男は 塔の入り口に立ち そっとあたりをみまわした。
たぶんそのあたりにいるのだろうが、今はまだ何もみえない。
男は 上へ向かう螺旋階段をゆっくりと上り始めた。
ここに来るのはどれくらいぶりだろうか。
永い歳月のなかで幾度か この塔からの景色を眺めに来た。
そして何度目の時だったろう
上昇を続ける螺旋に目が回り 少し立ち止まったとき
自分の左後方に ぴったりと寄り添うようについて来ている得体の知れないものに気がついたのは。
最初は怖ろしいものかと恐かったものだが、それは何を仕掛けてくるでもなく
ただずっと触れ合わんばかりの近い後方からついてくるだけ。
どうしたことか、前へ出ることは出来ないようで、こちらが足を止めればそれもとどまるのだった。
上へ。
最上階へ近づくにつれ、それは青く強烈に発光し、輪郭もはっきりと鮮やかに浮かび上がってくる。
喩えるなら ドラゴンとか 太古の生物ブロントサウルス 首の長い草食恐竜。
男は絶えず後方を気遣い上る。
そこに上昇を喜んでいるらしい気配が、発光と共に感じられる。
頭を上げてスキップで鼻歌でも聞こえてきそうなはしゃぎ様だ
無音のままであるはずなのに それの気分が手に取るようにわかるとは。
最初にここを上ったころは、存在にすら気がつかなかったのが嘘のようなはなしだ。
男はそれの輝きを背中にしっかりと感じ取った。
最上階が見えてきた。
あそこからの眺めは、世界中で一番すばらしいのだといわれている。
テラスへ抜けるゲートがみえる。
そこをくぐれば この旅は達成されるのだ。
しかし。
男はきびすを返した。
それでも後ろについてくることしかできないそれが、おののき、揺らいでいるのがわかる。
男は、螺旋を下り始めた。
そう、寄り添うようについてくる。
おれを信じて、おれのすることに一喜一憂しながら やさしさといわれる静けさで。
おれの一部にでもなったかのように。おれの喜びが己の喜びだといわんばかりに。
おれはそんな者たちを 切り捨て、突き放してやってきたのだ。
お前達は おれの下で絶頂を予感し、得られぬ絶望にのたうつ姿をみせるがいい。
男は、幾度もの人生を思い出しながら 後ろからくるものをうかがった。
光は薄れ、形も保てなくなってきながらも よろよろと力なく追っていた。
無音だが、身をよじり泣き叫ぶさまが見えるようにくっきりと感じられるから鬱陶しい。
塔の入り口に戻ってきた。
寄り添っていたものは消えていたが、はげしい嘆きの波が充満し、地べたにうずくまり突っ伏している様子が感じられた。
男は、片方の口の端をあげ 冷淡に嗤った。
おまえたちが期待することを、おれは絶対に叶えはしないのだ。
なぜなら そんなおまえたちの無様な姿を おれは何よりもおもしろいと思うからだ。
男は 懐から酒の小瓶を取り出しゆっくりと口に運んだ。
遠い歳月をかけてもまたここへ来て 悲嘆をアテに美味い酒を一杯やろう。
舌鼓を打ち 想い馳せ、一人凍てついた瞳をほころばせた。
By.Purple