夢の中だったのか、どこかの空間だったのか判らないが、とても美しい音色が聴こえた。
その音色は、何故かすごく懐かしく、少しだけ切ない気持ちを、峰子に思い出させた。
目覚める前の、ほんの一瞬の事だった。
峰子は確かにその音楽に触れた。
しかし、もう一度思い出そうとすると、旋律は消えてしまった。
「あれはこの世の曲じゃない。」
けれど、経験するコトには、ひとつの無駄もないのだ。
多分、何か始まるのだろう、峰子はそう感じた。
起き上がると峰子は、身支度を整え、熱い珈琲を淹れてゆっくり飲んだ。
噂好きの小鳥たちが、元気にさえずっているのが聞こえる。
「あの尖がり屋根の家のおばーちゃん、猫と鳥に毎朝ご飯くれるんだよ。」
「ホントに?じゃあ、明日の朝行ってみよっと。」
小鳥たちの会話を聴きながら、のんびり新聞を読んで、珈琲を飲み終わると、峰子はテーブルの上に原稿用紙とお気に入りの万年筆を出した。
今日は毎朝新聞のコラムを10回分書いて、明日デスクに渡す約束なのだ。
その後は、柴田弁護士法律事務所へ行き、柴田祐二から民事訴訟について報告を受ける事になっていた。
コラムに書きたいエピソードは、山ほど有る。
峰子は箇条書きにしたメモを、丁寧に整理して優先順位を決めると、集中して書き始めた。
今回のテーマは、自分が幼い頃経験した、親からの虐待と、学生時代のイジメ問題だ。
重いテーマなので、暗くなり過ぎないように、そして、只の恨み言で終わらないように、過去を優しく包んで淡々と描く。
峰子が一番大事にしているのは、この内容が、暮らしの中で役立つノウハウになって、苦しんでいる人の役に立つモノになるコトだった。
虐待については、その内容やその時の感情、そして家族の反応等、家庭環境や近所の人についても触れ、虐待防止に必要な事を考えてみる、というスタンスで書いた。
イジメについては、どうやって解決したのか?という自分自身の経験談と共に、被害者と加害者の両者にケアをする事が必要なのでは?という提案も書いた。
サイコパスで無い限り、イジメで憂さを晴らすような未熟な人でも、成長と共に成熟した人格になる可能性だってある。
どんな風に生きたいか?
どんな人でいるのか?
本当は、全部その人が決めている。
けれど、どんな人と人間関係を結ぶのかで、考え方は大きく左右するのだ。
人間は共鳴する生き物だから。
目標にするような人と付き合えば、自分も影響される。
周囲に影響されて日本語を話すように、周囲に影響されて強くもなれるのだ。
峰子は今、自分はとても幸せだと感じていた。
何事もなく日々無事に暮らせる事ほど、素晴らしい事は無いのだと、峰子は知っている。
我が親の暴力と暴言と知らぬふりで、一生分の苦しみを使い果たしたので、峰子にはもう既に、苦しみの持ち分は残っていなかったのである。
あっという間に10回分のコラムを書き上げたが、峰子はまだ書き足りなかったので、更に10回分を書いた。
こういうのはノッテいる時に書いてしまいたいのであった。
コラムを書き終わった峰子が、物干しで洗濯物を干していると、何だか空が騒がしい。
見上げると、上空には沢山のUFOが来ていた。
そのUFO群団のひとつから、クラークさんが峰子に交信してきた。
「今から裏宇宙会議が開かれます。貴女は招待されました。いらっしゃいませ。」
「分りました。意識のみの参加ですね?」
「はい。器は置いて行ってください。」
「では、洗濯物全部干したら伺いますね。」
「お待ちしてます。」
峰子はこの日から、裏宇宙会議なるモノに参加する事になったのだった。