4月の中旬からゴールデンウィークの頃、藤の花が見ごろを迎えます。
マメ科のつる性落葉樹で、藤棚から長く垂れさがるうす紫色の花房は美しく、
風に揺れる花房からは甘い香りが漂います。
多くの園芸品種があり、現在では世界各地で植えられていますが、
日本で「藤」といえば、通常は「野田藤(ノダフジ)」を指し、
樹齢何百年といわれる藤の名所も多くあります。
日本の伝統の中にも、藤は様々な形で息づいています。
■野田藤と山藤
日本には「野田藤」と「山藤(ヤマフジ)」の2種類が自生しています。
藤は、万葉集にも多数詠まれ、古くから親しまれていますが、
藤棚などを作り庭木として楽しまれるようになったのは江戸時代になってからだとか。
野田藤は、藤の名所、
摂津国野田の藤之宮(大阪市西成区付近)にちなみその名がついたといわれています。
代表的な種類には、花房の長さが1mを超す長藤(ナガフジ)、
濃い紫色の花を付ける八重黒龍(ヤエコクリュウ)、
白色の花を咲かせる白花藤(シロバナフジ)などがあります。
野田藤は、花房が長くたくさんの花がつき、つるが右巻きです。
山藤も野田藤とよく似ていますが、花房が短く、つるが左巻きです。
■藤色は高貴な色
藤にはうす紫色や白色、淡紅色、濃紫色などの種類がありますが、
やはり代表的なのは、ずばりその名がついた「藤色(ふじいろ)」で、
藤の花のような淡い青みのある紫色のことです。
平安時代から綿々と女性の着物の色として好まれ、
表は淡紫で裏が青、表は紫で裏が薄紫など、襲(かさね)の色目としても愛用されました。
派生した色名には、「藤紫」「藤鼠」「大正藤」などがあります。
■藤原氏と藤紋
藤は長寿で繁殖力が強いため、めでたい植物とされ、家紋にも多く使われ、
五大紋(藤紋、桐紋、鷹の羽紋、木瓜紋、片喰紋)のひとつとされています。
奈良・平安・鎌倉時代と栄華を極めた藤原氏は、その氏にちなみ、藤花の宴を頻繁に催し、
衣服の文様としても藤の意匠を取り入れ、
やがて家紋として「藤紋」(丸に下り藤)を用いるようになったといわれています。
ただし、藤原氏本流の中での使用は多くなく、
室町時代に藤原氏から分かれた武士たちが藤紋を使ったことや、
人々が栄華を極めた藤原氏にあやかりたいと藤紋を使用したことなどによって、
全国に広まっていったと考えられています。
バリエーションも多く、約百五十種もの藤紋があるそうです。
■藤娘
藤は、伝統芸能の中でも美しい演目のひとつとなっています。
江戸時代、近江の国・大津(現在の滋賀県大津市)で描かれた
「大津絵」という民俗絵画の画題のひとつが「藤娘」。
黒の塗り笠に藤づくしの衣装で、藤の花枝を肩にのせた美しい娘姿が描かれています。
大津絵は、東海道を旅する人々の土産物や護符として人気があり、
大津絵の画題から取った唄や踊りも生まれました。歌舞伎の藤娘は、
大津絵の中から藤娘が現われて舞い踊るという演目ですが、
昭和に入って六代目尾上菊五郎が、
藤の精が娘姿で舞い踊るという新演出で人気を博し、
今日でも人気の演目のひとつとなっています。