2時間程の車中で、内田会長は私の話をずっと聞いていた。
当時のプロレス事情、新日本プロレスの状況、永島勝司氏の立場などを説明する私の話を、言葉を挟むこともなく。
会長を乗せた私のクルマが京王プラザ・ホテルの駐車場に到す着し、エンジンを切り、私がクルマから降りようとしたときだった。
助手席側から降りた内田会長は、クルマの屋根越しに私を見て『還暦間近で、まだ夢を追う。
素晴らしいことじゃないですか、そんな男の夢に力を貸せないようでは、俺達は詰まらない人間になっちゃうよ。永島さんの夢に乗りましょう!』
永島勝司氏に会う前に、私達は駐車場で2000万円を出す事を決めてしまった。
ここから先は、2009年に書いたブログにはない。
今回初めて書いたものだ。
私は永島氏に聞きたいことがある。
あなたはまだ、私から2000万円の現金を借りたことを憶えていますか。
もうこれだけ時間が過ぎたので、あなたから現金が返って来るとは思ってはいない。
もしかすると、あなたは借りたことさえ忘れてしまっているかもしれない。
ただ、知っておいてもらいたい。
私が、自身の会社を経営難から閉じなければならなかった時、私は、あの金があればと何度思ったことか。
私の経営が悪化したのはもちろんあなたになんの責任もない。
それは、私の問題なのだから。
あなたと最後にあった日、あなたは私にこう言った。
『俺にどうしろって言うんだ。』
声を荒げ返済の催促をする私にあなたが返しできた言葉だ。
究極の逆ギレだと私は思っている。
あなたに迷惑をかけている、ナントカさんから電話を頂いたこともあった。
その人は、『永島さんに世話をしてもらった不動産の取引が成立したので、あと数日で金になるから、永島さんの債務は、私の方からお振り込みいたします。
だいたいこういう内容だった。
もちろん、その人からの振込はなかった。
あちこちで嘘や出任せを言い続けて来た永島氏が、こんなことを憶えてはいないだろう。
なんでこんな作り話を考えだすのだろう。
私の娘は、英国留学を途中で断念して帰国した。
親としては、申し訳ない限りだった。
あの時に、あの金があったらと思ってしまう、私は小さい男なのだ。
もらうたびに、嫌なことを思い出してしまう、あなたからの暑中見舞と年賀状がある年から途絶えた。
あなたの考えを聴きたい。