美味しいサラダバーを頂いて心身共に充実した峰子は、神野に自宅近くまで送ってもらった。
車から降りた峰子は、笑顔で神野にお礼を告げた。
「神野さん、ありがとうございました。ご馳走様でした。」
「お疲れさまでした。また明日迎えに来るから、よろしくお願いします。あったかくしてね、おやすみ。」
「はい、おやすみなさい。あ、でも明日はお休みを頂く事になると思います。」
峰子は神野に、詳細を伝えた。
神野は真顔になって頷いた。
「わかった。対応しておくからね。」
「すみません、どうぞよろしくお願いいたします。」
神野の車を見送ると、峰子は細い路地を入ってすぐの自宅に着いた。
家は喜んで、留守番の労に感謝しつつ帰宅の挨拶をする峰子を優しく迎えた。
まだ暖房器具を点けていないのに、部屋の中は太陽光が当たっているように心地よく温かい。
峰子は、家が気を利かせてくれた事に気付き、感謝を伝えた。
そしてお風呂掃除をして、湯を張る準備をした後、部屋着に着替えて化粧を落とし、歯磨きを終えた。
ヤル事をやり終えると、峰子は出しっ放しの炬燵に潜り込んだ。
引っ越した当初は、夏になる前に炬燵布団を片付けて、夏仕様にしようと思っていたはずだった。
なのに、いつの間にか、また冬になってしまう。
電源をオフにしたままで炬燵布団は、夏の点けっ放しの冷房から峰子を守ってくれた。
「さすがに、炬燵布団は一回干そう。お天気のいい日に。」
タイマーがピピーピピーと鳴り、お風呂が沸いたと知らせた。
峰子は炬燵を出ると、タイマーを労って止めた。
最近はシャワーで済ませていたので、疲労回復の為にも、今日はお湯を張ってゆっくりお風呂に入るのだ。
好きな精油を入れて自作したソープで全身を洗う。
髪の毛も身体も、これ一つでOKだ。
隅々まで奇麗になったら、お湯がゆるゆるたゆとう湯船に浸かる。
古い浴槽は、肩までしっかり浸かれる深さがあって、峰子はとても気に入っていた。
いつもと違って今日は少し熱めにした。
冷えていた手先と足先が少しチリチリした後、ほわあ~っと解けてお湯と同化していく感覚になった。
峰子は軽く目を閉じて、昼前から届いて来ているビジョンを確認した。
さっき神野に伝えたのは、このビジョンの内容だった。
きっと明日、母方の祖父から連絡が来て、悪い知らせがあるのだ。
起きる事は必然だから、淡々と受け止めよう、と、峰子は思った。
そして翌早朝に、母方の祖父からの電話が鳴り、母の訃報がもたらされた。
享年49歳。
早過ぎるその死の責任を、親戚たちはこれから峰子に押し付けるのだ。
そうする事で、村八分にした自分たちの罪悪感を和らげようとするのである。
実際、駆け付けた母の葬儀で、峰子は親戚全員から冷たい視線を浴びた。
骨上げが終わると、母の弟が、場にそぐわない話をわざわざ峰子にしてきた。
「あんたのお母さんに借りてたもんは全部返した。ほんで、これからは峰子とは付き合いを遠慮させてもらう。」
峰子は右の眉を少し上げて、皆に聞こえる大きな声で言った。
「死人に口無し?卑怯やね、おっちゃん。私のお金250万も借りといて、5千円を10回現金書留で送って来ただけやん?返してもらったの5万円だけやで?245万円まだ返って来てないねんけど?」
母の弟は顔を真っ赤にして、その場から去っていった。
周囲にいた親戚たちは、視線を合わせないようにしながら、コソコソと話していた。
目の焦点が合っていない父は、何も言わなかった、というか、言えなかった。
この時、彼の身体には脳梗塞と同時に、心筋梗塞の兆候が現れ始めていたのだ。
そしてその夜、妻の後を追うように、父はこの世を卒業して逝ったのだった。
その流れを見ていた里美は、親戚たちにとても怒っていた。
そして、里美は人間に疲れ切ってしまった。
「あんな人ら、こっちからお付き合いお断りやっ!」
里美はそう言うと泣いた。
そこから峰子と里美は忙しく動き、沢山の事を行って、母に続いて父の葬式を終えた。
峰子と里美にとって、非常に過酷な数日間が終わり、二人は疲れ切って大阪に帰った。
だが、峰子と里美の中で、その記憶に絡みついていた感情が薄れ、記憶自体もハッキリしないボヤけたものになっていた。
それは、一柳がサイキック能力を使い、関係者全員の記憶をぼやかしていたからだった。
親戚たちは、葬式や事実については覚えていたが、そこで起きた事等は覚えていなかった。
そして、何を忘れたのか思い出せなくなっていた。
同時に弁護士の柴田祐二も、憶測で峰子や里美について誹謗中傷を言えば、法に訴えて徹底的に追求する、と釘を刺した。
面倒事に関わりたくない親戚たちは、皆黙った。
こうして、ここから、峰子と里美の新たな人生が始まった。
