六月の二十二日に投稿したブログの中で、各地で確認されたピンク色に見える夕焼け空のことを書いた。
翌日のテレビでも話題になっていたくらいだから、かなりの範囲で確認されたのだと思う。
この写真は、その二日後の日没頃のもの。
やはり夕焼けはピンク色だった。
きっと、小林麻央という短くも崇高な人生を昇華させた女性へ、天が奏でるレクイエムなのかもしれない。
そんな気持ちにさせる、空だった。
なんであれ、若い人の早すぎる死は、私のような人間には、肩身が狭い。
月並みな言葉になってしまうけれど、代われるものなら、と思ってしまう。
死は、誰もが逃がれられないもの。
人は、生きる為に生まれて、それを全うして人生を終える。
生きることを全うしたとは言えないような死は、周囲の人達は受け入れることが出来ないのだ。
生きるということは、素晴らしい。
生きるということは、壮絶だ。
生きるということは、残酷だ。
生きるということは、荘厳だ。
名もない人の一生であっても、著名な人の一生であっても、そのことに違いはない。
遠い昔、こんな言葉を遺した聖哲がいる。
《人身は受け難し、草の上の露、爪上の土》
人間として生まれることの確率は僅かしかない。
まるで、草の上に溜まった朝露や、爪の先に乗った土のように不確かでわずかなもの。
そんな希少な人生なら、無駄に生きてはいけない。
生きられなかった人への鎮魂の思いで、今生きている私達は、精一杯生き抜かなくてはいけない。
それが残った人間の使命だと、私は思っている。
あとどれだけの時間が、私に有るのかは知ることは出来ないが、悔いなく生き抜いて行こうと決意した。
《佳作座》の消えた街
