昭和世代が紡いだ平成プロレス〜福田雅一 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

福田雅一の命日が過ぎた。

彼の体調が試合の最中に急変し、試合会場から救急車で病院に運ばれて直ぐに開頭手術が行われたという情報は、現在、ふるさとプロレスを主宰し、自身も《つぼ原人》というキャラでプロレスラーとして活躍する小坪からだった。

詳細を伝えて来たわけではない。

『福田、危ないらしいです。』

その一言で私の中で、彼が生死の境にあると思った。

多分、私は彼の電話で入院先を知り、直ぐに福田のもとに向かった。

辛い道のりだった。

不吉な想いが波状的に湧き上がってくる形容しがたい道のりだった。

何故、移動を車にしたのか、後になって悔やんだほど、福田雅一のいる場所は遠く、疲れ切った状態で彼が収容されている病院に到着。

病院内を駆け足で、受付で教えられた福田のいる病室に向かった。

病室の前でドアに手をかけようとした時、ドアが開いて私の前に、何度か会ったことのある福田の婚約者が立っていた。

彼女は、病室の外に用事があったらしく、会釈をしただけだった。

私は、中に入った。

薄暗い病室の中には、新日本プロレスの関係者だと思われるスーツ姿の青年と橋本真也がいた。

私は、特別名乗ることもしないで、軽く頭を下げてから福田のベッドに近づき、『マツキチ!来たぞッ。』と声をかけた。

ベッドの上の福田雅一は、返事はもとより身動きもしない。

頭を白い布でスッポリ覆われ、その上からネットを被せられていた。

あとで知ったことだが、福田の頭蓋骨は外されたままの状態だったようだ。

今は亡き橋本真也が、ずっと福田雅一の手を握り、腕をさすり続けていた。

その彼も鬼籍に入ってから久しい。

私は、病院のロビーで、橋本真也と少しだけ言葉を交わしてから、帰路についた。