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龍慈ryuukeiのブログ

愛一元の世界ここに在り。
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その日、峰子はミスビューティワールド日本代表として、関西のテレビ番組の収録に参加した。

 

 

収録前、峰子はマネージャーの神野と共に、出演者全員の楽屋を廻って、丁寧に挨拶をした。

 

芸人・俳優・モデル・タレントなど、素顔の彼らは皆それぞれ、個性的で魅力的だった。

 

 

収録中、峰子は司会のベテラン芸人の見事な采配で、会話を面白くリードしてもらって、自らも大笑いしながら素直に愉しんだ。

 

 

こういう特別な話芸は、経験により磨き抜かれた達人の超能力だ!と感動した峰子は、自分もおしゃべりが上手くなって、特技に加えたいと思うほど感動したのだった。

 

 

収録後、再び峰子は神野と共に出演者全員の楽屋に赴き、お礼と感謝の挨拶を済ませテレビ局を出た。

 

すると、玄関を出た所で、大勢の報道陣たちが峰子を待っていた。

 

 

その集団の中には森川もいて、彼は峰子と神野に目配せして、軽く頷いて見せた。

 

それは『予定通り』という合図だった。

 

 

神野が記者たちに向かって言った。

 

 

「ここはテレビ局さんの玄関なので、出入りの妨げになります。お庭の方へ移動しましょう。」

 

 

そうして一同は、テレビ局の受付で許可を得てから、横にある公園のように広い庭に移動して、そこで臨時の記者会見を行った。

 

 

何故、今日に限って峰子の元へ報道陣が押し寄せたのか?

 

その理由は、今日発売の有名週刊誌、週刊分瞬に『衝撃の新事実!12番目の被害者と長田峰子は思わせぶりな態度で坂本容疑者を誘っていた!』という記事が出た為だった。

 

 

記事には、匿名で病院関係者が証言したとあった。

 

 

その記事を書いたのは、村井安男という週刊分瞬の記者だった。

 

 

 

集まった報道陣たちは、この記事について、峰子に事実確認がしたいようだった。

 

 

沢山のテレビカメラや一眼レフカメラが峰子を写す中、彼女は凛としてその質問に応えた。

 

 

「その様な事実はまったくありません。容疑者本人が日記に詳細に書いた内容を見れば一目瞭然じゃないですか。それにこれ名誉棄損ですよね。亡くなった被害者への冒涜でもあります。ですから私は法的な措置をします。」

 

 

その発言を聞いて、ひとりの中年男性が皮肉な笑みを浮かべながら、峰子に嫌味っぽく言った。

 

 

「そんな事言って良いんですかぁ?後で後悔しませんかぁ(笑)」

 

 

そう言ったのは、週刊分瞬の村井安男、本人だった。

 

峰子は村井を、淡々と真っ直ぐ見て言った。

 

 

「貴方が週刊分瞬の村井安男さんですね。そのお言葉まるっと全部お返ししますよ。ねっ、森川さん(笑)」

 

 

峰子からバトンを渡された森川が、淀みの無い笑顔で言った。

 

 

「皆さん!明日発売の週刊毎朝の僕の記事を見ていただければ、この件の真実が解りますよ。証拠の写真付きでね。」

 

 

それを聞いた村井は、顔を青くして押し黙った。

 

 

 

 

翌日、発売された週刊毎朝には、最近、大金を支払って保釈された容疑者の父親である坂本朝治と、坂本病院の弁護士と村井安男の三人がホテルのロビーで会っている現場を激写した写真が、沢山掲載された。

 

その中には、村井が坂本朝治から分厚い封筒を受け取る場面や、封筒の中の現金を出して数えている村井のニヤついた顏が写った物もあった。

 

 

そして、森川の病院関係者への取材で、村井は一度も病院を訪れておらず、取材活動そのものをしていない事が判った。

 

村井は病院関係者の誰とも、個人的な接触をしていなかったので、誰もそんな証言をしていないというのが事実なのだと判明した。

 

 

こういう確たる証拠が、森川の丁寧な取材によって、バッチリスクープされていたのだ。

 

 

週刊毎朝は、村井の捏造記事を暴いて完売したのであった。

 

 

森川は一部で『完売屋』という別名で呼ばれるようになった。

 

このように森川がポイントを押さえて上手く動けたのは、一柳から、詳しい日時と予想内容がリークされたからだった。

 

 

その影には、勿論、結社の情報収集能力があったという訳だ。

 

 

 

記事が出る前に、峰子は一柳華子と二人で柴田祐二の事務所を訪れ、三人で対応を相談した。

 

その結果、捏造記事を掲載した週刊分瞬とその記事を書いた村井安男に対して、柴田祐二が警察へ名誉棄損の被害届を出し、民事でも告訴したのだった。

 

 

それを受けて、週刊分瞬の社長は緊急記者会見を開き、峰子と吉永百合に対して謝罪した。

 

そして翌週の週刊分瞬の巻末ページに、峰子たちについての記事が、記者村井安男の捏造であった事を認め、謝罪文を掲載する事になったのだった。

 

その後、村井は週刊分瞬を解雇され、マスコミ業界から完全に追放されてしまうのであった。

 

お昼のテレビ番組では、村井が峰子に嫌みを言ってから、森川の言葉で青くなり押し黙るまでが何度も繰り返し放送された。

 

村井の家族は耐えきれず、家を出ていった。

 

 

森川にとってジャーナリズム精神とは、とても公正で神聖なモノなので、村井の行為がどうしても許せなかったのである。

 

 

 

どうしても譲れないものを持つ人は、強くもあり弱くもある。

 

 

しかし大事なのは、そこに愛が有るかどうかなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨が明けた初夏の午前11時。

 

 

峰子は迎えに来た黒塗りのベンツに乗り、飛行場へ向かっていた。

 

 

 

一柳華子から電話が来たのは、つい一時間程前だった。

 

 

「ちょっとだけイカツイ外国人が、黒い車で迎えに行くので乗ってください。今日中には帰れるように言ってあります。」

 

「わかりました。」

 

 

峰子は短く答えた。

 

そうして今、峰子は、黒いスーツにサングラスをかけた190cm位の大男二人に挟まれ、車の後部座席にいるのだった。

 

多分、要人を警護するSPのような人たちなのだろうと、峰子は思った。

 

 

しかし、この物々しさで迎えに来られると、却って目立ってしまっていて、近所の人が何事か?と玄関から出て来るほどだった

 

峰子は近所の人に頭を下げて挨拶をしてから、車に乗ったのだった。

 

 

峰子が車に乗ると、一人の男が流暢な日本語で言った。

 

 

「はじめまして。私はヴァリエフで彼はアリエフです。運転手はラウルです。通訳はすべて私が行います。」

 

「はじめまして。長田峰子です。よろしくお願いいたします。」

 

「これから貴女を『ある国』へお連れします。パスポートは必要ありません。他言無用です。」

 

「はい、判りました。」

 

 

峰子は、他言無用という四字熟語を使ったヴァリエフの日本語力に感心した。

 

 

飛行場に着くと車は、空港施設を通り過ぎ、滑走路の端にある車専用の通用門のような所から、直接滑走路に入った。

 

そして、空軍の戦闘機のように見えるプライベートジェットの前で停まった。

 

 

峰子はヴァリエフに促されて、アリエフと三人で車を降り、その飛行機に乗った。

 

運転していたラウルは車に残った。

 

 

峰子が飛行機に乗る前に、ラウルに笑顔で一礼すると、彼も笑顔になり右手を上げて答えた。

 

 

三人が乗り込むと、飛行機はすぐに離陸して、一気に高度と速度を上げた。

 

機内には必要最低限の装備が施されていて、座席が左右に2席づつ10列並んでいた。

 

 

雰囲気は旅客機とは全く違っていた。

 

 

峰子は窓際の席に案内され、隣にヴァリエフが座った。

 

その反対側に、アリエフが座った。

 

音速を超えているであろうスピードに、峰子は座席の背もたれにグンと押し付けられた。

 

 

ヴァリエフが柔らかい声音で言った。

 

 

「峰子さん、大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

 

「良かったです。強いジーで体調を崩される方もいらっしゃるので。」

 

 

峰子は微笑んで言った。

 

 

「そうなんですね。慣れてきました。」

 

 

速度が一定になると、自由に動けるようになった。

 

きっと、加速や減速の時にグンッというのが来るんだろうと、峰子は思った。

 

 

2時間弱で飛行機はどこかの飛行場に着いた。

 

そこには戦闘機や輸送機が並んでいて、軍の施設のようだった。

 

 

峰子と男二人は飛行機を降りて、迎えに来た黒塗りのベンツに乗った。

 

峰子の乗った車の前後に、護衛の黒いボルボが付いた。

 

空港を出ると、高速道路に入ったのか車は速度を上げた。

 

 

そうして30分程走り、車は森の中に現れたヨーロッパのお城にあるような、装飾された鋼鉄の門の前へと着いた。

 

 

東欧の言葉のような外国語でアリエフが何かを話すと、監視カメラが動いて車を確認してから、重い門がスルスルと自動で開いた。

 

その門を通り抜けてから2分程走って、やっと車は建物の前に着いた。

 

その建物の外観は荘厳な石造りで、中世のヨーロッパのお城や寺院のような奇麗で端正な細工がされていて、古風な雰囲気を醸し出していたが、意外に中はとても近代的だった。

 

 

峰子は運転してくれた人と護衛に付いてくれた人たちに感謝の礼をしてから、ヴァリエフとアリエフに囲まれて玄関の大きな扉から建物の中に入った。

 

 

玄関ロビーはとても豪華で、大きなペルシャ絨毯が中央に敷かれている。

 

その奥にフロントがあり、接客係が三人いた。

 

 

アリエフが足早にフロントに行き、受付を済ませた。

 

それから三人はフロントの横にあるエレベーターで3階に上がり、長い廊下を歩いて軍服の男が二人立っているドアの前に立った。

 

 

アリエフが軍服の男の一人と話すと、峰子たちは中へ通された。

 

そこはまるで、ホテルのスイートルームのように広かった。

 

ドアを入るとまた廊下があり、その両側に扉が沢山あり、その中のひとつをアリエフが開けると、ダブルサイズのベッドがあり、老年の男がうつ伏せに寝ていた。

 

 

アリエフが寝ている男に何かを言うと、寝ている男はその姿勢のまま「エヴェット」と言った。

 

ヴァリエフが峰子に言った。

 

 

「彼の状態が解りますか?そして解決できますか?」

 

 

峰子は慎重に応えた。

 

 

「まず、やってみてからお応えいたしますね。」

 

 

ヴァリエフが頷いた。

 

 

峰子は老年の男のベッドサイドに行き、立ったまま身体を透視した。

 

 

5分後、峰子は視えた事を次々に言った。

 

 

「膵臓に腫瘍があるが転移はない。動脈硬化で血管の状態が良くない。血液は高脂血症で尿酸値と血糖値も高い。左脳に脳梗塞の痕があり右半身に少しの麻痺がある。心臓も肥大していて不整脈がある。大きな所見はこの位です。私の特技はこの方に有効だと感じます。」

 

「なるほど、では特技を行って貰えますか?」

 

「はい。」

 

 

峰子は椅子を持って来てもらうと、老年の男の横に座って、特技を始めた。

 

 

20分程して、峰子が言った。

 

 

「全部解決しました。」

 

 

ヴァリエフとアリエフが驚いて目を見開き、顔を見合わせた。

 

 

「もう解決したのですか!」

 

「所要時間には個人差があります。この方の場合はスムーズに進みました。」

 

 

アリエフが老年の男に、峰子の特技が終わった事を告げた。

 

 

すると、老年の男はベッドから起き上がり、部屋から出て行った。

 

 

ヴァリエフが言った。

 

 

「峰子さん、お疲れ様でした。少しお待ちください。」

 

「はい。あの、すみませんが、お水をいただけますか?」

 

「すぐにお持ちします。」

 

 

ヴァリエフがアリエフに『ス』と言うと、アリエフが頷いて部屋から出て行き、すぐに戻って来て峰子にミネラルウォーターのペットボトルを渡した。

 

 

峰子はお礼を言って受け取り、すごい勢いでお水をゴクゴク飲んで喉の渇きを潤した。

 

 

その様子を見たヴァリエフとアリエフが笑った。

 

 

そこに白衣の男が入って来て、ヴァリエフとアリエフに何かを言った。

 

話し終えた男三人は、驚きつつも感動した様子で峰子を見た。

 

 

ヴァリエフが言った。

 

 

「峰子さん、貴女は完璧だった!彼の問題点をすべて言い当てて、しかも20分で患部が全部完治されていました。合格です。」

 

「合格?っていう事は、これ、試験だったんですか?」

 

「申し訳ありません。貴女を試させていただきました。お気を悪くなさらないでください。決まりなんです。」

 

 

心配そうに言うヴァリエフに峰子が言った。

 

 

「分りました。安心してください。怒ってないです。」

 

「では、本当に視て頂きたい人の所へお連れします。」

 

 

峰子は頷いて、促されるままにその部屋を出た。

 

 

来た時と同様にヴァリエフとアリエフに囲まれてエレベーターに乗り、5階で降りると、そこには軍服を着た男たちがズラリと並んでいた。

 

 

アリエフが軍服の男たちに何かを言った。

 

すると、その中にいた一人が先導して長い廊下を歩き、ひときわ大きなドアの前に着いた。

 

 

いつのまにか、先程の白衣の男も峰子たちに同行していた。

 

 

中で待っていたのは、峰子が先月、テレビのニュースで見た覚えのある中年男性だった。

 

そのニュースは、確かソ連関係の話題であった。

 

 

峰子は、その要人にそのまま椅子に座って楽にしていて貰うようにヴァリエフに通訳してもらい、自分も座って目を閉じた。

 

 

早速、峰子はその要人の身体を透視して、状態を説明しながら特技を行ったのだった。

 

 

峰子の言葉を通訳したヴァリエフの説明を聞いて、白衣の男が驚愕の表情を浮かべながら、肯定の意味で頷いた。

 

 

彼は、肺が原発の腺癌で、それが脳に転移していて、西洋医学では余命1カ月であった。

 

峰子は源に、特技が有効かどうかを尋ねた。

 

 

源から戻ってきた返事は『有効』であった。

 

峰子は彼に特技を施し、40分程が経過した頃、笑顔で言った。

 

 

「完治しました。」

 

 

ヴァリエフがそれを通訳すると、そこにいた全員から感嘆の声が出た。

 

 

顔色の良くなった要人が言った言葉を、ヴァリエフが峰子に日本語で伝えた。

 

 

「峰子さん、ありがとう。こんなに気分が良いのは久しぶりだよ。確実に信じられない事が起きたようだ。」

 

「これからは、身体を冷やさないようにして、お酒も程々にしてください。そうすれば長生きされます。」

 

 

ヴァリエフが峰子の言葉を通訳して要人に伝えると、彼は涙を浮かべて峰子の手を握り言った。

 

 

「君に感謝する。助かった命を世界の平和の為に使うと誓うよ。」

 

 

通訳されたその言葉を聞いて、峰子は喜びに満ちた笑みを浮かべて、彼ら全員を祝福した。

 

 

すると、その建物にいた全員が、根源的な幸せに包まれた。

 

 

 

 

総ての志事を終えた峰子が帰宅したのは、午後8時前だった。

 

 

峰子が一柳に電話で報告すると、一柳は機嫌良く言った。

 

 

「ありがとうございました。お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね。あちらは貴女とうちの結社にとても感謝していました。後、今回の報酬は、直接貴女名義のスイス銀行に振り込まれます。」

 

「あの、では、そちらには私からお振込みを?」

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。紹介料はキチンと結社に振り込まれますから。今回は私が電話をしただけで、うちの者は何も働いていません。貴女は自分の報酬を受け取ればいいんです。」

 

「お心遣いに感謝します。どうもありがとうございます。」

 

 

軽やかな笑い声と共に、一柳との電話が終わった。

 

 

先週、峰子は一柳に言われて、スイス銀行に口座を作った。

 

 

その際、神野が詳しい説明をしてくれたので、峰子はコンスタントに口座開設の手順を勧められたのだった。

 

 

これが結社から峰子に来た初志事であった。

 

 

 

 

 

 

 

彼が源の意志により、白装束を纏って冥途案内業務に就き、369の6である中間層を担当して、もう随分経った。

 

人間の時間間隔で言うと、何万年という時を、彼はここで過ごした。

 

特に何の不満もなく、といって、何の楽しさもなく、淡々と、彼は自分の役割を果たす。

 

 

白装束の男は、3の世界を卒業して、6の中間層に来た沢山の人間や動物たちを、9の全体へと見送ってきた。

 

時には、地球で肉体の衣替えを迎えた、地球外の宇宙種族も来る事が有った。

 

 

しかし、ここに来る個々には、寿命というルールがある。

 

そのルールを全うした者だけが、ここを通過して、個々に合った次にいける。

 

 

時には、見送るリストに入っていない、寿命を全うしていないモノが、間違ってやってくる。

 

 

峰子は3回やって来て、彼は3回彼女を追い返した。

 

 

いつも淡々としている白装束の男だったが、峰子を見ていると危なさを感じてハラハラした。

 

 

 

ある時、彼の危惧が現実のものとなった。

 

 

寿命が来ていないのに、身体には戻れないという事態が、峰子に起きたのだ。

 

 

時間が経過し過ぎて、峰子の葬式が終わり、火葬まで済んでしまったのだ。

 

 

 

白装束の男は、焦った。

 

 

こうなってしまっては、新たにパラレルワールドを作って、そこで続きを行うしかない。

 

しかしそれには、彼自身が峰子の身体と同化して、一緒に行く必要があった。

 

 

源に許可を求めると、早々にOK&GOのサインが来た。

 

 

行くしかない。

 

 

そうして彼は、峰子と一緒に、3の現の世に行く事になった。

 

 

 

応援要員として、しばらくは仲良しのデビル君が9から来てくれるから、6は何の心配もいらない。

 

 

デビル君が言った。

 

 

「ハトホル~、大変な事になっちゃったね~。ここは僕に任せてね。あっちへ行ったら、美味しいとか気持ちいいとか、いっぱい楽しんでね。」

 

「ありがとう、デビちゃん。迷惑かけて済まない。あっちは久しぶりで愉しみだ。でも、峰子と一緒っていうのが不安なのだよ。」

 

「あのぅ、もしもし、それ、バッチリ聴こえてますよ。」

 

 

峰子は自分のハートで成される会話に、苦笑しつつ言った。

 

 

「名前ハトホルって言うんやね。これからよろしくお願いいたします。」

 

 

こうして峰子は、冥途案内役の神様と身体を共有する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

峰子は物心ついた頃から、人間以外の友達が沢山いた。

 

 

初めての友達は桜で、家の前を流れる川に掛かる橋の袂に行けば、いつでも会えて、峰子の愚痴を聞いて笑ってくれた。

 

しかし、花が満開を迎える頃になると、峰子がいくら話しかけても、桜からの返事はなかった。

 

なので峰子は、桜の花が咲いている間は、友達として忙しい桜を応援した。

 

 

他にも、金色の龍、樹神、麒麟、大きな亀、大きな猫、大きな犬等、峰子には沢山の友達が出来た。

 

 

でもその事を、峰子は秘密にしていた。

 

 

 

自分には確かに視えていても、他の人には見えていない事を、峰子は母親の言動で悟ったのだ。

 

 

そんな時、二軒隣に引っ越してきた人間の家族の中に、一歳年上の『のぶ君』がいた。

 

 

峰子はのぶ君と友達になって、369寺というお寺の階段の横にあるツルツルの『御影石』を滑って遊んだ。

 

そして、それを見つけた住職さんに、優しく注意された。

 

 

でも母親は、住職さんに注意されても、のぶ君と遊ぶ事自体は怒らなかった。

 

ただ『どんくさい!』と、峰子の首の後ろを大きくつまんでツネル、それだけで終わった。

 

 

峰子は、3日に一度、8時間寝る生活をしていた。

 

それが峰子に合った睡眠サイクルだったからだ。

 

 

いつもながら、峰子はその日も眠れなかった。

 

 

母親は、峰子が寝ていないのに気付くと、怒って罵りながら頭を叩くので、彼女はいつも母親が来ると、寝たふりをしていた。

 

 

そんな峰子の耳に、『くるくるくる………』という音というか鳴き声が聞こえてきた。

 

やがてその音は、ハッキリとした囀りと声になった。

 

 

『クルクルクル…我々はラー…クルクルクル…ラー…クルクルクル…』

 

 

両親は笑ってテレビを観ていたので、峰子は、この声は自分だけに聴こえていると判った。

 

だから、心の中で返事をした。

 

 

『あなたは誰?』

 

『クルクルクル…我々はラーだクルクルクル…。』

 

『我々って、一人で来たんやろ?あなたの名前は?』

 

『クルクルクル…ない。』

 

『じゃあ、呼びやすいように名前を付けてあげる。クルラークルさん?う~ん…なんか違うな~。そうや!クラークさんって呼ぼう!どう?』

 

『クラーク判った。また来るクルクルクル…。』

 

 

 

それがクラークさんとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

南由美子26歳は、柴田弁護士法律事務所でパラリーガルをしている。

 

 

彼女は司法試験に合格する為に、時間を見つけて一生懸命勉強しながら、真面目に勤めていた。

 

そういう毎日を過ごしていると、一年があっという間に過ぎてしまう。

 

 

残念ながら、4度目に受けた今回の司法試験も不合格だった。

 

 

 

段々、彼女の中で、弁護士になるという夢が遠ざかり、情熱はしぼんで小さくなっていった。

 

 

そんな由美子だったが、今年に入ってから柴田祐二の助手をするようになって、仕事が志事へと意識が変わり、日々の生活にも活力が出てきた。

 

 

由美子は、祐二の手伝いをする内に、自分の特性がハッキリと判ってきた。

 

 

彼女は誰かをサポートする事に、特別な才能があり、とても得意だった。

 

特に、支えたいと思う祐二へのサポートは、歓びでさえあった。

 

 

そんな二人が時間を共有するようなって、割とすぐに恋が芽生え、自然に付き合いが始まった。

 

 

由美子の勤める事務所では、社内恋愛について個人の自由だとして、干渉しない方針であったが、気を使われたくなかった二人は、自分たちの関係を敢えて誰にも言わなかった。

 

 

そんな中、由美子が体調を崩した。

 

 

病院に行くと、由美子の体調不良の原因は妊娠だった。

 

 

由美子は不安に思いながら、祐二にそれを伝えた。

 

 

体調を崩した由美子を心配していた祐二は、妊娠の報告を聞いて大喜びした。

 

 

そして、由美子を抱きしめてプロポーズした。

 

 

由美子は幸せな気持ちでプロポーズを承諾し、二人は結婚する事になったのだった。

 

 

 

そんなある日の事。

 

 

由美子と祐二は、事務所に来た長田峰子に、満面の笑顔で結婚を祝福された。

 

イキナリの事だったので、二人はとてもビックリしたが、峰子に『おめでとうございます!』と言われて、心底幸せを感じた。

 

 

結局その日の志事終わりに、祐二が事務所の皆に、由美子と結婚する事と由美子のお腹にベビーが居る事を報告した。

 

 

全員が祝福の言葉と暖かい拍手をくれて、由美子と祐二は、二人して涙した。

 

 

祐二の父親と兄、そして従兄の美和も、由美子が親族の一員になる事を大歓迎してくれた。

 

 

 

由美子は涙しながら、長田峰子が帰り際に、こっそり教えてくれた事を思い出した。

 

 

「とっても可愛らしい女の子の双子ちゃんですよ。夢が叶って良かったですね。」

 

 

峰子にそう言われて、由美子は、自分の一番最初の夢を思い出した。

 

 

それは由美子が幼い頃、いつも言っていた将来の夢だった。

 

 

 

『私、可愛い双子の女の子のお母さんになりたい!』

 

 

 

この数年後、由美子は、双子のママ弁護士になるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徹夜明けのその日、数時間だけ眠って目覚めた森川祐樹は、何かが起きる前のソワソワした感覚が来ているのに気付いた。

 

 

森川は、ごく偶にだったが、こんな風にインスピレーションが働く事があった。

 

 

そういう時には、大抵、ちょっとしたスクープにありつけるのだ。

 

 

今日は何だろう?

 

 

そのソワソワは、いつもよりも大きな感覚だったので、森川の胸は弾んだ。

 

 

 

出社する準備をして、森川は最寄り駅へと向かった。

 

 

丁度昼前で、駅構内は比較的空いていた。

 

 

森川はゆっくり歩いて、ホームの最後列にある丸印の2列目に並んだ。

 

 

そして電車を待っていると、彼の隣に居た初老の男性が、不審な動きをしているのに気付いた。

 

 

電車の入線を知らせるアナウンスが聞こえると、挙動不審な隣の男性は、一列目で電車を待つ女性を突き落とそうとしたのだ。

 

 

一瞬の事だったので、森川は、女性に対して何の注意喚起も出来ず、動けなかった。

 

 

しかし、まさに男性が女性の背中を押そうとした、その瞬間、女性が踵を返して、列からサッと離れたのだ。

 

 

ターゲットを失い、勢い余った男性がヨロヨロッとなった。

 

そして、バランスを崩したまま、線路に落ちた。

 

そこに、すぐ電車がやって来た。

 

 

キューッという緊急ブレーキの音が、ホームに鳴り響いた。

 

男性が落ちた所を随分通り過ぎて、電車が止まった。

 

 

森川は固唾を飲んで、男性の安否を見守った。

 

 

すると線路から、男性が助けを求める弱々しい声が聞こえてきた。

 

 

 

何分か後、男性は駅員によって救出された。

 

 

森川は、そこにいた駅員に、目撃した一部始終を証言した。

 

 

 

ちょっとしたスクープだったな、と思った森川だった。

 

 

 

事情聴取の為、駅長室に呼ばれた森川は、鉄道公安官たちと一緒に、初老の男性から聞いた女性の名前を構内放送で呼び出し、しばらく待った。

 

 

 

難を逃れた女性が駅長室に来て、うどんとお稲荷さんを食べる為に列を離れたと聞いた時には、その強運ぶりに心底驚いた森川だったが、しかし、話はここで終わらなかった。

 

 

あくまでも、その日は、大スクープの序章に過ぎなかったのだ。

 

 

人情派の敏腕記者だった父親の影響で、森川は、記者である前に、人として当たり前の常識と礼儀を持ち、感謝を忘れない事を、普段から心がけていた。

 

 

 

 

この後続いていく日常離れした展開に、そんな森川は、何か大きなモノを感じた。

 

 

そしてそれに感謝しながら、流れのままに動いた。

 

 

 

生きてるだけで丸儲けだ!

 

 

森川も、ヒシヒシと、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和22年。

 

 

高井慎之介が19歳の頃。

 

 

国立大学の医学部に通う彼は、同い年の富樫道子と恋に落ち、お互いに想いを通じ合わせた。

 

 

道子もまた、高井と同じ大学の医学生だった。

 

 

色白の彼女は、笑うと右頬にエクボが出来て、とても可愛かった。

 

 

 

 

もうすぐ梅雨に入りそうな休日、二人は『音楽五人男』という映画を見に行った。

 

 

その映画の中で、藤山一郎と小夜福子が歌う『愛の星』を聴いて、二人はとても感動した。

 

 

 

高井は、帰りに『愛の星』のレコードを買った。

 

 そして、高井の部屋で一緒にレコードを聴いて、音楽に合わせて歌った。

 

 

高井と道子は、同じ物を見て美しいと感じ、同じ曲を聴いて感動する程、感性がとてもよく似ていて、笑いのツボまで同じだった。

 

 

それはまるで、一緒に生まれて来た双子の様に、魂とか意識とか、目に見えない何かが繋がり合った感覚だった。

 

 

二人でいると、それだけで幸せで、その穏やかな時間が、勉強で忙しい寝不足の体を、優しく癒してくれた。

 

 

 

 

しかし、二人が見ていた晴れ渡った空に、突然、暗雲が立ち込めた。

 

 

臨床実習前に受けた病院の検診で、道子が結核に罹患している事が発覚した。

 

 

 

彼女はすぐに隔離され、人里離れた東北の県境にある山奥のサナトリウムに入院した。

 

 

高井は休みになると、電車を乗り継いで、自然に囲まれた建物へ通い、道子の元へ訪れた。

 

 

6月だというのに、そこにはまだ山桜が咲いていた。

 

 

山の空気はヒンヤリ涼しくて、遠くに流れる川音が心地良かった。

 

 

 

道子は冷えないようにカーディガンを羽織って、高井と共にサナトリウムの庭に出た。

 

 

庭に咲く可憐な山桜の下のベンチに座り、二人はお互いの近況を、にこやかに話した。

 

 

話が一段落すると、高井はふと思いついて『愛の星』を口ずさんだ。

 

道子は微笑み、2番の女性のパートを口ずさんだ。

 

 

歌い終わると、道子は晴れた空を見上げて言った。

 

 

「私、生まれてきて本当に良かったわ。」

 

「うん、僕も生まれてきて、君に会えて良かった。」

 

 

 

とても優しい山の神様が、二人の為に気を利かせてくれたかの様に、その年、桜の花は中々散らなかった。

 

 

しかし、道子を蝕む病は確実に勢いを増し、その症状はどんどん悪化していった。

 

 


二人が過ごしていたのは、戦後、世の中の諸々が劇的に変わり始めた時代だった。

 

 

この年から学校給食が始まり、便利な家電製品が家庭の三種の神器として現われた。

 

そして、急速な医学の進歩により治る病気が増え、平和を口にする若者が街に溢れ、片や大スターたちが演じる映画が、人々の休日を華やがせていた。

 

 

そんな中で大学生活をしていた二人に、現実は重く圧し掛かったのだった。

 

 

 

 

梅雨入り宣言された、ある日の夕方、高井の元に電報が届き、道子の訃報が伝えられた。

 

 

道子は、帰らぬ人になってしまった。

 

 

 

それからの高井は、病気に罹った人が、一人でも多く治癒する為に、病理学を熱心に研究した。

 

中医学にも興味を持ち、五行や漢方や経絡等について学んだ。

 

また、栄養状態を良くして未病を防ぎ、健康を維持する為に、栄養学も学んだ。

 

食材の調理方法や味付けの仕方等、彼の興味は多岐に渡った。

 

 

 

 

そして、昭和59年の今。

 

 

高井は故郷から遠く離れた関西の地に来て、独り身のまま国立大学の教授をしている。

 

 

彼は、沢山の学生たちに、健康でいる事の大切さを伝えてきた。

 

 

55歳になった彼は、もうすぐ大学を退官して故郷に帰る。

 

 

そんなある日、高井は、看護学校で栄養学を教えていた長田峰子に、偶然電車で会った。

 

 

その時、彼女がこんな事を言った。

 

 

「先生、道子さんという方が先生に伝えて欲しいそうです。」

 

「あ、えっ?道子?」

 

「はい。続けて良いですか?」

 

「あぁ。頼むよ。」

 

「ずっと、貴方を見守ってるよ。故郷に帰ったら、あの山桜の下で、また愛の星を歌いましょう。との事です。」

 

 

高井は驚いて、しばらく声が出なかった。

 

長田峰子が笑顔で再び言った。

 

 

「道子さんが、生まれてきて本当に良かった。慎之介さんに会えたから。ですって。」

 

 

そう言い終わると、彼女はポケットから出したハンカチを、高井に渡した。

 

 

 

高井の目から、とめどなく涙が溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石本馨の部下、笹本学は27歳。

 

彼は身長180㎝体重85㎏のポッチャリ体型で、温かい人柄がそのまま、ふっくらとした笑顔に現れていた。

 

 

ある日、大学職員の女子寮に下着泥棒が出たという通報があり、彼は後輩の岩田健吾とバイクで現場に向かった。

 

 

その時に、その女子寮に住む園田綾子や北村博美、そして青木裕子と出会い、彼は可愛い笑顔の綾子に恋をした。

 

 

志事に関しては、責任感がとても強く、積極的に行動する笹本だが、恋にはトコトン奥手で消極的だった。

 

 

そんな彼の気持ちを汲んだ石本たちは、モジモジする笹本を励まし、二人の距離が近付くように応援した。

 

 

そうして、何度か食事会をする内に、笹本は綾子と親しくなっていった。

 

綾子も、笹本の温かい人柄を知って、どんどん好意を持っていった。

 

 

2月の寒い日、久しぶりに行われた食事会に、19歳の看護学生、長田峰子が現れた。

 

 

青木裕子の傲慢で我儘な言動に、心底辟易していた男性陣は、峰子の参加により、笑いの絶えない食事会を純粋に愉しんだ。

 

 

それまでは、石本の要望で、青木と同席にならないように、皆でフォーメーションを組んでいたのだったが、峰子のパワーは青木を凌駕していて、その場を浄化していくようだった。

 

 

そんな峰子は、男性陣にあだ名を付けて呼んだ。

 

 

石本には昔からの呼び方で『カオルちゃん』

 

柔道家の岩田には『餃子耳兄さん』

 

細長い体型の近藤には、着ていたカーディガンの10個のボタンから『リコーダー、または縦笛』

 

だが、何故か笹本には、そのまま『笹本さん』だった。

 

 

それを残念に思った笹本は、峰子に言った。

 

 

「僕にも何か、皆の様にエッジの効いたあだ名を付けてくれよ。」

 

 

そう言われて、峰子は少し遠慮がちに言った。

 

 

「怒らへん?」

 

「怒らへんよ(笑)」

 

「じゃあ言うね……。おにぎりマナティー……。」

 

 

それを聞いた皆の視線が、笹本に注がれた。

 

 

笹本は、オールバックの黒髪をポマードでペッタリまとめた髪型をして、色白な丸顔でキョトンとしていた。

 

 

 

次の瞬間、皆、涙が出るほど大爆笑した。

 

 

しばらく笑いは収まらなかった。

 

 

その様子を見た笹本は、自分のあだ名の切れ味に、とても満足したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

峰子のコラム

 

第二回

 

 

良く行く『立ち食いうどん屋さん』がある。

 

 

看護学校から自宅へ帰る途中の乗換駅で、ホームを移動していると、お出汁の良い香りがふんわり漂って来る。

 

私は、一緒に帰っていた友達2人と、無言で顔を見合わせた。

 

 

私たちの心は一つだった。

 

 

そして、一直線にお店に入って食券を買い、キツネうどんとお稲荷さんを美味しくいただく。

 

 

我慢は体に悪い。

 

欲望には正直に行動する。

 

 

世の中の常識とは正反対かもしれないが、そんな私のモットーが、私の人生を変えた。

 

 

 

 

 

ある時、美味しい匂いに誘われるまま、正直に行動した事で、私は命拾いをした。

 

 

 

 

その日は用事があったので、その駅でおうどんを食べる予定はなかった。

 

 

しかし、ホームに並んで電車を待つ私の鼻に、お出汁が香ってきた。

 

それと同時に、電車がやって来るとアナウンスが知らせた。

 

 

条件反射でお腹がぐう~~っと鳴る。

 

 

あっさり予定変更。

 

 

私は迷う事無くホームを離れ、階段を降りて、いつものお店に入った。

 

 

 

この時、ホームの最前列に居た私を見つけたのが、私に付きまとっていた容疑者の父親だった。

 

その時彼は、私に対して強い怒りを持ったようだ。

 

 

だから、電車が入って来るタイミングで、私を線路に突き落とそうとした。

 

 

まさに彼が、私の背中をドンッと押そうとした瞬間、私はスルリと列から離れ、立ち食いうどん屋さんへと向かった。

 

 

結果、彼は私が居なくなった空間を、強く押してしまった。

 

当然、彼のバランスは崩れ、ヨロヨロとなって線路に落ちた。

 

 

彼はホームの下にある隙間に潜り込み、やって来る電車を避けて助かったが、一連の出来事を目撃していた毎朝新聞の記者さんの証言により、殺人未遂で逮捕された。

 

 

 

その記者さんが私に経緯を教えてくれるまで、私には狙われた自覚がまったく無かった。

 

ただ、キツネうどんとお稲荷さんを、美味しく頂いて満足していただけだった。

 

 

直感は、もしかしたら、自分にとって大切なメッセージなのかもしれない。

 

 

記者さんとの、この偶然の出会いから、私は今、このコラムを書く機会まで頂いている。

 

 

これからも、ふとした想いを大切にして、正直に動いてみようと、私は思ったのだった。

 

 

いつも感謝を忘れずに。

 

 

 

 

 

 

警察の交通機動隊で課長を勤める石本馨(イシモトカオル)は、先輩や後輩たちから、とても厚い信頼を寄せられ好かれていた。

 

身長189cm体重76㎏のスラリとした体型に、バランス良く付いた筋肉が、頼り甲斐のある雰囲気を醸し出していて、その上、俳優のように端正な顔立ちをした石本は、男性だけではなく、女性たちからの人気も高かった。

 

長年剣道で鍛え上げた精神力と、真面目な志事振りで、彼はどんどん出世していった。

 

そして、ちょっと気が弱いけれど人情味溢れる性格で、高校生の頃には子供会のリーダーをする程、面倒見が良かったので、補導した不良たちからも慕われ、たまに将来について相談を受けたりもしていた。

 

そんな彼は去年、三年続いた結婚生活を終えて、離婚した。

 

ある日、志事を終えた石本が帰宅すると、マンションの部屋から、妻と荷物が忽然と消えていたのだ。

 

 

 

 

石本の妻は派手な性格で、好奇心旺盛な美容番長風の美人主婦であった。

 

堅実な生活を好む真面目な石本と、豊かで派手な生活を求める妻は、価値観が決定的に合わなかった。

 

妻は石本との穏やかな生活を、代わり映えしない退屈な毎日だと感じていた。

 

 

かと言って、どちらかと言えば裕福な部類に入る、悠々自適な主婦生活を手放してまで、今さら働く気もなかったのだ。

 

彼女は石本の誠実さを、刺激が無くて退屈だと感じて、どんどん夫への不満を溜めていった。

 

 

そんな時、不倫相手から冗談ぽく結婚を仄めかされ、ときめいた彼女はその気になり、遂に石本との結婚生活を清算する事にしたのだった。

 

 

非はすべて彼女の方にあった。

 

 

元婦人警官の妻が、夫や周りの人に隠れて不倫をしていた相手は、妻の上司だった既婚男性で、結婚前からの不倫関係はもう6年目を迎えていた。

 

この男性の実家は、とても裕福で、未だに祖母からお小遣いをもらっていたので、彼の財布はいつもパンパンに膨らんでいた。

 

男性の容姿は、少年アイドルのような可愛い系で、妻の好みにバッチリ合っていた。

 

隠れた不倫関係とは言え、二人はいつも派手にお金を使って堂々と遊んでいた。

 

人妻になった彼女とのデートで、男性はダブルの秘密による蜜の味を覚えた。

 

そして、いつも何かしらサプライズの演出やハプニングを用意して、彼女を喜ばせて、飽きさせないようにした。

 

彼女が、男性から離れないようにしたかったのだ。

 

 

しかし、男性の結婚生活は、彼女が石本と結婚した後、すぐに崩壊した。

 

複数女性との不適切な関係を疑った彼の配偶者とその父親が、探偵を雇って事実を調べたので、複数の不倫は簡単にバレてしまった。

 

男性は泥沼離婚をして、多くの人の信頼を失った。

 

 

男性の配偶者の父親は警察署長だった。

 

元々、何の職にも就いていなかった男性は、その伝で警察に勤めた。

 

 

離婚後、警察を辞めた男性は、結婚前と同じく毎日ブラブラして過ごした。

 

 

それでも、男性に甘い祖母のお陰で、彼は何ら生活に困らなかった。


働く事が性に合わなかった彼は、もっと気楽に遊んで暮らす為に、わざと特定の彼女を作らなかった。


そして、複数の遊び相手に結婚を仄めかせ、期待させて自分を優遇させたのである。

 

思慮の浅い石本の妻は、男性の言葉にマンマと騙され、その自由で余裕のある生活ぶりを見て、益々石本に対する気持ちが薄くなった。

 

自由でお気楽な男性といると、石本への不満が大きくなって行くのだ。

 

 

男性と会う頻度が上がるに連れ、妻は、石本への愛情をすっかり失くしていた。

 

 

そして、自分の箇所に名前を記入した離婚届をダイニングテーブルに置き、荷物をまとめて出ていったのである。

 

 

帰宅して荷物の失くなった部屋を見た石本は、しばらく放心状態で佇んだ。

 

石本は呆然として、途方に暮れた。

 

 

数日、石本は志事を休んだ。

 

そして、それを心配した同僚や家族に促され、石本はマンションを引き払い、離婚届を出して実家に帰った。

 

その頃から、石本の感情は、彼の強い防衛本能によって平常心に固定され、やがては記憶の中の元妻がぼやけて、顔すら思い出せなくなった。

 

石本には自分が傷付いた自覚はなく、感覚の八割以上が閉じて麻痺した結果、心から笑えなくなってしまった。

 

そんな石本が、部下に誘われ出席した食事会で、偶然、昔馴染みの峰子と再会した。

 

食事会は石本にとって、久しぶりの愉しい時間になった。

 

 

翌日、早速峰子をデートに誘った石本だったが、次から次にタイミング悪く誰かが来たり、何かが起きて、結局デートには至らなかった。

 

それは、まるでコントのような展開で、石本は峰子とのデートを色んな人に次々に邪魔されて、最後には、猫のター子にまで邪魔されたのだった。

 

石本は、段々、この現実が面白くなり、猫のター子を見ながら大笑いした。

 

 

その徹底した邪魔され具合から、石本は、何となく峰子と自分が、男女として恋愛関係になる事はないのだと感じた。

 

 

しかし、それに気付いても、石本は全然、悲しくも寂しくも無かった。

 

逆に、暖かい空気に包まれながら、自然に笑っている幸せな自分を発見した。

 

 

彼は、約一年ぶりに、しっかりと自分を取り戻したのであった。

 

 

初めは、峰子に懐かしさと親しみを感じていた石本だったが、峰子に紹介された美和に一目惚れした事で、峰子への想いは、可愛い妹分への感情なのだと気付いた。

 

 

峰子にまつわる一連の事件に於いて、仲間たちと特殊任務に就き、無事峰子を守って、容疑者を逮捕して昇進した石本は、勇気を出して美和に告白をして、心身共に美しく愉しい彼女と付き合う事になった。

 

人間的にも素晴らしい美和との付き合いで、石本は、とても穏やかな幸せを感じていた。

 

何かをしたいとか、されたいとかはなく、ただ一緒にいるだけで、二人は幸せに満たされた。

 

周りの総てに、ありがとうと感じて、自然に感謝が溢れて来るのだ。

 

 

 

たまに美和の実家に呼ばれて顔を出すと、警察庁長官である美和の父親誠一と、タイハクオウムの太郎が、石本を厳しい目で見てくるが、美和の母親である雅子の暖かいフォローにより、平和で親密な時間になり、シッカリとした信頼関係を築き上げていった。

 

 

誠一は、何だかんだ言いつつ、石本の事を気に入っていたのだ。

 

 

 

石本の家族は、暖かな空気感を持つ素直な美和を、とても気に入った。

 

美和も石本の家族に好感を持ち、石本の実家へ頻繁に遊びに行くようになった。

 

 

そして美和は、石本の先輩や後輩たちからも好感を持たれた。

 

 

これは元妻には無かった事だ。

 

 

いつも不機嫌で傲慢な元妻は、婦人警官時代から空気を読まず、女王様気取りで後輩たちに意地悪く接していたので、周りの人たちから嫌われ、その評判は最悪だった。

 

 

しかし、男性の前では思いやり深く可愛いキャラクターを演じていた。

 

そうやって彼女は自分を偽って、お人好しの石本と結婚した

 

 

だから、美和との付き合いが始まって、石本の周りの人たちは、本当に喜んだのだった。

 

 

 

 

幸せの中に居る石本は、峰子の不思議な力に、うっすら気付いていった。

 

そして美和から、谷川誠一に起きた驚きの出来事や柴田正彦の胆石の消失等、諸々話を聞いて、石本の仮説は確信になった。

 

 

 

世の中には、自分の知らない未知のチカラがある事を、石本は自然に素直に受け入れた。

 

 

何故なら、峰子のチカラは、沢山の人を幸せにするチカラだったからだ。

 

 

それを自分の身をもって経験した石本は、感謝と共に、これからも皆を大切にしようと思った。