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龍慈ryuukeiのブログ

愛一元の世界ここに在り。
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美味しいサラダバーを頂いて心身共に充実した峰子は、神野に自宅近くまで送ってもらった。

 

車から降りた峰子は、笑顔で神野にお礼を告げた。

 

 

「神野さん、ありがとうございました。ご馳走様でした。」

 

「お疲れさまでした。また明日迎えに来るから、よろしくお願いします。あったかくしてね、おやすみ。」

 

「はい、おやすみなさい。あ、でも明日はお休みを頂く事になると思います。」

 

 

峰子は神野に、詳細を伝えた。

 

 

神野は真顔になって頷いた。

 

 

「わかった。対応しておくからね。」

 

「すみません、どうぞよろしくお願いいたします。」

 

 

神野の車を見送ると、峰子は細い路地を入ってすぐの自宅に着いた。

 

 

家は喜んで、留守番の労に感謝しつつ帰宅の挨拶をする峰子を優しく迎えた。

 

まだ暖房器具を点けていないのに、部屋の中は太陽光が当たっているように心地よく温かい。

 

 

峰子は、家が気を利かせてくれた事に気付き、感謝を伝えた。

 

 

そしてお風呂掃除をして、湯を張る準備をした後、部屋着に着替えて化粧を落とし、歯磨きを終えた。

 

 

ヤル事をやり終えると、峰子は出しっ放しの炬燵に潜り込んだ。

 

 

引っ越した当初は、夏になる前に炬燵布団を片付けて、夏仕様にしようと思っていたはずだった。

 

なのに、いつの間にか、また冬になってしまう。

 

 

電源をオフにしたままで炬燵布団は、夏の点けっ放しの冷房から峰子を守ってくれた。

 

 

「さすがに、炬燵布団は一回干そう。お天気のいい日に。」

 

 

タイマーがピピーピピーと鳴り、お風呂が沸いたと知らせた。

 

峰子は炬燵を出ると、タイマーを労って止めた。

 

 

最近はシャワーで済ませていたので、疲労回復の為にも、今日はお湯を張ってゆっくりお風呂に入るのだ。

 

 

好きな精油を入れて自作したソープで全身を洗う。

 

髪の毛も身体も、これ一つでOKだ。

 

 

隅々まで奇麗になったら、お湯がゆるゆるたゆとう湯船に浸かる。

 

 

古い浴槽は、肩までしっかり浸かれる深さがあって、峰子はとても気に入っていた。

 

 

いつもと違って今日は少し熱めにした。

 

冷えていた手先と足先が少しチリチリした後、ほわあ~っと解けてお湯と同化していく感覚になった。

 

 

峰子は軽く目を閉じて、昼前から届いて来ているビジョンを確認した。

 

 

さっき神野に伝えたのは、このビジョンの内容だった。

 

 

 

 

 

きっと明日、母方の祖父から連絡が来て、悪い知らせがあるのだ。

 

 

起きる事は必然だから、淡々と受け止めよう、と、峰子は思った。

 

 

 

 

 

 

そして翌早朝に、母方の祖父からの電話が鳴り、母の訃報がもたらされた。

 

 

享年49歳。

 

 

早過ぎるその死の責任を、親戚たちはこれから峰子に押し付けるのだ。

 

そうする事で、村八分にした自分たちの罪悪感を和らげようとするのである。

 

 

 

 

実際、駆け付けた母の葬儀で、峰子は親戚全員から冷たい視線を浴びた。

 

 

 

 

骨上げが終わると、母の弟が、場にそぐわない話をわざわざ峰子にしてきた。

 

 

「あんたのお母さんに借りてたもんは全部返した。ほんで、これからは峰子とは付き合いを遠慮させてもらう。」

 

 

峰子は右の眉を少し上げて、皆に聞こえる大きな声で言った。

 

 

「死人に口無し?卑怯やね、おっちゃん。私のお金250万も借りといて、5千円を10回現金書留で送って来ただけやん?返してもらったの5万円だけやで?245万円まだ返って来てないねんけど?」

 

 

母の弟は顔を真っ赤にして、その場から去っていった。

 

周囲にいた親戚たちは、視線を合わせないようにしながら、コソコソと話していた。

 

目の焦点が合っていない父は、何も言わなかった、というか、言えなかった。

 

この時、彼の身体には脳梗塞と同時に、心筋梗塞の兆候が現れ始めていたのだ。

 

 

そしてその夜、妻の後を追うように、父はこの世を卒業して逝ったのだった。

 

 

 

その流れを見ていた里美は、親戚たちにとても怒っていた。

 

そして、里美は人間に疲れ切ってしまった。

 

 

「あんな人ら、こっちからお付き合いお断りやっ!」

 

 

里美はそう言うと泣いた。

 

 

 

そこから峰子と里美は忙しく動き、沢山の事を行って、母に続いて父の葬式を終えた。

 

峰子と里美にとって、非常に過酷な数日間が終わり、二人は疲れ切って大阪に帰った。

 

 

だが、峰子と里美の中で、その記憶に絡みついていた感情が薄れ、記憶自体もハッキリしないボヤけたものになっていた。

 

 

それは、一柳がサイキック能力を使い、関係者全員の記憶をぼやかしていたからだった。

 

 

親戚たちは、葬式や事実については覚えていたが、そこで起きた事等は覚えていなかった。

 

そして、何を忘れたのか思い出せなくなっていた。

 

 

同時に弁護士の柴田祐二も、憶測で峰子や里美について誹謗中傷を言えば、法に訴えて徹底的に追求する、と釘を刺した。

 

 

面倒事に関わりたくない親戚たちは、皆黙った。

 

 

 

 

こうして、ここから、峰子と里美の新たな人生が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一気に肌寒くなって、樹々が紅葉する前に、空気は冬の気配を連れてきた。

 

峰子はダウンジャケットを羽織り、大阪城公園でファッション雑誌の撮影をしていた。

 

冬物のコート特集の撮影だった。

 

まだ10月なのに、厚手のコートを着ていても丁度良かった。

 

 

撮影が終わり、峰子はコートを一点買い取った。

 

古着のような柄で、大きめのザックリした着心地が気に入ったのである。

 

 

 

 

着替えを終えた峰子は、ご機嫌で神野の車に乗り込んだ。

 

 

神野は笑顔で、温かい缶の紅茶を後部座席の峰子に渡した。

 

 

「お疲れさん。寒かったね。」

 

「お疲れさまでした。わあ嬉しい!ありがとうございます🎶」

 

「何かあったでしょ?」

 

「え?あは、わかっちゃいます?」

 

「マネージャーだからね(笑)」

 

「さすがですねっ(笑)」

 

「そういうのはさ、貯めないように小出しにしておいてよ。」

 

「素敵なコートが手に入って、気分一新ですよ。」

 

「なら良いけど。君の大きなエネルギーで爆発されたら、僕は逃げるからね(笑)」

 

「あら、私、そういうの他人にはぶつけませんよ。環境に配慮して愛にリサイクルするので。」

 

 

峰子は、わざとらしく神野を睨んだ。

 

 

峰子の作った「怒った顔」は人間らしくて、ちょっと可愛らしい。

 

神野は笑って言った。

 

 

「それは失礼いたしました。お詫びに美味しいサラダバーをご馳走しますよ(笑)」

 

「やった!ありがとうございます🎶」

 

 

 

峰子は神野の、こういう気遣いの仕方に感謝した。

 

 

峰子は、自分から誰かに悪意を向けたり、意地悪をしたり、利用しようとする事はない。

 

しかし、勝手に悪意を向けて来られる事は偶にあって、その都度、丁寧に、向かってきた悪意を相手にお返しするのだった。

 

 

昨日もそういう面倒な出来事があった。

 

 

他人軸で自分本位で生きる人にとって、峰子は攻撃対象になりやすいようだ。

 

 

峰子は言った。

 

 

「私、とっても短気で欠点も多くて出来た人間じゃないけど、一生懸命だし可愛らしい所も一杯あるんです。でも、私の事が嫌いな人、増えてくんです。だから、サラダバーいっぱい食べますっ!」

 

「うんうん、サラダバーは正義だ!たらふく食べな🎶」

 

 

峰子は味方のいる心強さを感じて、柄にもなく涙ぐんだ。

 

 

神野は知らないふりをして、カーステレオのスイッチを入れた。

 

 

車の中に、最近峰子のお気に入りになった「インストゥルメンタル」の曲が流れる。

 

峰子が曲に合わせてハミングする。

 

 

「赤い鳥逃げた、いいですね。」

 

 

少し寂しいサンバの曲調に、峰子は程よく癒されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝夕は少し肌寒く感じるようになり、季節は秋を通り越して冬へと向かっていた。

 

 

 

峰子の日常は、表のタレント活動、結社の志事、裏宇宙会議という、三つの志事によってドンドン忙しくなっていたが、疲労の回復が早くなったので、体調はとても良かった。

 

裏宇宙会議への出席で、定期的に波動の高い宇宙人さん達との交流が増えたお陰で、峰子の能力は増々上がっていた。

 

 

こうして峰子は、毎日を楽しく過ごしていた。

 

 

楽しいと日々はあっという間に過ぎていく。

 

 

生まれてから辛く苦しい日々を過ごしてきた峰子にとって、今の充実した日々は、まるで奇跡のように有難いモノだった。

 

 

 

そして、峰子の周りでも嬉しい事が起きていた。

 

 

美和と石本の結婚式と披露宴が、先週の日曜日に行われたのだ。
 

 

美和の父親である谷川誠一は、美和の手紙で盛大に号泣して、会場中をもらい泣きの渦に巻き込んだ。

 

母親である雅子は、うっすら涙を滲ませながら優しく微笑んで、美和と石本を祝福していたのが印象的だった。

 

 

石本の家族や親戚は満面の笑顔で、美和たちを大歓迎していた。

 

 

両家家族の相性も良さそうで、父親同士の意気投合ぶりも、微笑ましかった。

 

 

 

温かい空気が参列者全員を包んで、幸せを感じる本当に素敵な結婚披露宴であった。

 

 

 

この経験から、結婚式と披露宴に対して、峰子の感覚が大きく変わった。

 

 

「お式というのは良いものだな。」

 

 

両親と絶縁した自分は結婚式や結婚披露宴をしないだろうが、祝う側として参列できる事を、峰子はとても光栄に思うのだった。

 

 

笑顔が笑顔を呼んで、皆に幸せがお裾分けされていく。

 

 

そして、美味しいお料理でお腹も満たされていく。

 

 

 

幸せは次々に連鎖する。

 

 

綾子と笹本、そして博美と岩田の結婚も、来年の春に決まった。

 

 

近藤は洋子と別れてしまったが、モテ期が来ていて、すぐに新しい彼女ができたと、律儀に連絡がきた。

 

 

峰子の周りにいる人達それぞれが、できる事をしながら一生懸命生きていた。

 

 

小さな頃の峰子は、人間が苦手だった。

 

 

「人間って、ズルいから嫌いだ。」

 

 

そう思っていた時もあった。

 

 

しかし、ズルくなる時もあるけれど、基本的には愛しい生き物だなと、峰子は最近思うようになった。

 

 

 

 

そんな峰子の隣で、ご機嫌さんの龍君が歌う。

 

 

「い~い~な~い~い~な~に~んげんってい~い~な~🎶」

 

 

峰子が言った。

 

 

「コロッケ、沢山あるよ。食べよう。」

 

「食べよ食べよ🎶」

 

 

この美味しいコロッケを作ったのも人間なのだ。

 

 

峰子は大人になった自分を誇らしく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両親の件で柴田弁護士法律事務所へ訪れた峰子は、柴田祐二が用意した数枚の書類に目を通してサインをした。

 

 

今回の件で懲りた峰子の両親は、柴田が持参した新たな示談書に、これ以上の金銭要求をしないと署名捺印したのだ。

 

 

峰子が祐二に頭を下げてから言った。

 

 

「先生、松山までご足労くださり、ありがとうございました。お手数をおかけしました。」

 

 

柴田祐二が笑顔で言った。

 

 

「いえいえ、松山って良い所ですね。これでご両親も、さすがに懲りたと思いますよ。」

 

「はい、叔母から電話で聞きましたが、あの人たち孤立して、大人しくなったみたいです。」

 

「峰子さん、貴女は本当に強いですね。」

 

 

複雑そうな表情で言った祐二に、峰子は微笑んで言った。

 

 

「私があの人たちを親に選んで生れて来たので、今こうなってる事も含めて、私にとって貴重な経験が出来ました。最善の選択だったんだと思ってます。小さい頃は大変でしたけどね。」

 

「そうか。なるほど。そういう考え方もあるんですね。」

 

「はい。先生のお子さんたちも、先生と由美子さんを両親として選んでるんですよ。」

 

「それは光栄だな。」

 

 

祐二が柔らかく笑った。

 

 

峰子は由美子の体調を祐二に尋ねた。

 

 

祐二によると、由美子は悪阻が酷かったので早めの産休に入ったらしい。

 

 

祐二と由美子は先月入籍を済ませて、両家家族の食事会を開いて顔合わせをした。

 

由美子の体調を考慮しての事だった。

 

 

結婚式と披露宴は出産後、育児が落ち着いてから行う、という事になった。

 

 

祐二と由美子は、これから初産で双子の出産をするという事で、産前産後の大切な時間を、万全な体調で快適に過ごす事を最優先にしたのだ。

 

 

両家の両親も、祐二と由美子の意見に大賛成して、新居の手配や必要な物等を揃えたりする二人をサポートしてくれたのだった。

 

 

 

峰子が祐二から由美子との話を聞いていると、谷川美和が暖かいお茶を持って来た。

 

 

峰子が美和に笑顔で言った。

 

 

「先輩、ありがとうございます。」

 

「大変やったね峰子。大丈夫?」

 

「はい、大丈ブイ!です(笑)」

 

 

峰子は美和に向かって、右手でピースサインをした。

 

 

祐二と美和が朗らかに笑った。

 

 

場が和むと、美和が言った。

 

 

「峰子に報告があるのよ。」

 

「え?もしかして♡」

 

「うふふ。結婚決まってん。秋に式するわ。峰子来てくれる?」

 

「もちろんですよ!うわぁ~!おめでとうございます!」

 

「ありがとうございます。」

 

 

幸せそうに笑う美和を見て、峰子も幸せな空気に包まれた。

 

 

大好きな先輩の幸せな笑顔を見て、峰子のハートから愛のエネルギーが滾々と溢れて、事務所中を満たした。

 

 

祐二が峰子の愛に触れ、根源的な幸せを感じて号泣していた。

 

 

峰子が言った。

 

 

「皆がずっと幸せでありますように。」

 

 

 

 

 

 

 

長田茂雄と妻の登紀子は、つい先日まで、長女の峰子に金銭援助を頼む事が、自分たちの当然の権利だと思っていた。

 

峰子が連れて来た弁護士に言われて、峰子のお金で田舎に引っ越し、弁護士の紹介で就職して、新しい生活を始めたが、日に日に不満は膨らんで、大きくなっていった。

 

 

峰子は自分たちが生んで育てたお陰で成功したのに、親を親とも思わないのか!と怒りが湧くのだった。

 

茂雄と登紀子は、怒りに任せて峰子に何回も電話した。

 

しかし、峰子は忙しいのか、いつも留守番電話に繋がるだけなのだった。

 

 

しかたなく、登紀子が留守番電話に、毎日伝言を残した。

 

 

「毎月30万円振り込んでや。ぎょうさん稼いどるんやろ。」

 

 

それを聞いた峰子は、サクッと柴田祐二に対応を依頼した。

 

 

そして、柴田弁護士から連絡が来て、重大な約束違反なのでペナルティとして、両親が峰子に対して日常的にしていた事を、毎朝新聞のコラムで公開する、と告げられたのだった。

 

 

自分たちの所業について罪悪感はないが、世間に公開されるのはまずいという自覚がある二人は、焦ったが手遅れだった。

 

 

新聞のコラムを読んだ親戚たちに、茂雄と登紀子は責められて、孤立した。

 

 

柴田祐二は茂雄と登紀子に、峰子の最後通牒を伝えた。

 

 

「今度接触してきたら、私から盗ったお金の事を詳しく公開します。そして刑事告訴します。」

 

 

茂雄と登紀子は、柴田祐二に言った。

 

 

「もうこっちから縁を切ったる!恩知らず!」

 

「暴言を吐かれるなら告訴しますよ?」

 

 

沈黙の後に、乱暴に電話が切れた。

 

 

 

柴田祐二は、もうすぐ双子の女の子の父親になる。

 

彼は少し複雑な気持ちになったが、気持ちの新陳代謝を活発にして、気分を転換した。

 

 

そして、人を愛せる自分である事に、そういう風に育ててくれた親に、心底感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

セミの声がミンミンゼミからツクツクボウシに代わった。

 

 

見上げた空は高く、アキアカネが飛んでいる。

 

 

そろそろ秋が近づいて来たようだが、まだまだ日差しは強く暑かった。

 

 

とある火曜日の午前10時。

 

 

 

一通りの家事を終え家を出た峰子は、足取り重く商店街を歩いていた。

 

 

峰子が敢えてゆっくり向かう先は、商店街の入口にある行きつけの歯医者だ。

 

峰子は月に一度、必ず口腔内のお掃除に通っているのだが、歯石取りに慣れる事はなかった。

 

 

とは言え、40分程の丁寧な処置が終われば、お口の中がとてもスッキリする。

 

口腔内の衛生が健康に与える影響は、本当に大きい。

 

 

それだけではなく、歯にも愛を向けて奇麗にケアしている事で、人生までが変わるのだ。

 

 

判っていても、やはり歯医者さんは苦手な峰子だった。

 

 

しかし峰子は、趣味と言えるほど歯磨きが好きだった。

 

 

 

夜寝る前に、何本もの歯ブラシを使い分けながら、丁寧に時間をかけて水だけで磨き上げると、峰子のその日のストレスも奇麗に解消されていく。

 

 

主に水磨きで十分奇麗になるのだが、最後の全体磨きで、ほんの少しだけ歯磨き粉を使う。

 

 

 

磨き終わると、峰子はいつも秘密の呪文を呟く。

 

ここまでが峰子の決まり事なのだ。

 

 

その秘密の呪文の言葉とは。

 

 

『プラークコントロール完了』

 

 

この呪文の効果は、やってみると判る。

 

 

ただ丁寧に磨いただけの時と、最後に呪文を呟いた時とでは、明らかな違いが出るのだ。

 

 

これだけではなく、生活の中で使う言霊を、峰子は大切にしていた。

 

 

 

歯医者から帰る峰子の足取りは、夏休みの宿題が終わった時のように、とても軽やかだった。

 

 

峰子は歯医者さんと歯科衛生士さんに感謝しながら思った。

 

 

喩え人に嫌がられても、その人に必要で大切な事が出来る人で在りたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

柴田祐二の婚約者である南由美子が、お茶を運んできてくれた。

 

八女茶の芳醇な香りが、極上のセラピーのように峰子をリラックスさせてくれた。

 

 

そこに柴田祐二が沢山の書類を持って現れると、挨拶も早々に報告と説明を始めた。

 

 

坂本保からの殺人未遂の件。

 

坂本朝治からの殺人未遂の件。

 

坂本朝治からの名誉棄損の件。

 

村井安男からの名誉棄損の件。

 

週刊分瞬に対して、虚偽の記事による名誉棄損の件。

 

古田清元弁護士からの名誉棄損の件。

 

 

これらの案件について、峰子が納得して承諾すれば、遂に示談を迎えるのだ。

 

 

峰子はまず、坂本保の件について、示談を承諾した。

 

きっと彼は極刑は免れないだろう。

 

彼にはもう未来はない。

 

峰子は、前を向いて今を生きている自分を感じた。

 

 

坂本朝治に於いては、実刑判決が出る可能性が濃厚だったので、減刑の為に峰子との示談が不可欠だった。

 

彼が週刊誌の記者を使って余計な事をせず、大人しくしていれば、今頃、執行猶予付きの判決で済んでいたはずだったのに、バカな事をしたものである。

 

現時点で拘留中の坂本朝治は、示談を急ぐ為に破格の慰謝料と書面による謝罪を提示してきた。

 

 

峰子は、謝罪を受ける事と慰謝料で合意し、示談する事を承諾した。

 

 

古田元弁護士とも、謝罪と慰謝料を受け取る事で合意し、峰子は示談を決めた。

 

元弁護士だけあって、非常に事務的にスムーズに話し合いが進んだと、祐二は笑った。

 

 

週刊分瞬との話し合いもスムーズだったが、村井安男との話し合いが中々進まず、柴田祐二は苦労したようだった。

 

 

しかし、何とか村井とも話が付いたと聞き、峰子は示談を承諾した。

 

 

 

峰子に報告を終えて、示談の承諾を得ると、柴田祐二は心から安堵した。

 

その顔には疲労の色が浮かんでいたが、表情からは達成感の大きさが感じられた。

 

 

峰子は感謝を込めて言った。

 

 

「先生、本当にありがとうございました。先生のお陰で安心していられました。」

 

「いえいえ、今回は僕も学ぶ事が沢山あって、有意義な時間でした。それに峰子さんのお陰で、来週からはテレビ番組のレギュラーが決まりました。」

 

「それは先生の魅力と実力ですよ。ね、由美子さん(笑)」

 

 

由美子が赤くなって笑った。

 

 

思い出したように祐二が言った。

 

 

「あ、そうそう。峰子さんのご両親ですが、金銭の要求をした件で、重大な約束事項に対する違反行為により、峰子さんがあなた方からの虐待の事実を新聞のコラムで公表する、とお伝えしておきました。」

 

「ありがとうございます。コラムにバッチリ書いたので、少しは大人しくなってくれれば良いんですが。」

 

「周りの目を気にされる方々なので、コラムが出れば、きっと変化すると思います。」

 

 

峰子は頷いた。

 

 

「そうですね。全部上手く行く気がします。」

 

 

タイミング良く、由美子が笑顔と共に、お茶のお代わりを出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

峰子は、執筆したコラムをデスクの井坂に渡すと、毎朝新聞社を出て柴田弁護士法律事務所へと向かった。

 

 

峰子は歩きながら、高校三年生の頃の記憶を頭の中で辿った。

 

 

それがコラムに書いた『イジメを受けていた時期』だった。

 

 

高校三年生の初日、クラス分けされた自分の教室に行き、出席番号順に着席すると、峰子の後ろの席に座った初対面のクラスメイトが、峰子の座っているイスをゴンゴンゴンゴン蹴ってきた。

 

 

峰子は後ろを振り向いて言った。

 

 

「ちょっとイス蹴って来んの止めてよ。」

 

「蹴ってへんけど?(笑)」

 

 

それが中村依子との出会いだった。

 

依子はそれ以来、峰子に対して、後ろから蹴って来たり、消しゴムを使った後のゴミを背中にかけて来たりした。

 

 

嫌がらせは、すぐにエスカレートしていった。

 

依子たちは、峰子の悪口を書いたメモを授業中に皆に回したり、音楽の授業で使うリコーダーや持ち物を盗んだりもするようになった。

 

 

峰子は、良い事も悪い事も7倍返しが信条だったので、キッチリお返しする事にした。

 

 

峰子はまず、依子の仲良しグループ以外のクラスメイトがイジメの被害に遭わないよう、細心の注意を払いながら、依子たちの知らない所で皆に話をして纏めて行った。

 

大多数のクラスメイトは、依子とその友達の傲慢な態度に不快感を持っていたので、あっという間に結束していった。

 

 

クラスメイトの中には、依子たちが峰子の持ち物を盗んでいる所を目撃した為に、依子に脅されたという人や、嫌がらせを受けた人も複数いて、それが皆の怒りに拍車をかけた。

 

 

こうして、クラスメイト達で判った情報を共有していく内に、打倒依子群団の結束は強くなって行ったのである。

 

 

依子たちのイジメ現場の音声も録音して、証拠となる言質が取れた。

 

 

そうして、いよいよⅩデーがやって来た。

 

 

 

 

その日、依子たちは掃除当番をサボって帰ろうとしていた。

 

 

それをクラス全員で取り囲み、足止めした。

 

 

ある運動部の部長をしている人が、初めに言った。

 

 

「中村依子と東野通子、それと加藤文代、何で帰ろうとしてんの?あんたら掃除当番やろ!」

 

「マリが代わってくれるっていうから、なぁマリ!」

 

 

マリが眉を吊り上げて言った。

 

 

「依子が勝手に押し付けてきたんやろ。いっつもいっつもホンマにいい加減にしてよ!」

 

 

依子の金魚の糞の通子と文代が、マリに詰め寄る様に前に出てきた。

 

 

「何やて?もっかい言うてみ?」

 

 

峰子がマリを庇うように、間に入って言った。

 

 

「東野通子と加藤文代も、中村依子と仲良いだけあって、ホンマに根性とお行儀が悪いな。」

 

 

そこで依子がいきがって言った。

 

 

「みねこ!お前、ウザいんじゃ!」

 


 

 

「あら、中村依子さん、アンタが汚い足で蹴って来るから私のお尻に青痣が出来てさ~、病院で暴行によるケガとして診断書もらってんけど、それで何すると思う?」

 

「私そんなん知らんで~(笑)」

 

「私、依子が峰子を蹴ってるの見たで。」

 

「私も見たわ。」

 

「いっつも蹴ってたよな~!」

 

 

10人位が証言すると、依子は皆を睨んだ。

 

 

峰子が言った。

 

 

「うわっ!こわっ!中村依子が皆を睨んでるわ~!いつもみたいに脅してんのん?」

 

 

依子たちが黙った。

 

そこに、いつも大人しい安藤洋子が、勇気を振り絞って言った。

 

 

「私見たのよ!依子たちが峰子のリコーダー盗んでるとこ!」

 

 

それを聞いた依子が真っ赤になって言った。

 

 

「お前!黙っとけ言うたやろ!」

 

 

峰子が言った。

 

 

「ちょっと皆(笑)いまの聞いた?中村依子ったら、盗みを丸っと認めたよね?」

 

「聞いたで~(笑)」

 

「聞いた聞いた(笑)」

 

 

そこにいた依子一派以外の全員がクスクス笑いながら頷いた。

 

 

そこで峰子が制服のポケットから録音機を出して、依子たちに見せた。

 

 

「全部録音しました。これ、幾つダビングしよかな?学校用と週刊誌用と、依子たちのご近所用と、あ、将来の就職先とか、結婚相手の実家とか、子供の幼稚園や学校用とか、人生終わらせる位、たっくさんダビングしとこ(笑)」

 

 

依子たちは峰子の言葉に、青くなって震え出した。

 

どもりながら通子が言った。

 

 

「あああ頭おかしいんちゃう?」

 

 

「そんだけ私らを怒らせたっちゅう事よ(笑)まずは警察に行って被害届出して、サクッと犯罪歴付けてもらうわ。金銭的な被害大きいからな。リコーダーって結構するねんで。」

 

「暴行罪もやな。」

 

「そうそう。慰謝料も貰わなあかんな。警察に言うてから次に学校やね。一生の付き合いになるね~(笑)よろしくね~(笑)」

 

 

依子たちは泣き出した。

 

それでも、一言も謝らなかった。

 

 

次の日から、依子たちは登校してきたが、この教室にはどうしても入って来れなかった。

 

その代わりに、依子たちグループのリーダーのいる他のクラスに机とイスを運んで、彼女たちは勝手にそちらに行った。

 

 

これは学校で大問題になった。

 

 

しかしそれ以来、依子たちグループの全員がイジメや盗みを行うコトは無くなり、学校に平和が訪れたのであった。

 

 

峰子はこのエゲツナイ経験を、ふんわりソフトな表現にして、コラムに書いたのだった。

 

 

峰子がイジメを解決した方法は、強烈なハムラビ法典チックなやり方だった。

 

 

イジメをする者の中には、とことん根性が悪い人間がいるのだ。

 

そういう人には、正攻法のやり方では効かない。

 

 

話して判る人は、イジメ何てしないのだ。

 

 

 

柴田弁護士法律事務所へ着いた峰子は、今イジメに遭っている人たちに、心から笑える日が来ることを祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

毎朝新聞の報道部でデスクをしている井坂は、峰子の原稿を全部読んで、むむむむむ~~~~っと唸った。

 

 

「峰子ちゃん、これさ~、イジメの解決法。実体験なんだよね?」

 

「はい、そうです。」

 

「いやいやいやぁ~~~~っ!すごいねっ!目から鱗が滑り落ちちゃったよ(笑)」

 

 

峰子は少し恥ずかしくなって、顔を赤らめながら言った。

 

 

「包み隠さず書いたんですが、載せられますか?大丈夫ですか?」

 

「ああ、それは大丈夫だよ。でも、斬新過ぎてビックリしたっていうか(笑)」

 

「どっちが加害者か判らないとか?」

 

「イジメる方も、人を見てからしないとね~(笑)」

 

「自業自得です。」

 

 

20回分のコラム全部にデスクのOKが出て、峰子は達成感を感じた。

 

デスクにお礼を言った。

 

 

「ありがとうございます。では、どうぞよろしくお願いいたします。お疲れ様です。」

 

「こちらこそですよ~。次の原稿が楽しみだ、峰子ちゃん、よろしくね~。お疲れさん!」

 

 

峰子が挨拶をして去ろうとしていると、森川が取材から帰って来た。

 

 

「峰子さん、お疲れ様。コラム?」

 

「はい、森川さん、お疲れ様です。」

 

 

井坂が森川に行った。

 

 

「森川ちゃん、これ、傑作だったよ。読んでみな(笑)」

 

 

森川が井坂から峰子の原稿を受け取り、一気に読んだ。

 

 

「ぶわっはっはっはっ!峰子さん、マジすごいな!」

 

 

爆笑する森川に、峰子が言った。

 

 

「笑って頂けて、安心しました。」

 

「一人のチカラのスゴサを感じたよ。」

 

 

その言葉に、峰子は微笑んだ。

 

 

「自分には力があるって事を、イジメられてる子が自覚してくれたら。ひとりでも心からの笑顔が増えるといいなって思います。」

 

 

井坂と森川が、峰子の言葉を聞いて、深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の中だったのか、どこかの空間だったのか判らないが、とても美しい音色が聴こえた。

 

 

 

その音色は、何故かすごく懐かしく、少しだけ切ない気持ちを、峰子に思い出させた。

 

 

目覚める前の、ほんの一瞬の事だった。

 

峰子は確かにその音楽に触れた。

 

 

しかし、もう一度思い出そうとすると、旋律は消えてしまった。

 

 

「あれはこの世の曲じゃない。」

 

 

けれど、経験するコトには、ひとつの無駄もないのだ。

 

 

多分、何か始まるのだろう、峰子はそう感じた。

 

 

 

起き上がると峰子は、身支度を整え、熱い珈琲を淹れてゆっくり飲んだ。

 

噂好きの小鳥たちが、元気にさえずっているのが聞こえる。

 

 

「あの尖がり屋根の家のおばーちゃん、猫と鳥に毎朝ご飯くれるんだよ。」

 

「ホントに?じゃあ、明日の朝行ってみよっと。」

 

 

小鳥たちの会話を聴きながら、のんびり新聞を読んで、珈琲を飲み終わると、峰子はテーブルの上に原稿用紙とお気に入りの万年筆を出した。

 

 

今日は毎朝新聞のコラムを10回分書いて、明日デスクに渡す約束なのだ。

 

その後は、柴田弁護士法律事務所へ行き、柴田祐二から民事訴訟について報告を受ける事になっていた。

 

 

 

コラムに書きたいエピソードは、山ほど有る。

 

峰子は箇条書きにしたメモを、丁寧に整理して優先順位を決めると、集中して書き始めた。

 

 

今回のテーマは、自分が幼い頃経験した、親からの虐待と、学生時代のイジメ問題だ。

 

重いテーマなので、暗くなり過ぎないように、そして、只の恨み言で終わらないように、過去を優しく包んで淡々と描く。

 

 

峰子が一番大事にしているのは、この内容が、暮らしの中で役立つノウハウになって、苦しんでいる人の役に立つモノになるコトだった。

 

 

虐待については、その内容やその時の感情、そして家族の反応等、家庭環境や近所の人についても触れ、虐待防止に必要な事を考えてみる、というスタンスで書いた。

 

イジメについては、どうやって解決したのか?という自分自身の経験談と共に、被害者と加害者の両者にケアをする事が必要なのでは?という提案も書いた。

 

 

サイコパスで無い限り、イジメで憂さを晴らすような未熟な人でも、成長と共に成熟した人格になる可能性だってある。

 

 

どんな風に生きたいか?

 

どんな人でいるのか?

 

本当は、全部その人が決めている。

 

けれど、どんな人と人間関係を結ぶのかで、考え方は大きく左右するのだ。

 

人間は共鳴する生き物だから。

 

 

目標にするような人と付き合えば、自分も影響される。

 

 

周囲に影響されて日本語を話すように、周囲に影響されて強くもなれるのだ。

 

 

峰子は今、自分はとても幸せだと感じていた。

 

 

何事もなく日々無事に暮らせる事ほど、素晴らしい事は無いのだと、峰子は知っている。

 

 

我が親の暴力と暴言と知らぬふりで、一生分の苦しみを使い果たしたので、峰子にはもう既に、苦しみの持ち分は残っていなかったのである。

 

 

あっという間に10回分のコラムを書き上げたが、峰子はまだ書き足りなかったので、更に10回分を書いた。

 

 

こういうのはノッテいる時に書いてしまいたいのであった。

 

 

コラムを書き終わった峰子が、物干しで洗濯物を干していると、何だか空が騒がしい。

 

 

見上げると、上空には沢山のUFOが来ていた。

 

そのUFO群団のひとつから、クラークさんが峰子に交信してきた。

 

 

「今から裏宇宙会議が開かれます。貴女は招待されました。いらっしゃいませ。」

 

「分りました。意識のみの参加ですね?」

 

「はい。器は置いて行ってください。」

 

「では、洗濯物全部干したら伺いますね。」

 

「お待ちしてます。」

 

 

峰子はこの日から、裏宇宙会議なるモノに参加する事になったのだった。