なんてないはずだ…
答えられないで黙った彼になぜか相手は不機嫌で、
今日一番の冷たい態度で去っていくそれが彼には不可解だった。
commando Blue