令和版『WJ』6 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。


2時間程の車中で、内田会長は私の話をずっと聞いていた。

当時のプロレス事情、新日本プロレスの状況、永島勝司氏の立場などを説明する私の話を、言葉を挟むこともなく。


会長を乗せた私のクルマが京王プラザ・ホテルの駐車場に到す着し、エンジンを切り、私がクルマから降りようとしたときだった。


助手席側から降りた内田会長は、クルマの屋根越しに私を見て『還暦間近で、まだ夢を追う。

素晴らしいことじゃないですか、そんな男の夢に力を貸せないようでは、俺達は詰まらない人間になっちゃうよ。永島さんの夢に乗りましょう!』 

永島勝司氏に会う前に、私達は駐車場で2000万円を出す事を決めてしまった。



ここから先は、2009年に書いたブログにはない。

今回初めて書いたものだ。


私は永島氏に聞きたいことがある。


あなたはまだ、私から2000万円の現金を借りたことを憶えていますか。

もうこれだけ時間が過ぎたので、あなたから現金が返って来るとは思ってはいない。

もしかすると、あなたは借りたことさえ忘れてしまっているかもしれない。

ただ、知っておいてもらいたい。

私が、自身の会社を経営難から閉じなければならなかった時、私は、あの金があればと何度思ったことか。

私の経営が悪化したのはもちろんあなたになんの責任もない。

それは、私の問題なのだから。

あなたと最後にあった日、あなたは私にこう言った。

『俺にどうしろって言うんだ。』

声を荒げ返済の催促をする私にあなたが返しできた言葉だ。

究極の逆ギレだと私は思っている。

あなたに迷惑をかけている、ナントカさんから電話を頂いたこともあった。

その人は、『永島さんに世話をしてもらった不動産の取引が成立したので、あと数日で金になるから、永島さんの債務は、私の方からお振り込みいたします。

だいたいこういう内容だった。

もちろん、その人からの振込はなかった。 

あちこちで嘘や出任せを言い続けて来た永島氏が、こんなことを憶えてはいないだろう。

なんでこんな作り話を考えだすのだろう。

私の娘は、英国留学を途中で断念して帰国した。

親としては、申し訳ない限りだった。

あの時に、あの金があったらと思ってしまう、私は小さい男なのだ。

もらうたびに、嫌なことを思い出してしまう、あなたからの暑中見舞と年賀状がある年から途絶えた。

あなたの考えを聴きたい。