こんばんは٩( ᐛ )و
名前に秘められた共鳴和音
統命思想ファシリゲーター
龍 庵真(りゅう あんしん)
です。
今日の個別セッションでは
宗教と超宗教について考えました。
宗教:信者を輩出
超宗教:「私自身が自らの教祖&信者」と生きる方を輩出
あなたにはどちらが望ましいでしょう?
ーーー
佐藤真紀子さん
田中健太郎さん
に続く3人目。
日本舞踊の名取りさんです。
気づいてしまった
「・・・それって、
お母さんの満足じゃない?
・・・・・・・」
通話後も、
しばらく携帯を手に持ったまま、
動けない。
衝撃的な娘からの一言。
雅子が舞を始めたのは、小学2年。
同級生がバレエを習い始めたのに
触発されたのがきっかけだった。
「だったら、うちは日本舞踊よ」
と笑いながら始めさせた。
最初は物珍しさを楽しんでいた。
私の目には、娘の才能が確かに見えた。
「この子は私よりも大成する」
今となってはただの親バカ
だったのだろうが、
当時は揺るぎない確信があった。
だからこそ、稽古は厳しくした。
「舞は甘くない。
遊びじゃない」
「気持ちで踊ってはダメ、型がすべて」
何度も泣かせてしまった。
中学に上がる頃、
雅子は何度か
「やめたい」
と言った。
その度、言葉を選ばずに返した。
「せっかくここまで来たのに、
やめるなんて無責任よ」
「あなたは本当に、惜しい人ね」
「本気でやったこと、一度でもあるの?」
あの時、どんな顔で言ったのだろう?──
その時の雅子は泣かなかった。
ただ、無表情。
その後、
雅子は舞の道には進まず、
教員の道へ。
今でも趣味として
続けてくれてはいるけれど、
「母の顔色を見てのこと」
だったのかもしれない
と気づいてしまった。
自分の中の「誇り」だったものが、
ただの自己満足だったのではないか?
と感じている。
「私が見てきた娘の才能は、
勝手な思い違いだったのかしら?」
「私は母親として、
娘に何をしてあげたのかしら?」
「舞台の拍手は聞こえても、
あの子の小さなため息は聴けていたの?」
崩れゆく誇り
私は、
着付け塾「舞乃庵」を
主宰する藤堂富美子
(とうどうとみこ)、
77歳。
かつて日本舞踊の名取
として舞台に立ち、
今は後進の指導にあたっている。
弟子の数は年々減り、
後継者も見つからないまま。
それでもこだわり続け、
凛と帯を結び続けている。
会社員だった夫の定年後、
5年経たずに看取る。
肝臓ガンだった。
1人娘の雅子も巣立ち、
孫も成長した。
やり尽くしたと
充実感を持っていた、
昨日までは。
今、積み上げてきたものが
音を立てて崩れていっている。
「そもそも私は、
何のために生きてきたのかしら」
「結局私は、
何も遺せないまま
死んでいくんじゃないの?」
「ただ舞にしがみつく
老女になってしまうの?」
「後継者がいないのも、
皆が雅子と同じように
私の顔色をうかがってきた
だけなのかしら?」
娘 雅子からの一言で、
現実が浮き彫り化されてきた。
今、得体の知れない恐怖感
という闇が湧き出ている。
「このままでは終われない──
とはいえ、どこへ向かえばいい
のか分からない」
「誰かに話したい。
けれど、話したところで
変わりそうに思えない」
「何もかもがダメに思えてくる。
何をやっても失敗しそうな気持ちになる」
歳月を慈しみ、なお花ひらく
初夏の日差しが爽やかな午後、
久しぶりに書店へ。
本を買うつもりはなかったが、
なんとなく足が向いた。
書店に入って即目に止まったのが、
『婦人画報』。
表紙の色合いが優しくて、
よく読む愛読書の1つ。
「何かを探していた」というより、
「何かが自分の中から
ほどけてくれるのを、
待っていた」
のかもしれない。
表紙の
「歳月を慈しみ、なお花ひらく」
という言葉に惹かれていった。
ああ、なんて美しい言葉。
それは「頑張れ」でも
「前を向け」でもなくて、
「今のままでも、咲けるんですよ」と、
そっと肩を撫でてくれるような響き。
ある女性の写真が目に留まった。
──佐藤真紀子さん。
どこかで見たことがあるような、
でも初めて出会うような、
不思議な気配をまとう女性。
服を仕立てるアトリエで
静かに佇むその姿から、
派手さは一切感じないながらも、
言葉1つひとつに、
静かな力が宿っている。
「娘が巣立ったあと、
何もない自分と出会えた気がした」
「そこからもう一度、
自分に似合う服
を探したくなったんです」
私は・・・《何もない自分》を、
いまだに怖がっているのかもしれない。
型を持たぬ言葉に救われて
長年、舞だけに人生捧げてきた。
教えて、
舞台に立ち、
結い、
支え、
怒り、
泣かせ、・・・。
「私はそれでよかったのだ」
と信じてきた。
最近になって少しずつ、
その信じていたものに
亀裂音が響いていた。
なんとなく気にしていたことが、
娘の一言で一気に崩壊していったのだ。
気づけば、
スマートフォンで彼女の名前を検索して、
SNSやブログもすぐに見つけた。
どの記事も、
肩肘張っていなくて、
等身大で、
でもどこか品のある空気
に包まれていて。
読みながら、何度も深呼吸している。
そしてふと──
「・・・この人に、一度会ってみたい」
そんな気持ちが、
ふわりと湧き上がってきた。
人と会うのが億劫だったのに、
誰かに気を遣って言葉を選ぶ
のが面倒だったのに。
この人なら、何も飾らずに話せる気がした。
あれほど「型がすべて」
と言いきってきた私が、
型のない言葉に救われる日
が来るなんて──
ようやく、
言葉にならない何かが、
ほどけ始めた気がした。
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名前に秘められた共鳴和音
統命思想ファシリゲーター
龍 庵真(りゅう あんしん)
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