帰ってきたヒトラー その2 | 想像と好奇心でできている

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野いちごでは、 『テレビの感想文』ときどき更新。

「帰ってきたヒトラー その1」の続き。

 

ネタバレしてます。

 

 

クレマイヤーの家に、ヒトラーと来たザヴァルツキ。

家の中にいたおばあちゃんが、ヒトラーを見て顔色が変わる。「一族を思いだすのよ」「大勢いたわ。皆殺しよ」

ああ、あのメノラー。クレマイヤーのおばあちゃんはユダヤ人だったんですね。

歴史を超えて、加害者、ヒトラーと、家族を皆殺しにされた被害者、クレマイヤーのおばあちゃんが向き合う。

「だまされない」と、人が変わったように怒りをあらわにするおばあちゃん。それを見ていたザヴァルツキ。

 

極悪人のヒトラーをテレビタレントのように扱い、人気が出た。それに加担した自分。それがどういうことなのか、ようやくわかったらしいザヴァルツキ。

クレマイヤーを、「ユダヤ人の血は少なそうだ」と言うヒトラー。人種差別するところは、昔の残虐非道なヒトラーとなにも変わってない。

 

夜、ヒトラーが最初に出てきた公園に行ってみたザヴァルツキ。

公園の看板には「地下壕施設」「総統地下壕跡」。

 

映画撮影のスタジオから出てきたヒトラーを、ネオナチの男二人が暴行。

病院のベッドで目を覚ましたヒトラー。

病室には、元局長のベリーニがいた。ヒトラーのベッドの左右には、お見舞いのプレゼントや手紙がいろいろと。

 

ザヴァルツキ、ベリーニに、「彼は本物です。本当のヒトラーです」。

でも、役者の演技だと思ってるベリーニは信じない。

そもそも、本物のヒトラーだなんて言っても、誰も信じない。

 

あの人は本物のヒトラー、芸人じゃない、と半狂乱になって主張するザヴァルツキに、白い服を着た病院の人が二人近づいてくる。おかしくなった人だと思われた。

銀色のカートにぶつかって、薬の錠剤を廊下にばらまきながら、病院から逃げてきたザヴァルツキ。

 

ヒトラーのいる、映画撮影しているスタジオに。ヒトラーが犬を撃ち殺したあとにとりあげたピストルを手に、ヒトラーをエレベーターに乗せ、屋上へ。

「行け」と、屋上のへりにヒトラーを立たせる。

「怪物め」

するとヒトラー、「私が?」「怪物を選んだ者を責めるんだな」。

また、演説のような口調でザヴァルツキに向かって話しだすヒトラーを撃ったザヴァルツキ。鼻の左のあたりに銃弾が当たり、ふらふらと後ろに倒れ、屋上から落ちていったヒトラー。

 

おそるおそる、屋上から下をのぞきこむザヴァルツキ。すると、ヒトラーの声が後ろから。なぜかそこにいるヒトラー。さっきいた二人の立ち位置が逆転している。

と、周囲の風景が緑色になり、グリーンバックに。カット! 風景はCG。映画の撮影だった。

ザヴァルツキは、特殊メイクでマスクを顔につけていた、俳優。

 

え、どういうこと? 映画撮影が始まったのって、どこから? と予想外の展開に少し戸惑っていると。

 

撮影が終わり、ヒトラーが、この場に戦友がいないと残念がる。

そのザヴァルツキは、白い部屋で、そでとそでがつながっている白い服を着せられて、無表情で床に座っている。

小窓のようなものが閉じて、部屋の壁の外には、病院の人と、泣いているクレマイヤーが。

どうやら、ザヴァルツキ、精神科の病院に入院している。精神的な病気になったと思われたらしい。

けど、本当のこと言ってるだけだったのに。

 

ヒトラー、ベリーニの運転する車に乗っている。

オープンカーで、歩道にいる人がヒトラーに気づく。手を振ったり、苦々しい顔をしたり、好意的だったり否定的だったりといろいろな反応が返ってくる。

 

最後は、あらゆる国の、あらゆるデモが。どこの国かはわからないけど、いろんな国旗が出てくる。

デモで、興奮状態で叫んだり、怒鳴ったりしてる人たち。

ドイツの国旗を持ってる人たち。

 

トンネルの中でオレンジ色の光に染まった、ヒトラーの横顔がシルエットになる。

「好機到来だ」とヒトラー。時代が、独裁者を求めてる、と言っているかのような。極悪人の怖いセリフのあとに、「我々が国民だ! 我々が国民だ!」という人々の熱狂に支配された声で、暗転して、映画が終わる。

 

なんとも皮肉な、ブラックな終わり方……。

印象に残ってるシーンがふたつあって。

ひとつは、ザヴァルツキが好きになった、黒いパンクファッションのテレビ局の受付、クレマイヤーのおばあちゃんが、家に来たヒトラーを怒鳴りつけるシーン。

ヒトラーがいた頃に生きていた人、それも、家族をヒトラーに殺された人だから、ネットやテレビでヒトラーを見て、おもしろがったりすることもなかった。

 

おもしろい、とか、笑うって、その人の心にダイレクトにつながれるものだと思う。

まじめなつまんない話より、まじめでもおもしろい話のほうが、人は興味を持つし、それを入り口にして、好かれたり、人気出たり、魅力的に思わせることもできる。

ただ、それを言ってる人が、実はヤバい人だったら。普段はうまいこと表に出してないけど、本当は悪人だったら。

 

人々が、テレビ、新聞、ネット(ツイッターとか、YouTubeとか)で、情報にコントロールされて、支持してはいけない人に好感を持ってしまったら。

クレマイヤーのおばあちゃんのような、本質を見抜ける、だまされない人が少なくなったら。

 

ドイツのネガティブな歴史をコメディにして、ブラックユーモアを混ぜておもしろい感じにした、と思ったら、最後は、ちょっと現実的にあるかも? と思わせるようなホラーな終わり方。

 

日本はどうだろう。日本の歴史でネガティブなことといえば、戦争の加害者になってしまったこと。日本人は、もう戦争しないと思うんですけど。

あ、でもこの前、政治家で失言した人がいたなぁ。(北方領土を取り戻すために、戦争したらどうか、と言った)お酒に酔ってたから、だそうだけど。飲酒は関係なく、あの人は政治家に向いてる人だったのかな、と思う。

でも、そんな人を選挙で政治家にしてるんですよね。

この人、政治家にならないほうが良かったんじゃない? って人が政治家になってる国。

 

ここで、もうひとつの印象に残ったシーン、ザヴァルツキのつくった映画のセリフだった、ヒトラーの「怪物を選んだ者を責めるんだな」を思いだす。

ヒトラー、自分は悪くない、支持した国民に問題がある、と。自分のしたことをすごい正当化してるけど、うーん……、一理あるというか。

 

笑ったあとに、ちょっと怖くなる、ついでに、自分の国やほかの国は大丈夫かなとちょっと考えさせられた。