永島勝司氏の個人口座に印税の立て替え分の40万円を振り込んだのは、翌日の午前中だった。
振込みが完了したことを電話で伝えると、氏は大変喜んでくれ、先々の事をいろいろ相談したいと上機嫌で語っていた。
私は、力ない相槌をうっただけだった。
この人と仕事の話をするなら、酒の席は絶対に避けなくては為ら。
その人とは、かつて私が、代表をしていたプロレス団体、『レッスル夢ファクトリー』のスポンサーだった内田益三氏だ。
何を相談したかったのか。
それは、永島勝司氏に協力したいと云うことと、私の会社の株主でもある内田会長にも参画して貰えないかと云うことだった。
けして自分の背負う荷物を軽くしようなどと思った訳ではない。
内田会長は、かつて谷津義章のSPWFに一方ならぬ力添えをし、結果的に金銭的にも不愉快な思いをさせられ、その後はレッスル夢ファクトリーのスポンサーとして文字どおり私達をスポンサードしてくれた人である。
そしてその夢ファクの為に、多額の金を注ぎ込み、その金は回収される事も無かった。私が、今の事業に職を移してから、毎月50万円づつ、会社とは別に私の社長給の中から返済した金が、約5年間で3000万円位には為ったと思うが、会長が出した総額には及ばない。
感謝しても仕切れない私の人生の恩人である。
そんな内田会長に、少しでも、恩返しが出来ると私は思ってしまったのだが、今にして思えば、全くの見当違い、私は迷惑をかけた恩人に、迷惑の上塗りをしてしまった。
我ながら、馬鹿さ加減に呆れ返ってしまう。
何故、恩返しに成ると思ったのかと云えば、内田会長は、プロレス団体やレスラーに関わって、好い思いをした事が無かった。
金も、真心も大きく目減りさせていた。
永島勝司氏の構想では、ナガシマ企画を法人化したあと、団体を設立する。
その団体は、別法人にする。
そして、ナガシマ企画が団体の興行をプロデュースする。
グッズの販売等、付帯する事業の一切はナガシマ企画で取り仕切る。
別法人の団体に所属する選手は、長州力を始め、中西学、ライガー、川田利明、佐々木健介、越中詩郎、鈴木健想、まだまだ有名なレスラーの名前が出されているが、これも今に為っては虚しいだけなのでこのぐらいにしておこう。
法人登記をするにあたっては、社名は『リキナガシマ企画』にすると云う。
当時の私は、プロレス界に限定していえばと前置きした上で、これほどのチャンスは無いだろうと思った。
この事業に参画し、金を出すという事は、天下の長州力を擁する団体を動かせるという事なのだから、これはもう、乗るか反るかといえば、断然とは言えないまでも、乗るだろう。
私は、ありのままを、内田会長に伝えた。
内田会長は、『とにかく、永島さんと会いましょう!』
と言ったのである。
数日後、私の運転で内田会長と私は、永島勝司氏に会うために、京王プラザへ向かった。
この時の私達には、将来にこのような不愉快極まりない結末が待っているなどとは、夢にも思ってはいなかった。