2002年の対談 2003年出版
吉行あぐり 95才 2015年1月 満107才没
新藤兼人 90才 2012年5月 満100才没
新藤:僕の場合、生きることが仕事なんです
だから、散歩するときでも、仕事になってしまう
シナリオライターや映画監督は、人を詮索するのが仕事
なんです
人にドラマがあるわけですから、「人間観察」が基本なのです
吉行:20年以上も前、自宅兼美容室をビルに
娘2人も独身なので、9階に和子、
4階に私、同じ階の斜め向かいに理恵が住んでます
新藤:「3軒分立」ですね(笑)
家族とはいえ、一人ひとりが独立して暮らしている
僕は、人間は何物にも縛られず、「個」として
生きるべきだと考えているので、かくあるべし
と思いました
例えば、理恵さんが、あなたとごはんを食べたくなったら
「今日は私のところで食事をしてください」と書いたメモ
を、そっとあなたの部屋のドアに差し込んでいくんですよね
ふつうは、親子なんだから直接、会いに行ったり
言葉をかけたらいいじゃないかと思うんですけど
そうしない
メモを渡すというところに、「生活の表現」というものが
あると思うのです
吉行: ふつうのお母さんだったら、娘たちに
「ああしてちょうだい」「こうしてちょうだい」
とおっしゃるんでしょうけど、私、そういうのって
だめなんですよ
娘たちにも気の毒ですし、うちの家族はみんな、好き勝手に
やっているのがいいです
新藤:一緒に住むと面倒ですからね
コーヒーなんて飲みたくないのに
「コーヒーはいかが?」と言われたら
「ああ飲むよ」なんて言ってしまう
かえって不愉快になります(笑)
一人で暮らしていたら、そういう煩わしさが
なくなるからいいです
吉行:私にはできすぎた子供たちです
でも、このごろは「あれしちゃいけない」
「これしちゃいけない」と監視がうるさくて…
あっ、こんなことを言ったら、また叱られますね(笑)
吉行:たしかに一人暮らしっていいですよね
私、2回、結婚しましたが、いまのほうがいいです
なんて言ったって気楽ですし、自由ですから…
新藤:僕の場合、自由でもありますが、孤独でもあるし
みじめでもある
ただ、それ以上に得るものがあります
よく「一人でお寂しいでしょう?」と聞かれますが
誰かを失って寂しさしか残らないなら、老人はみんな
死んでいますよ
残された人間は去って行った人間のことを考えて
あげなくてはいけないと思っています
ただ、生活面では不自由ですね
ぼんやりできるというのがいい
人と住んでいると、どうしても邪魔が入ってしまいますから
だから、僕は一人暮らしの楽しみは「ぼんやり」だと思いますね
吉行:本が好きで、いつも何か読んでいます
寂しいと思ったことはありませんね
やっぱり、私はどこか抜けちゃってる人間なんでしょうね
話をおうかがいしていると、あなた様にはしっかりしたものが
おありのようですが、私にはありません
新藤:いやいや、あなたのほうが自然体なんですよ
僕はいっぱい鎧をつけて、その鎧がほころびちゃっているのに
駆け引きの世界で生きているんです
あなたのほうが自然体なんです
吉行:(結婚は)15才のときです
父が亡くなって家が傾きました
「吉行さんのところに行けば女学校が続けられる」
と言われて行ったのです
それが結婚だとは思わなかったのです
エイスケさんの実家は手広く建設業をやっていました
裕福でしたが、最初は別居結婚みたいなものです
結婚してから、すぐにエイスケさんは東京に行って
私は岡山のエイスケさんの実家にいましたから
そこで淳之介を生み、東京に出てきたのです
あの人は生まれてくるのが早すぎたんでしょうね
いまは色々な人がいますからそうでもないんでしょうけど
当時はちょっといないタイプだったと思います
東京で一緒に住むようになってからも、どこで何を
しているのか、全然、家に帰ってこないんです
たまに帰ってきても部屋にこもっている
簡単に言うと、暇があったから、私も美容師になった
ようなものです
私は結婚生活がどういうものかわからなかったので
こういうものかと思っていました
死んだのは34才のときです 私は33才
ハイカラな人で、ドライブも好きだったんです
その日も一緒にドライブしていて、「調子がおかしいな」
と言ってましたら、帰ってきてそのまま…心不全でした
理恵が生まれたばかりで、嬉しそうにしていたときでしたが
残ったのは株の売買でこさえた借金の山でした
自宅どころか電話まで担保に入っていました
外に女の人もいて、子供もいたんです
私は3人の子供と寝たきりの義母を抱えて、一人でお店を
切り盛りして、借金を返しました
女の人にもかわいそうなので、お金を渡して
新藤:僕の家も僕が10歳ぐらいのときに破産しました
残ったのは土蔵一つだけ 一家離散です
兄姉はみんな出て行って、幼い僕だけが残って
両親と土蔵で暮らしていました
そのため進学もできませんでした
お金がないということはこういうことなのかと
つくづく思い知らされましたね
あなたもたくましいけれど、僕が生きることにこだわり
独立精神が旺盛だったのは、こういう体験が影響している
んじゃないでしょうか
ただ生きる、それだけのことのためにも、必死でなくては
生きていけなかったものですから
しかし、人間っていうもはつくづく面白いと思いますね
お金持ちの中には、「お金をどう使ったらいいかわからない」
なんて悩んでいる人もいるようですから
吉行:そうそう、私、結局、エイスケさんからも辻さんからも
生活費を頂戴したことはありません
そんなふうにしつけられた覚えはありませんが
誰にも頼らない人間なんです
私、恋愛ってしたことがありませんの
娘時代には「あの人がいい」「この人がいい」とか
色々ありますでしょう
そういうことってしたことがないし、それがどういうことか
わからないまま、過ごしてきましたの
新藤:最近では「何がやりたいのかわからない」といって
フリーターになる若者が増えてきているそうですが
何をやるにしても生きていくためには仕事をしなきゃならない
わけでしょう
何をやるかということよりも、いかに生きるか、いかに生き延びるか
ということのほうが重大だと思います
その中から、自分の生き方を発見したらいいと思います
吉行:そうですね
まず、食べていくということが大切ですからね
吉行:私、信仰はございませんけどね、ちっちゃなタンスの上に
淳の遺影だけは飾ってあるんです
毎日、お茶をあげたり、花をあげたりしています
エイスケさんのも辻さんのもありませんよ
夫婦はやっぱり他人ですから(笑)
私、淳だけをかわいがっているんです
こんな調子なので、お墓とかお葬式とかについても
考えたことがないんです
お葬式って、やってもやらなくてもどっちでもいいみたいですね
やらなくてもいいものなら、やることはないんじゃないか
こう思いまして、献体に登録していたことはございます
新藤:もともとお墓というのは、死んだ人のためというより
残された人のためのものじゃないかと思っています