震災から1年の3月11日。




北海道に住む姪が

仙台のお友達のところへ遊びに来ました。




『なんで、この日に・・・。』




つい、口から出てしまう。




でも、震災当日も

アパート探しで北海道の名寄にいた姪は

あの地震を運良く経験することがなく




人より少しだけ

恐怖心が少ないのだと

ワタシは勝手に考えていました。




うちにも寄って欲しかったけど

時間もないらしいし

お友達との時間が優先だし




仙台新港のアウトレットに行くと言うので

うちの最寄駅で一旦降りてもらって

次の電車が来るまでの10分間。

たった10分間の再会でした。




うちから車で10分のアウトレット。

本当なら送って行ってあげたかった。




でも・・・

まだ・・・。




港に近寄ることが出来ません。

足が

気持ちが

向かなくて




しかも3月11日。




自分の子ならまだしも

姪と姪の友達

人様の子。




あの日も、息子の友達の命を預かってしまって

責任感で押しつぶされそうだったから




ここは、やっぱりやめておこう

そう思って、声はかけませんでした。









姪にもらったお土産。




しぃのブログ




『星に願いを』




とってもきれいな星空が

包み紙一面に広がっていて




朝からテレビを見ながら泣き続けていたワタシは

またこれを見て思い出していました。




震災当日

街中の灯りが消え

真っ暗闇の中




とにかくきれいだったあの空

とっても澄んできれいだった星空




灯りがなくなったら

こんなにきれいな空が

いつも自分たちの上にあって




ずっと照らしてくれているなんて

想いもしなくて。




下の世界には

悪夢が広がっているのに




なんで、空はこんなに・・・。

そう思って悔しかったり。




そして、箱の中に入ってあった紙には

こう書かれてありました。




『星に願いを




心込めて望むならきっと願いは叶うでしょう。


心の底から夢を見ているのなら、


叶わぬ願いなどないのです。


夢こそあなたがあなたにおくる贈りものー。』






願うこと

想うこと

やっぱり、やめてはいけないな。 




この日に、こんな巡り合いもあって

人や物というものは

どこかで引き寄せあって繋がって行くものなのかな

そんなことを思っていました。




息子を見ていて

『あの子は、周りに恵まれて

良い方に引っ張って行ってもらっている』

いつも思っていますが



実は、ワタシもそうなんだなって

この1年やってきて強く思いました。




お友達に助けられて支えられて




背中をゆっくり押してもらって

時には、手を引いてもらって




こっち!こっち!

って、呼んでもらって。




決してまっすぐな道のりではなかったかもしれないけど

くねくね曲がりながらも

迷わずに、どうにか歩いていられるのは

お友達のおかげ。




星が照らしてくれるように

みんなも導いてくれる




忘れない

この想い。




ありがとうの気持ち

感謝の気持ちは

いつまで経っても忘れちゃいけない




星に願いたいことは

山ほどあります。




あれもこれも

いっぱい、いっぱい。




自分のことも

子供のことも

東北のことも・・・。




心を込めて

心の底から

願って、夢見て




それが自分にとって

最高の贈りものになるように。




『星に願いを☆』







自分の想いを抱えきれなくて

どんどん溢れだす想いを処理できなくて




それを、吐き出すために

その時の想いを忘れないために

自分の記録の為だけに

書き始めたこの場所。




もうすぐ1年なんだなぁ・・・。

と、色んな事がぐるぐるしながら

考えていました。




なんでもそう。

続けることは難しい。

ブログだって、そう。




毎日、書き続けているお友達は

ほんとにほんとに凄いなぁと

改めて尊敬します。




以前のように

どんどん溢れだしてきて

どうにもできなくなることは

なくなりました。




時間が経つにつれて

色んな事があり過ぎて

心が余計に複雑な想いになることも多々あります。




この先、続けて行けるかどうかもわかりません。

でも、泣かない日はありません。

気持ちは、何も変わっていません。




続けることは難しいんです。

ボランティアも募金も。




まだまだ、まだまだ、まだまだ

続けなきゃいけないことなのに

月日と言うものは、ほんと意地悪です。




1年を前に

お店では防災グッズがまた大きなスペースで置かれていたり

新聞の紙面では震災関係が増えたり

少なくなっていた募金箱を多く見かけたり。



そんなことでも

1年という時間が流れたことを実感したりします。






今日で、震災から12ヶ月。

1年なんですね。




11ヶ月が過ぎた頃から

会う人、会う人と




『もうすぐ1年になるんだね』

そんな話をする機会が増えました。




遠い昔のことのようでいて

昨日のことのように

鮮明に覚えているあの日のこと。




3月に入ってからのワタシは

いつも心臓がドキドキして、ソワソワして




あの日のことがフラッシュバックして来て

穏やかには過ごしていられませんでした。




降る雪を見ては思い出し

揺れ出す前に必ず『ピキッ』と立てる音を聞いては震える




ずぼらでマメでは決してないワタシは

あの日から、とにかく備蓄を始めました。




大変なことが起こったとしても

備えがあれば

少しだけだとしても

心の余裕が生まれる。




目の前が真っ暗で

頭を抱えっぱなしにはならない。




でも

もう二度と

経験なんてしたくはない・・・。





周りでも1周忌の法要をされる方がいて

改めて時の速さを感じ

悲しみが溢れてきます。




何年か経って

何十年かして

復興出来るものと

そうではないもの




二度と戻らないもの

無くしてしまったもの




余りにも大きすぎて、大きすぎて。




人の命というものは

その人、本人だけのものではなくて

家族や友達、同僚・・・。




自分を取り巻く人達にとっても

とっても大切なものなのです。




他人の死で、こんなに涙を流したのは

生きてきた中で初めてのことです。

これから先も、もうないと思います。

あっては、ならない。

そう思います。




何気なく言っている

『ありがとう』

『ごめんなさい』




とってもとっても

大切な言葉なのです。







復興・・・。




多くの人は

まだスタートラインにさえ

立ててないと言います。




仮設商店街がオープンしたとか

水揚げが再開されたとか

工場が起動し始めたとか




テレビから流れてくるものは

明るい情報で

それだけを見ていたら

勘違いをしてしまいます。




が・・・。




それは、ほんと氷山の一角の話。




『前に進みたいけど

前って、どっち?』




こんな川柳を耳にして

胸が張り裂けそうでした。




みんながスタートラインに立ってる訳でもなく

みんなが同じ方向に進んでる訳でもなくて




どこへ行っていいのか

どこへ向かえばいいのか




闇の中を彷徨ってる人の数は少なくありません。




時間が解決してくれないことを

ワタシは、知っています。




区切りを付けたくても

付けられるわけがありません。




もう1年

だけど

たった1年。




たった1年で

悲しみや寂しさ、悔しさ

どう解決できるのでしょうか。




まだ行方不明の方も沢山います。




心の整理をするには

まだまだ短すぎます。








絆って、なんなんだろう。




がれきの山・・・。




ほんと、悲しい。









ワタシが、自分の自己満で続けていることで

ある子からお手紙をもらいました。




『夢をあきらめかけていたけど

やっぱり、どうしても翻訳家になりたくて。

春から留学することに決めました』




形のあるものは

いつかは消えてしまう。




あの日も

消えてしまった。




人の命までも。




でも、夢は消えない。

諦めないでほしい。




ワタシは、もう年を取るだけだけど

子供達には明るい未来を思い描いてほしいし

明るい未来へ橋を架けてあげたい。

送り出してあげたい。




10年はかかると言われていた復興も

今では30年とまで言われています。




元通りになった

さらに良くなった東北を見ることなく

終わってしまうのかもしれません。




でも、子供たちはこれからの人生。

少しでもいい形で

バトンタッチしてあげたい。




1人の力は微々たるものでも

沢山の人が集まれば

大きな大きな力になる。




独り占めほど

醜いものはないと

震災で気付かされました。




心まで負けてしまいたくない。




泣いてるばかりで

何もできないワタシだけど

心だけでも負けないように。




これから先

14時46分に手を合わせることが出来なくても

心の中ではずっと、ずっと

祈り続けます。




心からご冥福をお祈り申し上げます。





14時46分。

黙祷・・・。

1125から、丸々3ヶ月。
私的、最初で最後のHUMANIAツアーが終わってしまいました。



思えばこの約3ヶ月。
他の曲には脇目もふらずに、ただひたすら

延々と聴き続けたアルバム、HUMANIA。
NICO三昧。




なんでこんなに夢中になりだしたのか、よくわからない。



でも、ちゃんとした言葉にしたり形には出来ないけど…



伝わってくるんだよ。



それを受け取りたくて
取りこぼしたくなくて




ずっと関わっていたい気持ちで
とにかくひたすら聴いていました。




震災後

その前と変わらず

音楽に囲まれて来たけれど




自分の中で

なんか・・・こう・・・

大きく変わったものがあって。




単純に、曲を聴いた瞬間の好き嫌いだけじゃなく

顔や、声を重視してたようなところも

勿論今でも確かにあるけど




伝えようとしてくれる側の人間性?




わかりきることは到底無理なんだけど

どれだけ真剣に向き合って

どれだけ必死に伝えようとしてるか




うまく言えないけど

『この人って・・・この人達って・・・』




そう感じることが、とても多くなって

上辺だけじゃなく

中身もどっぷり好きになっていってる気がします。




何が言いたいかと言えば。笑




やっぱり、みっちゃんの発する言葉一つ一つに

大きな力をもらって

心の中は

『ありがとう』

の言葉で埋め尽くされる。








去年は、パブリックではあったけれど

NICOで終わり今年の初ライブもNICO。




このZEPPのステージでワンマンをするのは初めて。

そう、みっちゃんが言った。




『5月にここで初ワンマンのはずだったのに

震災があって・・・』




そう、ゆっくりと話始めたけど

感情を抑えきれなかったのかな




『ほんと、悔しかったんだよ!!!!!』




と、その時の気持ちを話してくれて

『今、ここに立ててみんなの笑顔が見れて

感無量です。』




そう、話すみっちゃんの表情はしっかり見ることは出来なかったけど

ワタシは、最初から涙腺が言うことをきかなくなりました。




『今回のツアーは、悔いのないライブが出来ていて

セトリも今までで一番思い入れがあって。

しっかり、ここまで温めてきたからね。』




ここを最後の場に選んでくれた人達は

他にもたくさんいて




ツアーをしながら成長をし続け

全国の人達の想いもいっしょに

いっぱいいっぱい届けに来てくれている。




感無量はワタシも同じだよ。








楽しかった。

とにかく、とにかく

楽しかった。




飛んで跳ねて手を叩いて笑って。

楽しすぎました。




追加公演は、全く違うセトリになるって聞いたら

やっぱり行きたくなる。




行けないとわかってるけど

チケがまだあると言われたら

行きたくなる。




すぐそこに、チケはあるのに

たった何センチの距離なのに

手を伸ばしたら

言葉を発したら

確実に届く距離なのに

遠かったな・・・。




寂しい。

かなり

寂しい。




みっちゃんが

『いつでも僕らと音楽は、傍にいるから』

そう言ってくれた時の幸福感。




今でも、じーんとしながらも

ほっこりする。




欲しいものは、きっと安心感。

傍にいてくれる安心感。




スリルのある人生は、ある意味楽しいのかもしれない。

在り来たりな毎日は、ある時退屈に変わるのかもしれない。



でもあの日を境に

やっぱり求めるものは

スリリングな人生より

安心できる人生。




紆余曲折もあったし

一気に人気が出た訳でもない




積み重ねて

努力を怠らずにきた成果




日々、成長を続けていても

もっと成長したいという欲望。




みっちゃんの、時に見せる

鋭い目つきは、ワタシにはそれを感じさせる。




ほんと、魅力的だ。

もっと聴きたい

もっと知りたい

もっと関わっていたい




どんどん欲が出る。









好きなバンドや、聴きたい音楽は

どんどん増える一方だけど




浮気とか、目移りとか

そんなことでは全くなくて




もっと好きな人たちが出現しただけ。




勝手な言い訳だけど・・・。




その時、その時に

受け入れられる音楽は誰にでもあって

みんな同じじゃない。




好きな人たちが作った曲でも

受け入れられない時もある。




それって、当たり前のこと。

だよね?




毒を吐くのは

大事に思ってる証拠。




どうでもよかったら

口にすることさえしなくなる。




人それぞれ

どんな形で応援したって

どんな形で携わっていたって

やっぱり自由だから。



誰がなんと言おうと

自分の楽しみ方は

続けるべきで。




あっち行ったり

こっち行ったり

してるうちに

大事なものも見えてくる気がします。




必要とする時に

傍にいてくれる音楽があることは

幸せなこと。




『去年より、いい年にしような!!!SENDAI!!!!!!』




声を振り絞って言ってくれた言葉。

しっかり心に刻んでおく。




でもね、ワタシは

もう去年より、確実にいい年になってるよ。




ありがとう。




両手に抱えきれないほどのプレゼント

もらいすぎじゃない?

こんなにもらっていいのかな?




そんなライブでした。







ZEPP SENDAIは

この夏でなくなります。




駅周辺の整備が始まり

立ち退きになり

移転先も決まっていません。




存続されるのかさえわかりません。




仙台駅東口に隣接されていて

連絡通路を通れば

傘も必要なく会場に入れた便利な場所。




でも多少不便でもいいから

無くすことはしないでほしい。




ここでNICOを見るのは

今日が最後なんだなぁ・・・。




そんな想いもありながら見ていました。




メガロックはどうなるんだろう。

あの時、このステージに立っていた彼らに魅了されたこと

同じく、電話ズに衝撃を受けたこと。




マトリョーシカの前奏を聴くと

どうしても電話ズの音楽を思い出してしまう。




ACIDMANも

そして、flumpoolも

ここで、震災後この場所で・・・。




そんな大事な場所が

消えてなくなるなんて。




寂しすぎるよ。








次の約束が出来るまで

ずるずる堕ちていそうな予感・・・。




それでも確実に去年よりはいい年だよ。

すでに、いい年になってる。




安心感をもらい

そこに、しがみついてばかりではいけないけど




それでも、これからも

一緒に歩いて行けるように

一緒に成長して行けるように




見失わないように




時には、このぽんこつに油を射しながら

次の機会を待ち続けたい。




『ありがとう』

って言う、感謝の気持ちでいっぱいの

ライブから始まった2012年。




NICOとは、これからも

接着剤をたっぷりつけて

繋がっていられたらいいな。




忘れられない幸せなことで、楽しいことで

去年の分まで

今年を埋め尽くして行けたらいいな。




楽しすぎたぁぁぁ(T▽T;)

だからこそ




ありがとう。



終わりがあるから

始まりがある。




また、新しいことが始まったその時には

一緒に時間を共有したい。




何かが始まる時の

胸の高鳴り。



早く感じる日が来てほしい。