俺がまだ厨房だったころ、家は自営業で、俺自身も家の仕事を手伝う事があたりまえだと思ってた。
けっして裕福というわけでもなく、どちらかといえば、楽な生活ではなかったと思う。
だけど、それでも、笑いが絶えない家だったなぁ。
それでも、仕事がうまくいかない日が続き、母も泣く日が増えて行った。
そして、結局、会社は倒産してしまい、親父はタクシーの運転手に職を変えた。
俺は、それが悔しくて、情けなさを感じてた。
タクシーの運転手を否定するわけではない。
なぜ、今までの仕事をあきらめてしまったのか、そのときは、親父に対して、軽蔑すら感じていた。
あれから、15年がたち、俺にも娘ができた。
サラリーマンを経て、今は少ない従業員ながら、小さな会社を経営している。
そして、はじめて、親父の気持ちがわかった。
生きていくことの難しさと、守るものができたとき、生活を守って行くためには、攻めることと、守る事の両立が必要だということを。。。
あのとき、家族の生活を守るために、自分の夢を犠牲にしてしまったんだね。
自分が会社を維持し、従業員と家族の生活を守るためには、苦渋の決断をしなければいけないこと。
昔から、晩酌もせず、無口で多くを語らなかったね。
先日、2人で寿司をつまみながら、日本酒を飲んだとき、俺が仕事愚痴を話しても、ただ、ニコニコとしているだけだったけど。最後に言ってくれた
「まぁ、思ったこと信じてがんばれ」
小さい声だったけど、忘れられない。
同じ経営者の先輩であり、勢いでやってきた俺に、ひとことにこめられた、大きな意味が理解できた。
なんとか、俺もピンチは乗り越えたよ。
親父があきらめたこと、俺が達成するから。
このスレがあることに感謝合唱、そして、熱き親父たちに乾杯