60歳から下手な生き方はしたくない という本 | 猿の残日録

猿の残日録

いろんなことがあるが、人生短いから前だけを見たほうがいいですよ。江原啓之 今宵の格言

老いを愉しめる人、愉しめない人 (副題)
 川北義則 2013年 刊 78歳


胃がん、膵臓がんを手術して治っている

食生活と運動と心がけに注意し
食べたいものを食べ、よく歩き
ストレスの少ないライフスタイルを守っていれば
生活習慣病にはかかりにくい

お金を使い切る発想を持とう

老子の言葉
「子孫に美田を残さず
 賢にして財多ければ、その志を損ない
 愚にして財多ければ、その過ちを増す」

いつまで生きるかわからないので
使い切れないが、計画的に使うように
すればいい

数字で計算していくと、どこまで使えるか
だいたい見えてくる

人が不安になるのは将来が見えないときである
経済生活は数字だから、きちんと計算すれば
数字で見える 不安になり過ぎることはない
 (私は100歳まで生きたらどうしようと不安です)

お墓の話

 永代供養付きの共同墓や合葬墓は
 供養の心配もない ですが
 (私は葬儀もお墓も一切いらないです)

自立すること

 自分一人でいても日常生活で困らないこと
 一人暮らしが快適にできないと
 「自立している」とはいえない
 最小限の家事をこなす能力を保持していればいい

 もう一つは、精神的な自立
 一人で過ごしていても寂しくない
 心が壊れないでちゃんと生きられる
 そういう精神の強靭さが求められる

 このことは一人ぼっちになることとは違う

 高齢になるほど、人との交流は減っていく
 そのとき平気でいられるか
 精神的に強ければ問題はない

 人間が一人で生きられないという言葉には
 人間は一人で生きているのではないという
 意味合いもある

 四国のお遍路をする人たちが被る編み笠には
 「同行二人」(どうぎょうににん)と書かれている

 一人でお遍路をしていても弘法大師様と二人
 なんですよということだが、この考えには
 自己対話ということも含まれている

 人間は一人でいるとき、その自己と対話する
 もう一人の自分がいる

 人が孤独の時間を充実させられるのは
 もう一人の自己と対話しているときだ

 つまり、たった一人であっても、人はつねに
 自己対話することで一人ぼっちではない

 人間、一人では生きられないとは、そういう意味
 でもある

 こう考えると、家に一人でいて、誰も訪ねて来て
 くれないことを不満に思うのは、未熟ゆえということ
 になるだろう

 だが、そういう習慣を早くからつけておかないと、
 自己対話が苦手な人間になってしまう

 自己対話くらい充実する時の過ごし方はない
 思索のときがまさにそれである


 ツイッターやフェイスブック、やたらと人とつながりたがるが
 自己対話に不得手な人が増えてきている証拠

 そんな友だちが100人いても何になる
 それに甘んじていると、第二の人生では苦労するに違いない

 

 

名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

 

 

 
「都といふ名前を持ってゐるなら、
お前は都のことをよく知ってゐるだらう。
都鳥よ、さあ、お前にたづねてみたい。
(都に残してきた)自分が愛するあの人は
生きてゐるのか、ゐないのか、と」