その日、峰子はマネージャーの神野と、関西ローカルのテレビ局にいた。
お昼の情報番組で、水曜日のレギュラーコメンテーターとして選ばれたのだった。
その番組は、司会を売れっ子芸人が勤めていて、弁護士や大学の教授や作家等の著名人がご意見番として、ピリッと辛口の発言をする事で人気のある、全国放送の番組だった。
峰子はそこにタレント枠で入ったのだ。
峰子は神野と共に、共演者の楽屋を爽やかに挨拶回りして、礼儀を尽くした。
生放送の二時間番組は、峰子にとって刺激的で楽しい時間となった。
無事に放送が終わると、峰子は水曜日のレギュラーの皆さんから歓迎会に誘われた。
峰子は歓んで神野と参加する事にした。
共演者の人たちは、皆素敵な人ばかりだ。
峰子は、自分のような若輩者にも、分け隔てなく歓迎会を開いてくださるという、人生の大先輩たちの心遣いに、とても感謝した。
場所はミナミの周防町にある『ピッグテール』というキャッシュオンデリバリーのお店だった。
自分で選んで、カウンターで注文してその場で支払う形なので、飲みたいモノを飲み、食べたいモノが食べられる。
峰子は、そのお店の雰囲気がとても気に入った。
初めてダーツをしたりして、峰子は愉しく大人の気分を味わった。
貸し切りではないので、他のお客さんもいたが、殆どが外国人で日本人は少なかった。
歓迎会がそろそろお開き、という頃、ある一人の白人男性が峰子に話しかけてきた。
神野は別の用事が出来て、先にお店を出ていた。
その男性は、峰子が一人になるのを待っていたようだった。
何度か目が合っていたので、峰子はそう感じた。
流暢な日本語で話しかけてきたその人は、マイケルと名乗った。
そこで峰子は気付いた。
マイケルの口は動いていない。
テレパシートークだった。
峰子もテレパシーで返答した。
「貴女アメリカに来ませんか?」
「旅行という事ですか?」
「いえ、Lhasaであなたの特技を使う。仕事のスカウトです。」
「スカウト?」
「はい、この会話はシールドされていて、他の人には聞こえません。ご安心を。」
峰子は少し笑った。
神野には内緒にしたい内容なのだろう。
マイケルは続けた。
「興味ありますか?」
「余り無いです。ごめんなさい。」
「でもね、報酬は一時間で一千万円です。今の報酬とは比べ物にならないでしょ?」
マイケルは肩をすくめて掌を天井に向けてお道化て見せた。
「でもそれ、結構な条件があるんでしょ?」
「まぁね。家族や友達や会社、地球の平和の為に今までの人間関係を全部切ります。そしてLhasaの施設で生活する。生活のすべては保障されます。好きな物を飲んで食べて、好きな物を着ます。でも他からの仕事は受けてはいけない。外出する時には安全の為SPが付きます。」
「それじゃあ、お金が沢山あっても、愉しく遊べないですよね。それは嫌です。」
「一時間二千万円でもダメですか?」
「使えないなら、持って無いのと同じですよ。」
「残念です。でも気が変わったら、マイケル!と呼んでください。結社にはご内密に。」
「結社の人には言いませんよ。」
「thank you!」
マイケルは手を振ってお店から出て行った。
峰子は共演者の皆さんに感謝を告げて、帰路に就いた。
地下鉄に乗ると、中吊り広告のポスターで里美が笑っていた。
一柳から、里美が来月歌手デビューすると聞いていた。
里美は里美で、忙しく頑張っているのだ。
里美の人生の時間は、勢いよく流れ始めている。
里美は志事が忙しくなるので、先月セキュリティーのシッカリした大阪市内のマンションへと引っ越して、気の合う女性マネージャーと住んでいた。
そのマンションからは、天神さんの花火が奇麗に見えるそうだ。
峰子も一緒にどうか?と一柳に言われたが、峰子は断った。
今住んでいる家の意識が気に入っていたし、結界が心地良かったからだ。
それに、龍君の好物のコロッケは、ここじゃないと手に入らないのだ。
帰宅すると、峰子は家に挨拶して、留守を守ってくれていた事に感謝した。
家も峰子に、おかえりなさいと帰宅に感謝を返してきた。
冷蔵庫から冷えた麦茶と茹でたトウモロコシを出し、夜食を少し食べて、ゆっくり湯船に浸かって入浴した。
峰子は、こうして丁寧に生活をするのが好きだ。
風呂上がりに、柔らか目の歯ブラシを使って、時間をかけてプラークコントロールをする磨き方で歯を磨くと、一日の終わりがスッキリする。
ずっと張り付いていたLhasaの監視も、この家の中に入った途端に気配が消えてしまった。
この家は、デキル子なのである。
しばらくの間、スカウトを受けた峰子は監視対象になるだろう。
Lhasaと対立する集団にも、気を付けるようにしようと、峰子はベッドに入って考えた。
そして、明日を楽しみにしつつ眠りに就いた。