大江戸物語#鍵屋のお仙 | 春夏秋冬✦浪漫百景

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歌と画像で綴る心ときめく東京千夜一夜物語

江戸時代に江戸中の男性を夢中にさせた女性がいました。その名は「お仙」。

現代のトップアイドル顔負けの人気を誇ったお仙とはどんな女性だったのかご紹介します。

 

水茶屋で働く仕事中のお仙。男性客がガン見してます(鈴木春信 画)

あそこの茶屋には美少女がいるらしい

笠森お仙は江戸時代中期を生きた実在の女性です。
江戸は谷中にあった笠森稲荷門前の

「鍵屋」という水茶屋(今でいう喫茶店みたいなもの)で働いていました。
今っぽく表現すれば「美人すぎるウェイトレス」というところでしょうか、

お仙は、同時代に美人と評判となった浅草寺奥山の楊枝屋「柳屋」の柳屋お藤、

二十軒茶屋の水茶屋「蔦屋」の蔦屋およしとともに「明和三美人」と呼ばれました。

お仙は12歳頃から家業の水茶屋で、

ウェイトレス(茶汲み女)として働くようになったそうですが、

当時から美少女だったお仙、たちまち

「鍵屋とかいう茶屋で働いている女の子、めっちゃかわいくない?」

とお客さんの間で話題になったんだとか。

お仙がどれくらい美人だったかについては、

江戸時代マルチ文人にして御家人の大田南畝がこう書いています。

以下、超訳。
 

「鍵屋のお仙という娘は生まれながらの美人で、スッピンでも超美人。

お客は茶を飲んでも気もそぞろで、ヨダレ流してお仙に見とれてる」


今時の「美人すぎる○○」は場合によっては反応に困る場合もありますが、

お仙の場合は正真正銘の美人だったようです。

しかも接客態度もよかったそうなので、当然ながら人気はうなぎのぼりでした。

現代のトップアイドル顔負けの人気を誇ったお仙とは、

どんな女性だったのかご紹介します。

 

人気浮世絵師の美人画モデルとなり人気大爆発

当時、浮世絵は今でいうブロマイド的な役割もしていましたから、

そんな美人すぎるウェイトレス・お仙の評判は口コミでじわじわと広がり、

当時の人気絵師・鈴木春信の耳にも届いたのか、

春信はお仙をモデルに多くの美人画を描きます。

春信の描く美人画は、折れそうなほど細い手足と柳腰の儚げな美しさが特徴なのですが、

これがお仙の可憐さとベストマッチ。

お仙を描いた浮世絵はさながらアイドルのブロマイドのようなもの。

お仙の浮世絵が江戸市中に出回ると、

「なにこの美少女! え!? 鍵屋ってとこで働いんの? 

今から行くわ」という具合に浮世絵を介してお仙ファンが激増し、

鍵屋にはお仙を一目見ようとお客が殺到しました。

ではここで、鈴木春信によるいろんなお仙を一挙にご紹介。
まず、一生懸命働いているお仙ちゃん。

画像中央にいるのがお仙です。

 

次、ナンパされるお仙ちゃん。

 

次はライバル対決なお仙ちゃん。

鍵屋に来店したのはなんとお仙と同じく「明和三美人」と評判をとった柳屋のお藤。

ちなみに春信はお藤もたくさん描いています。

そんなお藤にお茶を出すお仙ちゃん。

2人の間には見えない火花が散っている気がします。

 

次は猫と戯れる無邪気なお仙ちゃん。

この男性客はお仙の気をひくために猫を連れてきたに違いない。

 

次は特別サービスなお仙ちゃん。

三味線を持っているのは女性ではなく男性です。

男性客の髪をといてあげているお仙。

この絵が出たあと、

絶対、「あのぅ、ボクの髪もお願いしたいんだけど(チラ)」って客が続出したはず。

お仙にしたら迷惑だったでしょう。

次はある意味、大サービスなお仙ちゃん。

お団子を持つお仙の絵なのですが、

風でまくれてしまった裾からのぞく真っ白で華奢な足がまぶしい。

しかもよく見ると、夏用の着物なのか腕がスケスケ。

鈴木春信はたくさんの春画を描いていますので、チラリズムはお手のもの。

でも、これもお仙にしたらいい迷惑だったでしょう。

と、まぁ、こんな感じでいろんなパターンのお仙を春信は描きまくりました。

春信自身がファンだったんでしょうね。

 

 鈴木春信の浮世絵効果もあり、お仙の人気は一世を風靡するほど高まりました。

お仙が働く「鍵屋」もその人気に便乗し、なんとお仙ちゃんグッズを売り出します。
 ブロマイド(浮世絵)をはじめ、双六や手ぬぐい、

はてには人形までつくられたんだとか。

アイドルのフィギアみたいな感じです。そう考えると、

江戸時代にもドルオタはいたに違いない。

それにしても、鍵屋はなかなか商売上手ですね。

 

人気絶頂のなか突然消えたお仙ちゃんの行方は!?

お仙が20歳くらいの頃、ある日突然、鍵屋からお仙の姿が消えました。
人気絶頂のスーパーアイドルが急に消えたんですから、江戸中は大騒ぎ。

「お仙ちゃん、今日はいるかな?」と鍵屋に行ってみれば、

店先にいるのはお仙ちゃんの老父だけ。

 

 様々な憶測が飛び交いましたが、

お仙は結婚して、お店を辞めていたのです。
スーパーアイドルを嫁にできた幸せ者は、なんと武士。

しかも、笠森稲荷の地主なので金持ち。記録にはないけどイケメンに違いない。

男性の名は倉地甚左衛門というのですが、

就いていた役職が特殊なだけにお仙との結婚も秘密裏に行われたと思われます。

甚左衛門の役職というのが「御庭番(おにわばん)」というもの。

 

 御庭番は、表向きには大奥など奥向きの警備が仕事なのですが、

時には将軍の密命を受け諜報活動をすることもありました。

御庭番=忍者・スパイというイメージがあるのはこのためです。
 任務の特殊性から外部との接触がほとんどなかったといわれる御庭番のところへ

嫁ぐわけですから、お仙の結婚もひっそり行われ、

結果、お仙が急に姿を消したように見えたのでしょう。
 余談ですが、

武家に町娘が嫁ぐのは「身分違い」のため表向きはNGでしたが裏ワザがありました。

形式的なものではありますが武家の養女に一旦なり、

「武家同士の結婚」という形にしてから結婚するのです。お仙もこのスタイル。

さて、お仙のその後。

詳細については不明ですが、お仙は幸せな結婚生活を送ったようで、

9人もの子宝に恵まれ、

77歳という当時にあっては長寿を全うしました。

ウェイトレスからスーパーアイドルとなり、

最後はひとりの女性として幸せに生きたお仙。

まるで少女漫画のようなお仙の墓は、

東京都中野区上高田にある正見寺の墓地にひっそりとあります。

 

もし、江戸時代にタイムスリップできるのなら、

ぜひ鍵屋へ行ってお仙ちゃんにお茶を運んでもらいたいものです。

そしてお土産にはお仙グッズを購入したいと思います(笑)