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ryoの闘病日記

関東在住20代男子サラリーマンが、肺血栓、正確には慢性肺動脈血栓塞栓症に掛かった話。完治まで記録しておこうと思い始めました。
発症のきっかけ、入院・治療の様子、仕事関係のこと、現在までにいたる経過等々

病名確定まで

 

入院3日目

この日は、検査などもなく症状も改善されず

 

入院4日目

週末になり、明日から三連休というこの日、1日バタバタすることとなった。

 

I先生はマメな人で、日に二回は様子を見に来てくれていた。大体は朝7〜8時の間、夕方といった感じだ。

 

朝、私のところに来た時に、呼吸器科としてはやりたくないが抗凝固薬を開始してから何も変化がなく、考えていたより深刻状況な可能性があるので造影CTはやりますと報告された。月曜に午前中、喘息などが出ないようにステロイドを投与して、I先生が立会のもと行います、救急にも話を通しているので何かあっても万全な体制をとったと説明を受けた。

 

このころから、大事になってきたな、本当に大丈夫だろうか。

血栓と聞いた時、まあ長くても2週間くらいの入院だろうと思ってました。

 

その根拠は、親が脳梗塞に掛かった際、喋れなくなるほどでしたが2週間で退院してきており、普通に戻っていたから。

現代の投薬治療はよく効くんだなといった印象を受けました。

 

また、お昼を食べていること、かなり疲れた顔をしたI先生が現れました。

 

「ごめんなさい、造影CTですが今日やることになりました」

 

と言うことだった。経緯を聞くと循環器の先生が、意見を昨日までと意見を変えてきたため。三連休、休日体制によく状況が分からないままにしておく方がリスクが高いという結論になったようです。お昼を食べ終わったらすぐにステロイドを服用してくださいとのことだった。

 

そして夕方近くに、造影CTを撮った。

I先生と放射線科の先生、病棟から付き添いで付いてきていた看護師、技師と、CT室は結構人がいた。

核医学検査をした時に、多分造影CTをやりますよと言った若い技師さんも居た。

 

造影剤を投与して、撮影が始まり一回目の撮影が終わったあと、舌と喉が締め付けられるような感じがし、呼吸ができなくなり、案の定ヒューヒューと言い始め喘息の発作を起こした。

 

I先生は、ある程度予測していたので、薬を持ち込んでおり、念の為と点滴のなどがすぐ始められるようにルートを作った状態にしてあったので、すぐに薬を投与しすぐに回復した。

 

CT室にいる、私を含む全員がヒヤッとしたがそんなに大事になることなく検査が終了した。

 

病室に戻ったと、画像の現像が終わるとすぐに説明があった。

心臓から右肺にいく動脈に、3センチ×5センチサイズの血栓が発見された。

これでは、抗凝固薬では効果がなかったはずだと。

突発的に出来たものではなく少しずつ、溜まって結果だろう、突発的に出来たものであれば、血流が大きく変わり心臓が止まって命の危険があったと言われた。

病状管理を含めICUに入って治療したいと説明された。

 

顔すら出さない循環器の医者からの意見により、急遽ICU行くはなくなった。

 

「血栓の大きさも大きく、急変は考えづらい

 また、投薬による治療では、難しくA病院では治療できない」

 

ということらしい。なぜ急変しないのか、こんな大きなものがあって大丈夫なのか、治療ができないというのはどういうことか、どうやって治療するのが正解なのと、I先生に立て続けに質問した。

 

私もころころ意見が変わり振り回され、かなりイライラしていたのだが、I先生も私より振り回されている方だったようだ。

 

「私には分かりません。前にお伝えしたとおり、呼吸器科の専門ではないのです。循環器科の先生の意見を聞きながら進めて来ましたが毎回違うことを言われるんです」

 

といって、一言「調べてきます」と立ち去っていった。

 

私も悪かったんだと思う。先生はかなりしっかりやってくれていた。

 

あとで病棟の看護師さんに聞いた話だが、I先生がそんな言動をすることは普段無い。A病院の循環器科は全般に院内では評判が悪い。K先生とI先生だから無事病名を確定することができたんだろうと。

 

K先生が粘って検査をしてくれなければ、血栓症の発見はもっと遅れていたと思う。

 

I先生が、リスクのある中、万全な体制をとって造影CTをやらなければ、喘息で呼吸停止していたかもしれない。造影CTをやらないという選択肢はなかったのだから。

 

一時間くらいたった頃、I先生が訪れ、先程はすいませんでした。

と何度も謝罪された。

 

医者が分からないなど口にしては駄目だし、イライラに任せて感情的になってしまった。昨夜は夜勤で、寝れておらず、昼間は私に対応でずっと動いており冷静さを失ってしまったと。

 

この病気に対する一般的な対応になるがという前置きの上に、今後治療の進め方を教えてくれた。

投薬治療→カテーテル治療→外科で摘出手術をするとレベルごとに分けて行うということであったが、私の場合は外科的に摘出治療以外方法がないだろうと言うことであった。
 

A病院では、投薬治療まではできるが、カテーテル、外科的摘出となると特殊な技術が必要であり出来ない。

心臓に強い、大学病院に転院するのが必須である。

 

検査値や、病態が安定していたため発見が遅れたと。

若くなければ、すぐに倒れていてもおかしくないレベルだったと。

 

家族に説明した上で転院の手続きを進めたいということになった。

 

家族だが独身のため、実家から来てもらうしかないのだが、関東からは遠く離れた地方のため、簡単にことが進まないだろうと思いながら親へ連絡した。

 

病院が指定してきたのは、三連休明けの夕方、そこにしか循環器の医者が都合がつかないということであった。

 

簡単にいかないと思っていたが、その日たまたま兄妹が関東に遊びにきており空いていた。そして火曜日の家族への説明が確定した。

 

この日付いた病名が、慢性肺動脈血栓塞栓症だった。

 

つづく