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高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。



 わかってくれる人もそうでない人もしばらく続けて行くので読んでもらえれば嬉しいです。

最初に《ブログ》というものが《日記》だという事を読んでくれる人には解ってもらいたいです。


 私は昭和27年の7月16日に生まれました。

場所は鎌倉の『龍ノ口』というところです。

私の名前は横浜で不動産業を永く経営していた叔父が付けてくれた様です。

私の父は『オマエの名前はオレが付けたんだ!』と言ってましたが、叔父は自分だと言います。


大人になった頃、自分なりに名付け親論争に決着をつけました。


叔父は私が産まれた鎌倉の『龍ノ口』氏神が白竜、飛行士の父が最も愛着を持っていた機種が《飛龍》なんやかんやと『龍』に縁がある私に、龍を司る子だと言う思いから『龍司』という名前を思いつき、弟である私の父に伝えたようです。


可愛い我が子の名前をもらい、私の父は役場に向かいました。


出生届けを出すためです。


ところが、ここで私の父は

何を思ったのか『龍司』という名前から『司』を取ってしまったんです。


私は髙田龍になりました。

日本が戦後の混乱から、やっと落ち着きを取り戻し始めた頃だったように思います。


私の物語の始まりです。

次回も子供の頃が綴られます。そして私が本当は何をやりたかったのかを、探し出そうと思います。