その日、峰子はミスビューティワールド日本代表として、関西のテレビ番組の収録に参加した。
収録前、峰子はマネージャーの神野と共に、出演者全員の楽屋を廻って、丁寧に挨拶をした。
芸人・俳優・モデル・タレントなど、素顔の彼らは皆それぞれ、個性的で魅力的だった。
収録中、峰子は司会のベテラン芸人の見事な采配で、会話を面白くリードしてもらって、自らも大笑いしながら素直に愉しんだ。
こういう特別な話芸は、経験により磨き抜かれた達人の超能力だ!と感動した峰子は、自分もおしゃべりが上手くなって、特技に加えたいと思うほど感動したのだった。
収録後、再び峰子は神野と共に出演者全員の楽屋に赴き、お礼と感謝の挨拶を済ませテレビ局を出た。
すると、玄関を出た所で、大勢の報道陣たちが峰子を待っていた。
その集団の中には森川もいて、彼は峰子と神野に目配せして、軽く頷いて見せた。
それは『予定通り』という合図だった。
神野が記者たちに向かって言った。
「ここはテレビ局さんの玄関なので、出入りの妨げになります。お庭の方へ移動しましょう。」
そうして一同は、テレビ局の受付で許可を得てから、横にある公園のように広い庭に移動して、そこで臨時の記者会見を行った。
何故、今日に限って峰子の元へ報道陣が押し寄せたのか?
その理由は、今日発売の有名週刊誌、週刊分瞬に『衝撃の新事実!12番目の被害者と長田峰子は思わせぶりな態度で坂本容疑者を誘っていた!』という記事が出た為だった。
記事には、匿名で病院関係者が証言したとあった。
その記事を書いたのは、村井安男という週刊分瞬の記者だった。
集まった報道陣たちは、この記事について、峰子に事実確認がしたいようだった。
沢山のテレビカメラや一眼レフカメラが峰子を写す中、彼女は凛としてその質問に応えた。
「その様な事実はまったくありません。容疑者本人が日記に詳細に書いた内容を見れば一目瞭然じゃないですか。それにこれ名誉棄損ですよね。亡くなった被害者への冒涜でもあります。ですから私は法的な措置をします。」
その発言を聞いて、ひとりの中年男性が皮肉な笑みを浮かべながら、峰子に嫌味っぽく言った。
「そんな事言って良いんですかぁ?後で後悔しませんかぁ(笑)」
そう言ったのは、週刊分瞬の村井安男、本人だった。
峰子は村井を、淡々と真っ直ぐ見て言った。
「貴方が週刊分瞬の村井安男さんですね。そのお言葉まるっと全部お返ししますよ。ねっ、森川さん(笑)」
峰子からバトンを渡された森川が、淀みの無い笑顔で言った。
「皆さん!明日発売の週刊毎朝の僕の記事を見ていただければ、この件の真実が解りますよ。証拠の写真付きでね。」
それを聞いた村井は、顔を青くして押し黙った。
翌日、発売された週刊毎朝には、最近、大金を支払って保釈された容疑者の父親である坂本朝治と、坂本病院の弁護士と村井安男の三人がホテルのロビーで会っている現場を激写した写真が、沢山掲載された。
その中には、村井が坂本朝治から分厚い封筒を受け取る場面や、封筒の中の現金を出して数えている村井のニヤついた顏が写った物もあった。
そして、森川の病院関係者への取材で、村井は一度も病院を訪れておらず、取材活動そのものをしていない事が判った。
村井は病院関係者の誰とも、個人的な接触をしていなかったので、誰もそんな証言をしていないというのが事実なのだと判明した。
こういう確たる証拠が、森川の丁寧な取材によって、バッチリスクープされていたのだ。
週刊毎朝は、村井の捏造記事を暴いて完売したのであった。
森川は一部で『完売屋』という別名で呼ばれるようになった。
このように森川がポイントを押さえて上手く動けたのは、一柳から、詳しい日時と予想内容がリークされたからだった。
その影には、勿論、結社の情報収集能力があったという訳だ。
記事が出る前に、峰子は一柳華子と二人で柴田祐二の事務所を訪れ、三人で対応を相談した。
その結果、捏造記事を掲載した週刊分瞬とその記事を書いた村井安男に対して、柴田祐二が警察へ名誉棄損の被害届を出し、民事でも告訴したのだった。
それを受けて、週刊分瞬の社長は緊急記者会見を開き、峰子と吉永百合に対して謝罪した。
そして翌週の週刊分瞬の巻末ページに、峰子たちについての記事が、記者村井安男の捏造であった事を認め、謝罪文を掲載する事になったのだった。
その後、村井は週刊分瞬を解雇され、マスコミ業界から完全に追放されてしまうのであった。
お昼のテレビ番組では、村井が峰子に嫌みを言ってから、森川の言葉で青くなり押し黙るまでが何度も繰り返し放送された。
村井の家族は耐えきれず、家を出ていった。
森川にとってジャーナリズム精神とは、とても公正で神聖なモノなので、村井の行為がどうしても許せなかったのである。
どうしても譲れないものを持つ人は、強くもあり弱くもある。
しかし大事なのは、そこに愛が有るかどうかなのだ。