『コスナーさんの思い出』再生の時 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。


妻との約束を守った


コスナーさんの


新しい生活は


幸せとは言えませんでした


身体の傷はすぐに治り


元通り歩くことも


出来ました


しかし


永い戦場での経験が


コスナーさんの心を


ボロボロにしていたのです


毎夜


悪夢にうなされ


薬やお酒の力を借りて


眠るようになりました



この国では


コスナーさんのような人が


数多く


いました


コスナーさんは


仕事も辞めてしまい


家の中に閉じこもって


しまったのです


スーザンは


献身的に


尽くしました


二歳になる


エディと


六歳になった


ジョンの


二人の子供を抱えて


街中にある


マーケットで働きながら


寝たきりの母親の


介護もしていました



クリスマスの夜の事です



年老いた


母親の容態が


急に悪くなりました


家族が


母親のベッドの周りを


取り囲み


心配そうに


モニカを見ています


その時でした


苦しそうな


息の中から


モニカは


コスナーさんに


語りかけました


『おまえはすっかり変わってしまった、どうしたと言うの、辛かったのは解るわ苦しかったでしょう、でもおまえの人生は、あの戦争で終わったわけじゃ無いわ、おまえには二人の掛け替えの無い子供がいるじゃない、それに何より大切なスーザンが居るわ』


モニカの息は


苦しそうです


『おまえには、生命をかけて守らなくてはならない、家族がいるのよ、あなたには明るい未来が待っているわ、しっかりしなさい』


母親のモニカは


そう言うと


静かに眼を閉じて


それ以上は


何も話すことは


ありませんでした



コスナーさんは


母親の痩せ細った


手をとって


話しかけました


『すまない母さん、僕はどうかしていたんだ、大丈夫だよ、もう大丈夫だ、母さんもう心配いらないよ』


黙ったままの


モニカの眼に


涙が一筋


その頬をつたって


いきました


母親の生命をかけた


呼びかけに


コスナーさんの心は


永い眠りから覚めたのです


そして


次の朝


モニカは


眠るように


息をひきとりました


寝室の窓から差し込む


朝陽に包まれて


波瀾に富んだ


八十五年の生涯でした