『コスナーさんの思い出』〜理由なき戦争 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

月日は流れて行きました


戦争が終わったあと


世界は急ぎ足で


変わって行きました


政治


科学


芸術


そしてあらゆる文化が


変わっていきました



抑えつけれていた


人々の心が


新しい流れを求め


新しい世界を


創り始めたのです


時代が変わったんです



世界の人々が


平和を求め


平和を築いて行きました


その新しい世界の中で


コスナーさんは


立派な青年に


成長していきました


彼は


大学生になって


素敵な恋人も出来て


学生生活は


楽しく過ぎて行きました


そして卒業


社会に出たコスナーさんは


父親の亡くなったあと


ひとりで


子供達を育ててくれた


母親に


安心出来る生活をと


頑張りました


その母親は


すっかり歳をとって


息子達の成長だけを


楽しみに暮らしていました


やがて


コスナーさんは


大学時代の恋人


スーザンと結婚します


ブロンドの長い髪と


深い海のような


蒼い瞳の


美しい女性です


ビジネスマンとして


優秀なコスナーさんは


積極的に仕事をこなし


コスナー家の


幸せな日々は


過ぎて行きました




スーザンとの間に


赤ん坊が産まれます


可愛い男の児でした


二人は


この国の若き指導者に


因んで


ジョンと名付けました


コスナーさんを中心に



新しい家族が


創られていったのです




ジョンが三歳になった頃


スーザンのお腹の中に


新しい生命が宿りました


コスナーさんの喜ぶ顔が


眼に浮かびます





ある夜のこと


パチパチと音を立てる


暖炉の火を見詰めながら



コスナーさんのお母さんが


呟きました


『ほんとにこんなに幸せでいいんだろうかね、私時々そんなことを考えてしまうの、ジョンや生まれてくる子供には、私達のような思いはさせたくないの、絶対に』 


『大丈夫だよ母さん、そんなことありえないよ、安心して』


コスナーさんは


そう言って


母親を安心させました



その夜の


母親の心配は


一年ほど経って


現実のものになりました



この国は


また戦争に


手を染めてしまったのです



今度の戦争は


この国の


自由や平和を護るための


ものなんかではありません


なんの理由が


あったんでしょう


この戦争に関わる


正統な理由など


はじめから


持ってはいなかったんです


そんな戦争のために


何百万という若者が


海を越えて


戦場へと


駆り出されたのです


コスナーさんも


その中の一人でした



『スーザン、ジョンや母さんのこと頼んだよ、なにより君のお腹の子供のために身体を大事にしてくれ』


スーザンは応えます


『私達の事は大丈夫よ心配無いは、あなたこそ身体を大切にして、そして必ず生きて帰って来て・・・』


もうそれ以上は


言葉になりません


スーザンはコスナーさんの


胸に顔をうずめて


夜が明けるまで


泣き続けました。


朝になれば


愛する夫は


戦場に



行ってしまうのです




別離の朝が


やって来ました


朝靄の中


コスナーさんは


家を後にします



彼の頬に


一筋の涙が


光っていた事を


道往く人は


誰一人


気がつく事はありません 


軍服姿の


コスナーさんは


あの日の


お父さんの姿に


そっくりだった事でしょう



やがて戦場に到着


そこでコスナーさんは



この世の地獄を


見ることになるのです


ジャングルを


掻き分けながら


戦闘は続きます


至る所に


敵の罠が仕掛けられ


コスナーさん達の


前進を阻みます



空には


巨大な爆撃機が


何百機も


編隊を組んで


雨のように


爆弾を投下します



海からは


戦艦が


一斉に陸地に向けて

 

大砲を撃ち込み


沖合の航空母艦から


空を埋め尽くすほどの


戦闘機が


飛び立って行きました


この国が


この戦争で


爆撃をした回数は


三年間の間に


三十万回を超え


使われた爆弾は


八十六万トンにも


達したのです


すべてが


炎と血の色に染められた


地獄の戦場で


コスナーさんは戦いました


仲間が一人


また一人と死んでいきます


それでも屍の山を乗り越え


コスナーさんは進みました


たったひとりで


敵陣に突っ込み


勇敢に戦いました


コスナーさんの持つ


機関銃の銃身が


真っ赤に焼け爛れるほど


撃ち続けました


気がついた時には


コスナーさんの周りには


死体の山が出来ていました


そしてコスナーさん自身も


身体のあちこちに


深い傷を負ったのです




五万二千八百人という



民間人の生命を奪い



五万八千を超える


兵隊の犠牲を出し


コスナーさんの国は


いろいろと理由を揃え


この戦争から


手を退きました


戦争は


終わったのです



コスナーさんは



他の負傷兵達と一緒に


国に帰って来ました


スーザンや子供達が


待つ家に


地獄の戦場から


生きて帰って来たのです


コスナーさんは


身体の傷より


もっと深い傷を


心に負っていました



『お帰りなさい、あなた』


スーザンが


二年ぶりに見る


コスナーさんの姿は


変わり果てていました



頭や腕には


痛々しく


包帯が巻かれ


片方の膝が


曲がらないために車椅子に


座っていました


それでも


スーザンとの約束を守り


コスナーさんは


生きて帰って来たのです


それだけで


スーザンは満足でした


涙を堪えて


愛する夫を


力いっぱい抱きしめました


こうしてコスナーさんの


新しい生活は


始まったのです