白いドラコニアン種族の白山木(ハクサンボク)伯爵家の跡継ぎである龍慈(リュウケイ)は、一時期、白い龍に変化して『ハク』と名乗っていた。
彼が白龍に変化したのは、ドラコニアンの種族長から、一人の人間を担当して志事をしながら、性質や行動をジックリ観察して、人間という種族を知るように言われたからだった。
その当時は、龍慈と同様に、種族長から命を受けて龍に変化した同年齢の友達が沢山いて、それぞれ個性的な人間を割り振られ、担当した。
人間の担当歴が長い黒龍の『コクさん』は、ハクに沢山の事を教えてくれた。
担当する人間が、他の人間に向けて射たマイナス波動の矢を回収して、矢を射た本人に刺し直す方法や刺す場所、そしてその人間の行動を日誌に書く時の注意点等、コクさんは正確に、そして丁寧に、ハクへと伝授した。
純粋な波動のハクにとって、人間を担当するのは、本当に骨の折れる志事だった。
ドラコニアンを含む多くの宇宙種族たちは、テレパシーで会話をする為、嘘を吐かず素直に話す。
しかし地球人類は、保身の為に都合の良い嘘を吐く。
初めて人間を担当したハクは、カルチャーショックの連続だった
色んな人間を担当する内に、人間不信気味になったハクは、8歳の峰子が18歳を迎えるまで、彼女を担当した。
峰子にはハクが視えていて、話す事もできた。
自分を見て話しかけてこられた時、ハクは心底ビックリして焦った。
変わり者の彼女は、龍の姿のハクを視ても怖がらず、一緒にコロッケを食べたりして、ハクとの毎日を楽しんだ。
峰子にとっては、異形の存在よりも、家族である人間の方が脅威であるようだった。
しかし彼女は、不条理な経験をしても、それを他人の所為にして責めず、自分自身で解決した。
だから、峰子を担当している間、ハクは矢の回収作業をする必要がなかった。
峰子は一度も、ハクに助けを求めなかった。
ハクは、人間の中にも信頼できる者がいると、峰子との対等な交流で知った。
峰子の中に在る『根源的な育みの愛』を知れば知るほど、ハクの方が歯痒い思いをした。
何故ならハクは、過酷な日々を過ごした峰子の子供時代を、見守る事しかできなかったからだ。
担当する人間の人生に、余計な介入をする事は、固く禁じられていたからだ。
だからハクは、峰子を担当する間、せめて愉しく会話する事にしたのだった。
しかし、楽しい時間は瞬く間に過ぎて、別れの時がやって来た。
ハクは峰子との別れを寂しいと感じ、初めて人間に対して、親しみを覚えていると自覚した。
そんなハクに、峰子はあっけらかんとして言った。
「これからも、ずっと友達なんやから遊びに来ればいいやん。連絡くれたらコロッケ買って待ってるよ。」
「そうか!そうだね!その手があった!」
ハクは歓んで大きな尻尾をひと振りした。
こうしてハクは、峰子の担当という志事を終え、人間の峰子と友達になった。
この後、数人を担当したハクは、個人の人間を担当する期間が終わり、種族長に任期満了届けを出してドラコニアンの姿に戻った。
そして今度は、ドラコニアン評議会の決定により、白山木龍慈伯爵は外交官として、裏天皇縁の結社に派遣される事になった。
伯爵は結社の奥の院で、大人になった峰子と再会した時、大きな尻尾をグルングルン振り回したいほど歓んでいた。
だが、外交官という立場上、何とかその衝動を抑えて、落ち着いた表情を心がけた。
そんな伯爵の気持ちを汲んで、峰子は丁寧に挨拶をして、彼の立場を守ってくれた。
帰り際、峰子は、他の人たちには解らない様、伯爵だけに言った。
「龍くん、田嶋屋の新メニューにコーンクリームコロッケが出たよ。これがさ、めっちゃ美味しいのよ。今度一緒に食べよね(笑)」
目元と口元が緩んだ伯爵の穏和な笑顏は、峰子に、かつてアルバイトをしていた病院の入院患者の背中を思い出させた。