今日の夕空は鎮魂歌〜レクイエム。 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

   
六月の二十二日に投稿したブログの中で、各地で確認されたピンク色に見える夕焼け空のことを書いた。

{0F866CB7-14B5-4B4C-AF66-74C551A54CFC}

翌日のテレビでも話題になっていたくらいだから、かなりの範囲で確認されたのだと思う。

この写真は、その二日後の日没頃のもの。

やはり夕焼けはピンク色だった。

きっと、小林麻央という短くも崇高な人生を昇華させた女性へ、天が奏でるレクイエムなのかもしれない。

そんな気持ちにさせる、空だった。


なんであれ、若い人の早すぎる死は、私のような人間には、肩身が狭い。

月並みな言葉になってしまうけれど、代われるものなら、と思ってしまう。

死は、誰もが逃がれられないもの。

人は、生きる為に生まれて、それを全うして人生を終える。

生きることを全うしたとは言えないような死は、周囲の人達は受け入れることが出来ないのだ。

生きるということは、素晴らしい。

生きるということは、壮絶だ。

生きるということは、残酷だ。

生きるということは、荘厳だ。

名もない人の一生であっても、著名な人の一生であっても、そのことに違いはない。

遠い昔、こんな言葉を遺した聖哲がいる。

《人身は受け難し、草の上の露、爪上の土》

人間として生まれることの確率は僅かしかない。

まるで、草の上に溜まった朝露や、爪の先に乗った土のように不確かでわずかなもの。

そんな希少な人生なら、無駄に生きてはいけない。

生きられなかった人への鎮魂の思いで、今生きている私達は、精一杯生き抜かなくてはいけない。 

それが残った人間の使命だと、私は思っている。

あとどれだけの時間が、私に有るのかは知ることは出来ないが、悔いなく生き抜いて行こうと決意した。





《佳作座》の消えた街