昭和世代が紡いだ平成プロレス〜序の四 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

    私の勤めていた会社の社長の友人だったプロレスラーとの交流は次第に深まった。

そんなある日のこと。

彼は、自分が計画しているプロレス団体の構想を私に話してくれた。

彼の構想自体にも驚かされたが、そんな大事な事を私に話す彼に驚いた。

内容自体は、確かにプロレス業界に一石を投じるようなユニークなものだった。

《画期的》と書きたいところを、あえて《ユニーク》としたのには、訳がある。

業界から反発を喰らうだろうと思ったのと、私個人として賛同出来るものではなかったからだ。

それでも当時は、私に関係のない事なので、意見を言うべきではないし、言わなかった。


彼の新団体構想は、概ねこの様なものだった。

所属選手は、原則として置かない。

これだけで、????となる。

さらに、組織構成は、1部リーグ、2部リーグ、3部リーグで構成れる。

各リーグに所属するメンバーは会員と呼ぶ。

1部リーグには、プロレス界でプロレスラーとして認知されている選手が所属する。

2部リーグの会員は1部リーグ所属の会員に準じた能力を有すること、のような規定を設けた。

3部リーグは、プロレスが好きなら誰でも良い、という広い間口を設けた。

さらに、男女の区別も取り払った。


団体名は、『社会人プロレス連盟』。

名称にも驚かされたが、何から何までプロレスの既成概念を打ち破ったものだった。

Social Professional Wrestling Federation

英語にすればこうなるところから、《SPWF》という略称となった。


この名称に対しての当時の私の印象は、ただ『変な名前』っていう感じだった。

この団体がプロレス界に登場した時、業界の人間、プロレスファンの両者共に、当時の私の印象とあまり変わらなかったのではないだろうか。

まぁ、風変わりな名前だった事は確かだ。

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ちなみに、この『人』の文字は私の書いたものだ。



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