昭和世代が紡いだ平成プロレス〜夢の欠片 2 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

   その場所が何処だったのか、残念なことに私は忘れてしまった。

今から22年も昔のことなので仕方ない、と言ってしまえば、それまでの事なのだが。

いろいろな事を忘れているくせに、変なことを憶えている。

Kさんが、紺色のスーツを着ていたこと。

私達は向き合って座らずに、カウンターに並んで腰を下ろしたこと。

プロレス業界の動向などについて、Kさんから質問があったと記憶しているが、その質問に私がどう答えたのかも、憶えてはいない。

43歳に成った私と、44歳のKさんの間に静かな時間が流れていた。

Kさんはポツリと呟いた。

『代表と髙田さんが二人三脚で頑張っている姿って、いい関係だなあと思って見ていたんですけどね。』

『すみません。』

そう言うしか言葉は見つからない。

芸能やスポーツの世界に身を置く人間には、その経済基盤を確立する手段のひとつに、スポンサーという立場の人間や組織からの援助というものがある。

正規の売上から得る収入のように表面には出て来ることは少ないが、運営側の依存度は低くはない。

要するに頼っているということだ。

この不確かなシステムは、ファンの人達が入場料を払って観戦することとは、似ているが非なのだ。

一般企業には、パトロンやスポンサーは存在しない。

正規の売上だけでは足りないとなれば、金融機関や投資家を頼ることになる。

彼等は、ファンではないから利潤を求める。

当然のことだ。

パトロンやスポンサーも見返りを求める場合がある。

当事者間の約束で、いろいろな形が出来る。

スポンサーも時代の流れで変化している。

投資家的な立場に近い位置づけになるスポンサーも多くなって、《スポンサー業》なる言葉も出来て来るのかも知れない。

要するに、《タニマチ》的な存在は少なく成った。

Kさんは、どちらかと言えばこの古いタイプのスポンサーなのだと思う。


それを、組し易いと思うのは、大きな間違いである。

見返りを求めないという人の思いは純粋だが、その純粋さは見返りを求めない分、信義を重んじる。

世話になる立場の人間は、この事を忘れてはいけない。

見返りを求める相手なら、ビジネスライクに話が出来るが、見返りを求めない人間は欲得ではないから、要求して来るものもない。

彼等が求める見返りがあるとすれば、援助した相手が《一生懸命》になっているかという事に尽きる。
言ってみれば、《誠意》を見せるか否かなのだ。

それが為されなければ、裏切りという事になる。

それに対するリアクションは、個々に違うと思うが、どちらにしろ、失望し、不信を持つこは間違いない。

他人の財布を好きにすることの責任が大きいことを忘れてはいけない。

Kさんの横に腰掛け彼の話を聞いていた私は、そんな事を考えていた。

『まあ、一人前の大人が決めた事ですから、もうとやかくは言いませんが、あなた自身にやり残した事や、無念な思いは無いんですか?諦めはつくんですか?』

私の中にやり残したことや無念な思いが有るのかなど、考えてもみなかった。

あの息の詰まる環境から離れる事ばかりを考えていただけだった。

やり残したことと言っても、SPWFは私の団体では無い。

私は、Kさんに言われて初めて自分の中にそんな思いがあるのかと考えてみた。

きっと、一瞬のことだったろう。

深い穴に落ちていくような感覚の底に、私の心があった。

後になって、私はこの時の感覚を《瞬間的熟慮》という造語で表現した。






〜こちらの更新はかなり滞っていますが、9月後半には、更新を再開しますので、ぜひ読んでみて下さい。〜小説  佳作座の消えた街