白川昌宏(Masahiro Shirakawa)
京都大学大学院工学研究科分子工学専攻
1983年大阪大学理学部卒業,1988年大阪大学理学研究科修了, 理学博士,日本学術振興会特別研究員,大阪大学蛋白質研究所助手,奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助教授、横浜市立大学大学院総合理学研究科教授を経て,2005年より京都大学大学院工学研究科教授.専門はNMR分光学,構造生物学,生物物理学.
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生きたまま,細胞あるいは個体内のリアルタイムな観察を可能にしたin vivoイメージング.生命機能を理解するうえで,試験管内での情報だけでなく,実際に生体内のどこで・どのように働いているかといった疑問を解決するために,いまや必要不可欠な技術であると言える.今回,本特集を企画いただいた白川昌宏教授に,in vivoイメージングの登場から現在までの流れ,また基礎研究者がこの技術をどのように研究に取り入れかかわっていくべきか,ご自身の見解を語っていただいた.(編集部 蜂須賀修司)
● 細胞・個体内での測定を可能にした技術革新とは?
―in vivoイメージングが最初に登場したのはいつですか?
実際に生きたままの細胞を見るというのは,昔からある手法ですが,このところの興隆の代表として挙げられるのはやはり,Tsien博士や宮脇博士の“cameleon”によるカルシウムセンシングですね.これは細胞イメージングの先駆けといえるもので,1980年代後半から始まった流れの代表と考えていいと思います.Tsiensらが始めた蛍光イメージングが非常にパワフルになってきて,それ以外の物理的な計測もそれに伴って広まってきたと言えると思います.
―大きな流れでいうとやはり蛍光イメージング技術の発展に伴ってということでしょうか?
蛍光イメージングが発展することによって,遺伝子発現や分子局在が細胞内で見えるようになってきました.またそれは非常に大きな武器になるということが,特に細胞内分子輸送の研究をしている研究者にとって,非常にインパクトが大きいものでした.しかし個体に対しては,蛍光イメージングでは線虫やゼブラフィッシュなどの透明な生き物しか見ることができませんでした.そこで不透明な生き物で使えないかということで,生物ルミネッセンスを利用したルシフェラーゼアッセイが登場しました(寺川らの項 ,参照).それに伴って,細胞あるいは生体中で分子の振る舞いを見ないといけないという認識が高まり,MRI(瀬尾らの項 ,参照)やPET(藤林らの項 ,参照)などを用いたin vivoイメージングが出てきたというのが時代の流れだと思いますね.
逆に言うと,技術の進歩により新しい研究分野が開けてきて,さらに技術の革新が必要となっているという言い方もできると思います.
―ルシフェラーゼアッセイがルミネッセンスを検出しているのに対して,PETやMRIは何を見ているのでしょうか?
PETでは放射性同位体をプローブとして分子局在などを測定しています.一方MRIでは,組織学的な状態を見たり,あるいはその細胞の活性や血流を含めたそれぞれの生体器官の物理量を測定しているため,まだ分子イメージングには遠いと思います.特定の分子の挙動を見ている例がまだ極めて少ないと言えます.
―イメージングをin vivoで行う意義は簡単にいうとどのようなことですか?
基本的には生物を生きたままの状態で観察することができるということが最も重要です.今まで多く行われてきたin vitroの実験というのは,基本的には必ず何らかの形でアーチファクトが入ります.in vivoの場合ではそういうことを極力防ぐことができますし,さらに分子生物学がかなり進んできて,生体分子が状況に依存して多様な機能を示すことが明らかになってきました.他の分子と協同する生体内で,どのような働きをしているかを調べないと本当の意味での生命現象は理解できないという考え方が一般的になってきました.同時に,特にポストゲノム時代を迎えたことで,多数の分子がパラレルに働いている状態を明らかにしようというシステム生物学的アプローチも盛んに研究されるようになり,in vivoで解析を行わなければならないという機運が高まってきたと言えるかもしれません.
● in vivoイメージングによる研究成果
―in vivoイメージングによる研究成果としてはどのようなものがありますか?
やはりTsien博士や宮脇博士らがかかわっておられた蛍光色素を使ったカルシウムセンシングというのが非常に大きなブレイクスルーの1つだと思います.細胞を含めたいわゆるin vivoイメージングの一番大きなランドマークになっているのではないでしょうか? その他は,いろいろな腫瘍細胞にドラッグターゲティングするという仕事も行いつつあるようです.ドラッグがどこにデリバリーされるかということを追跡できるようになってきていますので,それがPETや生物ルミネッセンスで見ることができるようになっていますね.
その他,具体例は山ほどありますが,GFPタンパク質を使って細胞の中での分子局在を調べたり,また国立遺伝学研究所の小原博士は線虫のすべての遺伝子の発現の局在を網羅的に調べるなど,大きな成果が出ています.
● in vivoイメージング技術~それぞれの手法のメリットとデメリット
―PETやMRIの特徴を詳しくお教えください.
PETの最大の特徴は,感度が優れている点です.感度が良いため非常に少ない分子数で局在を見ることができます.一方,デメリットとしては,今のところ分子プローブを手に入れる手段が限られていること,また分子プローブの設計が技術的に非常に高度である点が挙げられます.
MRIについては,さまざまなものが測定対象になることと体の深部に対して高い分解能で観察することができることが一番大きなメリットです.一方デメリットとしては感度が悪い点が挙げられます.相当な分子数がないと明確な像を見るのは今のところ難しいですね.これが分子イメージングを難しくしています.しかし,解剖学的に見るものとしては非常に優れていると言えます.MRI顕微鏡では生体を数十ミクロン単位で見ることが可能です.
―ルシフェラーゼを使った方法はいかがでしょうか?
最も汎用的な方法で,体の内部を見ることができるという点では優れています.ルシフェラーゼアッセイではルシフェリンという物質を基質に使って発光するのですが,ルシフェリンをどうやって体全体に均一に巡廻させなければなりません.体の内部で発光させたときに分解能があまり高くないことが課題となっています.体の中で光ると散乱するので像がぼやけてしまいます.しかし計算機的な手法で分解能を極力上げようという努力はかなりされているので,将来的にはかなり有望な方法かもしれません.
―今回の特集にある“脳スライス標本を用いた電気生理とイメージング(大久保らの項 ,参照)”では,どのような方法を用いているのでしょうか?
脳スライス表皮を用いたイメージングというのは厳密にはin vivoではないですね.ただ非常に精密な情報が得られます.特に脳というのは,臓器として極めて複雑な構造をもちます.ここが他の臓器とは違う点だと思います.しかも個々の部分の働きが他の部分と明らかに違うという特異性があります.それをきちんと調べたいというのが,今の脳神経科学者の最大の目標の1つだと思います.脳スライス標本をとってしまうと非常に精密な位置情報が得られますが,それが本当に生きた脳と結びつくのかわからない.これを分解能が低いけれどもin vivoのイメージングで得られる情報と結び付けて研究を行っているのが,大久保先生や飯野先生ですね.
● “究極のin vitro”から“in vivo”へ
―先生自身がin vivoイメージングに取り組まれた経緯をお教えください.
まず実際に分子が個体の中でどのように振舞っているのかを知りたいという欲求がありました.背景としては私が専門としている磁気共鳴が,in vivo 解析に非常によく向いているということがあります.浸襲性が低いので検体である動物に対してほとんどダメージがありませんし,明確に生体の内部を見ることができます.また,これまで私がやってきたのは構造生物学で,in vitroの究極のような分野と言えます.精製したタンパク質の構造を調べるという,極めて精密ですが非常にChemistry寄りの仕事です.Chemistry寄りの仕事というのはもちろん非常に重要なのですが,究極にin vitroの研究ばかりしているだけでは生命は理解できないのではないかという疑問をもったのがきっかけです.
―NMRもMRIも磁気共鳴という手法を用いていますが,研究対象はかなり異なっていると思います.
われわれがNMRで行おうとしていることの1つは遺伝子発現を調べることです.ゲノム計画が終わって,マウスだと約3万くらいの遺伝子があると言われていますが,それらの遺伝子の多くは生体内のいつどこで働いているかということはまだ正確にはわかっていません.唯一DNAチップで組織からとったRNAを調べる方法がありますが,それだけでは発生の途中で非常に短い時間だけ発現する遺伝子や,あるいは脳中枢神経系で働いている遺伝子について調べるのは難しいことがあります.どうしても生きている状態で見る必要があり,そうしたときにNMRが使えるのではないかということが言われるようになってきました.そう考えると,今まで用いてきたNMRの手法で,細胞の中での遺伝子発現や細胞の機能などをイメージングするという意味では極端な飛躍はないように思います.
もう1つの仕事としては,生体中でタンパク質の構造がどのようになっているかを見ようとしています.イメージングというよりは,in vivoスペクトロスコピーの分野になると思うのですが,in vivoの状態でタンパク質の機能・構造解析をNMRあるいはESR(電子スピン共鳴)を使ってやりたいと考えるようになってきました.
―“究極のin vitro”でみたタンパク質の構造が,いかに生体内で機能しているかということも非常に興味深い情報ですね.
そうですね.素朴な疑問としては,試験管内で決めた立体構造が本当に細胞の中で同じ形で働いているのか,また本当に生きているヒトやマウスの個体中で同じような構造で同じような機能をしているのかということがあります.リン酸化やアセチル化,あるいはユビキチン化やSUMO化など,生体内でのさまざまな変化をリアルタイムで見られるようにならないといけないと思います.in vitroの研究とin vivoの研究をうまく結びつけて理解したいという考え方をもっています.実際には両方の研究を行っていますので,脳スライス標本を用いた電気生理とイメージングという組み合わせとある意味では似ているかもしれませんね.
● 基礎研究者がいかに利用すべきか
―基礎研究者はこの技術をどのように取り入れていけばいいでしょうか?
最近の動向として,生命を理解するためにはin situ(その場)解析することが求められてきています.分子生物学の分野では,同定・単離してきた遺伝子やタンパク質の機能を調べますが,生きた状態で本当に試験管内で見られたことが起こっているのか.それがどのくらい意味があるのかということを調べなければいい仕事として認められなくなっていますね.新しい因子を見つけた場合にも,生きた個体のどこに存在し,どのように生命機能にかかわっているかをin vivoのデータで示さなければ実証した事にならないという時代にすでになっていると思います.基礎科学的な研究を行っていても,動物個体を対象とした計測が必要となってきています.基礎研究者にもin vivoイメージングがだんだん重要になっていると言えるでしょう.
―MRIやPETは誰でも使えるものなのでしょうか?
PETに関しては,小動物用の1,000~2,000万円くらいの比較的安価な装置が登場しています.しかし,分子プローブは寿命の問題も含めて入手は容易でないかもしれません.MRIに関しては,実は日本は装置が世界で一番高密度にある国の1つです.もっぱら臨床の分野ですが,医学部がある大学などではMRIにアクセスしやすいと思います.そういう意味からすると皆さんが考えられているよりは身近な装置だと思いますし,MRIに実際に入ったことがある方も数人に1人ぐらいいるのではないでしょうか?
―ルシフェラーゼアッセイなどではどうですか?
蛍光イメージングとルシフェラーゼがかなり汎用的になってきていると言えます.小動物に関して言えば,ルシフェラーゼアッセイやイメージングする機械がかなり安価になってきています.
● in vivoイメージング~今後の展開
―この技術を使った技術は今後どのように発展するのでしょうか?
技術の発展はこれから爆発的に見られると思います.米国では大きな分子イメージングのプロジェクトが進んでいますし,日本では平成17年度あたりから文部科学省を中心に分子イメージングに対して巨額な研究費が下りようとしています.このような投資の結果が実ってくるのが,この先約2~5年後でしょうから,MRIやPETも含めて大きな技術的革新があると思いますし,基礎研究者に対してもっと敷居が低いものになると思います.
―文部科学省のプロジェクトというのは,具体的にはどのようなものでしょうか?
平成17年度に分子イメージングに数十億円レベルの投資をするということが発表されています.でもそれに先駆けてすでに(独)科学技術振興機構(JST)は,昨年CRESTのテーマとして分子イメージング的なものを中心に置いたり,先端計測といって生物を対象とした計測機器を開発するための集中的なプロジェクトの公募を行っていました.米国では分子イメージングや先端的な計測機器の開発のための大きなグラントが公募されつつあるようです.
―そのような研究費は多くの方がin vivoイメージングを使えるために使われているのでしょうか?
JSTの先端計測というのは,基本的に市場に出す製品を創ることを目的としています.より製品に近いようなタイプの開発を推進するような予算の出し方をしていますね.逆に言うと,それは非常に製品化に近いところですから,革新的な基礎研究のためのグラントではないとも言えます.革新的な研究については,CRESTや平成17年度の文部科学省の研究費に期待したいですね.
日本の最近の特徴として成果が非常に早く求められるので,なかなか新規な計測法に対する大きな投資がなされなかったのですが,最近は革新的で先が見えにくいような研究開発にも投資をしようというような動きが見られるようになってきました.もともと日本は技術力が高いですし,優秀な物理化学系の研究者が多くいますから,分野の融合がこういったグラントで促進されると革新的技術が誕生する可能性は多いにあります.
この分野での技術の進歩は大変早いので,研究に活かせるテクノロジーが出てくることを期待していいのではないでしょうか.