白菜の見える風景。 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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テレビの画面に映し出される人工衛星を打ち上げることになっているロケットをお掛け観ているとどうしても、考えてしまうことがある。

この1発でいったい何人の国民が飢えを凌げるのだろうかと。

何年か前に、中朝国境から北朝鮮の風景を望遠で撮っている映像を観た事がある。

内容的にテレビの映像ではなかったと思うが、記憶はない。

『長閑な』とは言えない、貧しさの伝わってくる、撮影した季節は判らないが、寒々しい風景だった。

その風景の中に、何人かの男女が見える。

傾いた小屋も見える。

河が流れている。

そして、男がひとり、女に近づく。

何を話しているのか判らないが、二人は言葉を交わしている。

男は、白菜のような葉物野菜を手にしている。

男の持つ、葉物野菜は女の手にわたる。

女は、その野菜を持って小屋の中へと消える。

男は、立ったままだ。

しばらくして、小屋から姿を現した女が、手招きするような仕草をしながら、男に声をかけている。

二人の表情は判らない。

男は、女に近づく。

二人は小屋の中へ消える。

貧しい風景の中にいる他の人達は、二人のことを気に留める様子もない。

時間の止まったような風景の映像が続く。

編集がされているのだろうが、五分程度が過ぎた頃に男が小屋から出て来る。

ズボンにシャツを押込み、ベルトを締め直しながら、足早に、その場を離れていく。

女が小屋から出て来て、河の水辺りに近づくとしゃがみ込んで、股間を洗っている。

男は振り向くこともない。

女が男を見ることもない。

この二人には、深い人間関係がある様には見えない。
それでも、二人が小屋の中で何をしていたのかは、容易に想像がついた。

女は、一個の白菜を得るために身体を売ったのだろう。

女は、たった一個の白菜で飢えを凌ぐために。

やりきれない思いが胸に拡がった。

悲し過ぎる風景だった。

彼等が、馬鹿げた軍備のための浪費をやめるだけで、あの映像の中の男女のようなことはなくなるのだ。

 それだけではない、数多くの命が救われるのだ。