令和版『WJ』5  | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

ここで、もう一度言っておこう。 

何故、私が今頃、『WJ』について書き残す気持ちになったのかを。 


団体が、事実上の崩壊を迎えた後、団体の内外から、崩壊にいたった理由が語られて来た。 

また、2chなどにもそれぞれ様々に書かれているようだ。 


ただ、戦犯を探し出すような事を続けても、WJ崩壊の要因を見つけ出すことは出来ないと思う。

更に、運営の中心的メンバーだった者達が自分を善意の第三者の位置に置いた上で、誰がどうだの、誰のせいでこうなった等の論評は的を射ていないどころか、醜いだけである。

皆が、頑張って居たことは間違いないのだ。

そして、その頑張りが足りなかったのだ。


私は、誰が被害者だったのかと云えば、それは純粋にWJを応援した人達だと思う。

利害の枠組みの外側で、エールを贈り続けてくれた人々が被害者なのだ。


福田社長でも永島専務でも長州力でも谷津嘉章でもない。 

もちろん、私でもない。

私を含む彼等は、誰もが何等かの被害を被っている。

だからと云って被害者だとは言えないだろう。

代表取締役や専務取締役が、自分を被害者だと言ってしまえば、加害者は存在しなくなる。

団体のエースがその団体の崩壊に関して、責任を放棄して被害者だなどと云えば、これはもう滑稽としか言いようがない。 


いかほどの原稿料が手に入るのか知らないが暴露話の様な物を書いたり、そのての本に話題を提供する元WJの首脳陣に名を連ねた人間に、自分が至らなかった事を謝罪し、自身の不徳を認めた上で、支援してくれた方々、ファンに話したいことが有るなら、それから話すべきだと思う。

それが出来ないなら、語るべきではない。


福田社長も沈黙しているし、長州力も何も語ろうとはしていない。

しかるに何故、永島勝司元専務や谷津嘉章は事実を曲げてまでWJ崩壊の顛末を語るのか、わたしには理解が出来ない。

私は、何年も前のプロレス団体の崩壊のいきさつなどが、人の興味を引くなどとは思わなかったが、最近なにかとWJの話題が、雑誌やネット上を賑わしていると知り、それならば本当の事を知って貰いたいと思ったのである。

福田社長の心の底も、長州力の苦悩も、永島氏に、無能なフロントと、著書の中で切り捨てられた若者達がどんな思いで毎日を送って居たのか、

事実を知りたいなら、真実を知って欲しい。

ベールの向こう側の真実には英雄もいなければ、悪人も居ない筈だ。

ただそこに居るのは、自分の弱さを克服出来ないでいる、心優しき人間の群れだけだろう。

それでは、また次回。