『市長、素晴らしい景色ですねぇ』
市長の立つ後ろのカーテンが左右に開き始め、
その出来た隙間から光は室内に射し込んでくる。
カーテンは更に開いて、光は益々部屋を満たす。
カーテンが開ききった時、海に面した側の殆どを占めている窓は巨大なスクリーンに変わっていた。
それを見て冒頭の言葉が、防人勇人の口から漏れたのだ。
彼は、しばらくの間その絵画のような風景に眼を奪われていた。
沖合から波を蹴立てて港に戻って来る何隻かの漁船、水平線の辺りを行く貨物船、空高く太陽に向かって水鳥が数羽、それらのすべてが見事に調和して一枚の絵画のようになっていた。
防人はつくづく平和だということを感じていた。
『防人君、そろそろ話を始めようか』
市長の言葉に防人は我に返った。
『そうですね市長、で今日の本題は』
『実はね対応に困っていることが起きてね』
市長は言葉を選びながら一週間ほど前にこの街に起きた出来事を話し始めるのだった。
ことの発端は市役所に掛かって来た一本の電話だ。
電話の主は東京で法律事務所を持つ神崎という弁護士で、彼が顧問を務める企業の代表者がこの街の出身者だと言うことだった。
この街の出身だと言う代表者は、かつてこの街がいくつかの村だった頃、そのうちの一つの村に生まれたと言う。
漁業が生業の中心だった村の中でその父親は網元の船に乗って漁をし、母親は波止場で魚やその他の収穫物の収集や梱包をして生計を立てていた。
この街出身だと言う男の姓名は神沼眞一と言う。
その顧問弁護士の話を要約すると、神沼眞一なる人物は苦労してこの街の高校を卒業し東京の企業に就職する。
その後、どういう経路で今の地位を築いたのかは、その顧問弁護士も知らないのか、言わないのかその時の電話では語られなかったがとにかく、創業三十周年を迎える会社を創業者として記念すべきことで飾りたい。
何をすれば良いのか検討した結果、自分の人格を創り上げてくれた故郷に何かを残す事が、一番良いと考えが決まり、此処にとって何をすることが一番の地域貢献になるかを、現在は市になったこの街の市長をはじめ主だった人達と話し合いたいという内容のものだった。
先方からの提案としては、観光地としての受け皿になる建物を建ててはどうかと言う意見が出ていると言う。
防人勇人は、こんな良い話しがあるのか、ここが観光地化されれば、国内はもとより、海外からも観光客が見込める。
そうなれば、税収も上がるこの街に人の流れが出来れば、それを見越した店舗、宿泊施設などが必要になる。
今は思いつかない様な事業や箱物が必要になるだろう、その全部が、そこで働く労働力を必要とする。
そうすれば、この街が抱える悩み事の大半は解消する。
今朝久方ぶりに見た海岸の美しさ、市長室から見える風景それが多くの人達の、賞賛を浴びるようになる。
防人には明るい未来が見えてくるのだった。
しかし、向かいに座る市長の顔からはそんな素振りは見えない、むしろ最初に言っていた通り、厄介な出来事が起きて困っているという表情である。
対応に困る、いったい何が困るというのだろう。
防人にはまったく解らない
ことだった。