番外編 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

    六十五歳〜半世紀を超えた時間を私は生きている。
その時間が長いか短いかは、考え方によるが、此処まで来たのか、という思いもあれば、あっという間だったという見方も出来る。

ともかく、それだけの人生を歩いて来た。

そして、その中の一時期、プロレスという業界に身を置いていた訳だ。

さて、番外編などという大袈裟なタイトルを掲げた事の意味を話したいと思います。


私は今、この『ごまめの歯軋り』ともう一つ、『夢か現か』というブログを書いている。

なぜ二つなのか。

『こまめの歯軋り』には日々の生活の中で、見聞きしたもの、感じたものを思いつくままに書き、『夢か現か』では、小説を書かせてもらっている。

どちらも、大した閲覧数を記録している訳ではないが、愉しい。

私は、文章を書くことが好きだ。

世の中で起きている事について自分の所感を述べることが愉しいのだ。

小説の方は、難しいが、自分でストーリーを創ることが、やはり愉しい。

そして、私はブログにプロレスネタをほとんど書かない。

特別な意味がある訳ではない、と言いたいが、意味はある。

人生の一時期、時間は短くても命を懸けたと胸を張って言える時間だった。

それだけに、数え切れない想い出がある。

関心のある人なら喜んでいただけるような出来事はいくつもある。

でも、私は書かなかった。


 時折、このブログに書いたものもあるが、それは当たり障りの無いものだった。

知っている方も少ないと思うが、私は『レッスル夢ファクトリー』をたたんでから三年程で、『WJ』という団体の発足に関わった。

そして、この団体は様々な負の話題を発信しながらあっという間にプロレス界から消えて行った。

この団体の顚末を、自分の責任は全て棚上げにして都合のいい筋立てを作り上げマスコミに垂れ流した人間がいた。

『WJ』の為に純粋に頑張った人達もいた。

彼等は、歪曲された真実に、ペンや言葉で対抗することをしなかった。

結果、嘘を散りばめた事実が真実に成っていた。

私は、このブログの場所で反論を展開した。

プロレスファンの方達から有難いコメントも頂いた。

私は、正義の味方を気取りながら書き続けた。

そして、気がついてみると人の悪口ばかりを得意になって書いている自分に気がつき、愕然とした。

文章に嘘は書かなかったけれど、楽屋ネタを連発する不愉快なブログにしてしまった。
『WJ』の話題は、読んでくれていた方達には残念がられたりもしたが、唐突に打ち切った。

それ以来、プロレスの話題を極力書かないようにして来た。

今回、古い友人の勧めで、自分が人生の一時期、身を置いたプロレス業界について、書く事にした。

何故かと思われる方もいらっしゃると思うが、理由は簡単だ。

時間が経ったからだ。

時間が、心のササクレを鞣し、角を丸めてくれたからだ。

口惜しさや怒りは、時間の向こうに遠退き、楽しかった出来事や感動のエピソードが残ったのだ。

自分の関わった仕事や、身を置いた業界の事を貶したり侮辱することは、自分を否定することになると気付いたからだ。

懐かしい想い出、プロレス業界で出逢った愉快な人、健気な人、素晴らしい人達のことを書こうと思ったからだ。

この数日、私のブログのアクセスがいつもより何倍も多い。

読んでくれる人が増えることは嬉しい。

でも、私のブログに、ウラ事情やスキャンダラスな話題を期待している方がいるのなら、最初に御断りしておかなくてはならない。

私のブログに、ワクワクするような話題は有りません。ご了解下さい。


あるのは、プロレス村の冬の時代を生きた人々の悲喜こもごもの話です。

人間には、隠されたものを知りたいという思いがありますが、秘密が暴かれた時に何が残るかが重要ではないでしょうか。

知りたかった事を知った後に、心が暖かくなれないのならば、知らないままの方が良いと私は思うのです。

どうぞ、ご理解下さい。

そして、改めてこれから宜しくお願い致します。





こちらの方も宜しくお願い致します。
文中に書いた『夢か現か』です。