昔から3Kといわれる職業。

今いくら就職難でも、これらの仕事には就きたくないと多くのものが敬遠する。

日本では、昔から外国人労働者などに押し付けてきた仕事の3K。

大山総裁はこのように仰っておられた。

「3K? きつい、汚い、危険だと?!

若い頃、私が好きだった事ばかりだ!」

何を目的とし、何を望み生きるか?

その上で自分にとって仕事とは何か?なぜ仕事をするか?

マズローの欲求段階説でいう、自我の欲求を超えた、

最高の欲求段階(成功欲求)である自己実現を追い求めた人生を歩んでこられた大山総裁ならではの言葉と感じました。



「武」という字は戈を止めると書き、本来の意味は「戦闘を止める」つまり平和を意味する字である。

武士は常に刀(技)を磨き、抜けば必ず斬れるが、常に刀は鞘に収めて決して抜かない。

抜かないところに侍の価値がある。

右手がダメになったら左手を使え。
手がダメになったら右足を使え。
右足がダメになったら左足を使え。
それがダメになったら頭を使えよ。
それでもダメだったら呪ってでも倒せ。
それが極真だよ 君―ッ。

決して諦めない!倒すと決めたら必ず倒す!出来る限りの力を使い、全力を尽くしきりそれでもなお、魂で負けるな!戦え!という勝負の世界で死力を尽くす極真魂。これこそ極真が最強といわしめた精神であると思います。

金を失うことは小さな事である。信用を失うことは大きいことである。勇気を失う事は己を失うことである。
「お金を失うことは小さな事である。あまりお金に執着するな。あまりお金に執着すると目がくらみ真実が見えなくなるんです。でも信用を失うことは大きな事だよ!人から信用される自分でなければいけません。それで、勇気を失うことは自分を失うことだよ!勇気は何からくるかというと、覇気だよ!覇気がないと勇気が湧いてこないよ!そのためにはまず何よりも健康でなくてはいけません。健康が一番!」

大山総裁が親交しておられた、宮本武蔵の作家である吉川英治先生の言葉で、大山総裁もよく言われた「我以外皆師也」。自分以外のすべての人は、何かを教えてくれる師であるという考え。自分に影響を与えるすべての事に対して、ありがたく接する姿勢が自分自身を成長させてくれる糧となるということを、諭した言葉であると思います。

一、武の道は礼に始まり礼に終わる よって常に礼を正しくすべし

二、武の道の深求は断崖をよじ登るがごとし 休むことなく精進すべし

三、武の道においてはすべてに先手あり しかれども私闘なし

四、武の道においても金銭は貴いものなり しかれども執着すべからず

五、武の道は姿なり 何事においても常に姿を正しくすべし

六、武の道においては千日を初心とし、万日の稽古をもって極みとす

七、武の道における自己反省は、常に練達への機会なり

八、武の道は宇のためにあるものなり 修練にて私心を忘れるべし

九、武の道においては点を起とし、円を終とす 線はこれに付随するものなり

十、武の道において真の極意は体験にあり よって体験を恐れるべからず

十一、武の道において信頼と感謝は 常に豊かなる収穫を得ることを忘るべからず

一. 吾々は心身を錬磨し確固不抜の心技を極めること
一. 吾々は武の神髄を極め機に発し感に敏なること
一. 吾々は質実剛健を以て克己の精神を涵養すること
一. 吾々は礼節を重んじ長上を敬し粗暴の振舞いを慎むこと
一. 吾々は神仏を尊び謙譲の美徳を忘れざること
一. 吾々は智性と体力とを向上させ事に臨んで過たざること
一. 吾々は生涯の修行を空手の道に通じ極真の道を全うすること

※総裁生前の極真会館から、分裂したすべての道場で受け継がれている道場訓で、すべての武道は、いずれも厳しい自己修練を課し、その奥義を極めることによって自己の人格形成、すなわち人間としての正しい道を極めることを目指すものです。極真空手は、この武道本来の意味を全うすることを本義に置いています。また直接打撃制、無差別による実践的空手を通し、相手の痛みを知ることによって、人間本来のやさしさを知るという理念も極真の信ずる道です。 (極真会館の歴史・極真の歴史より)

頭は低く目は高く、口謹んで心広く、孝を原点とし他を益す

「頭をいつも擡げるなよ!威張るな!強くなればなるほど、偉くなればなるほどいつも頭を低く下げろ!その代わり目だけはいつも高ーくもてよ!目標は一番高く持て!そうして口は謹んで心は広く!小さいことでいちいち怒るな!そして孝というのはまず第一に親孝行だよ!それで他を益すは社会に貢献しなくちゃいけない。親孝行出来る人が師に対しても国に対しても忠誠を尽くすんだ!自分の国を愛せなきゃ誰が自分の国を愛してくれるんだ!」

と生前大山総裁が仰っておられた。今は亡き大山総裁の強く大きく優しい言葉に、私は単純に大山総裁をもっと知りたいと興味を持ち、書籍をあさって読み始めたと同時に、約10年間ほとんど運動していなかった自分の身体が心配になっていたこともあり、極真空手の門をくぐることになった。

新極真会に入門して初稽古。
昔の身体のつもりで、つい夢中で稽古に打ち込む。
後半、もう両腕が上がらない。突けない。足が重く上がらない(チョー硬いし,,,)。蹴れない。息が上がってきた。こんなくらいで情けない。
自分の体力の衰えを実感。
これでも、年齢の割には動けるほうだと思っていた自分が、実はこんなに動けなかったとまざまざと思い知らされた日となりました。
本当に情けなくショックであった。