謹賀新年 | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

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新年、明けましておめでとう御座います。
2016年が始まりました。

私は、六十歳の還暦の時から、最後の10年計画を立てました。

70歳までの10年間に自分の《生きた証》を遺す事です。

そう決めた時には、具体的な事は何も決まっていませんでした。

私の《生きた証》は何にしようかと考えている内に、もう3年が過ぎてしまった、という訳です。

正確には、あと7ヶ月で4年です。

早いなあ、と言うのが正直な気持ちです。

最初の3年間には残念なことに《生きた証》を見つけ出すことは出来ませんでした。

もう一度、経営者として復活することを決意し、さて業種は何にしようか。

はじめは、そういう思いでいました。

しばらくして、心の奥に《?》が芽吹きました。

人の一生にとって、《生きた証》を遺すということはどういうことだろうと考えるようになりました。

ある女性の体験談を聞いて、その思いはいっそう強くなりました。

その女性は、50代後半の童話作家、さほど苦労もなく青春時代を送り、やがて結婚、出産。

人生の歯車が狂い始めたのは二人目の子供を出産した時からでした。

重複障害児でした。

その重度の障害のある赤ん坊を育てる母親としての壮絶な人生が始まったのです。

彼女の夢も希望も、その子供を介護することに消し去られてしまいました。

悲嘆や失望など感じる余裕もないほど、現実との戦いの毎日でした。

さらに、運命は彼女に追い討ちの試練を与えます。

故郷に暮らす母親が、痴呆と鬱を同時に患うことに。

重複障害の娘の面倒だけで四苦八苦していた彼女にとってはどうする事も出来ない。

悩みに悩んだ末に彼女は決断しました。

障害のある娘と長男と夫ともに両親の待つ故郷へ。

夫のことも、まだ10歳にもならない長男のことも構うことも出来ない日々が続いていきました。

大人になった彼女の長男は当時を振り返りこう言います。

『僕は、3歳で泣くのをやめた。どんなに泣いても母は僕のところには来てくれない。』


家族全員が被害者でした。


そんな中でも痴呆の母を、彼女独自の方法で励まし続けました。

ある日、彼女の心に変化が起こります。

『私は、何のために生きて来たのだろう。
私は、幸せだった過去ばかりを懐かしんでいる。
現実を怨み、過去に帰りたい、そればかりを願っているだけだ。私が、持っていた、叶えたかった夢は何処にいったのだろうか。』

彼女の心の変化は、やがて奇跡を起こします。

自宅での介護も出来ないほどの痴呆と鬱を同時に患っていた彼女の母親は、施設から通っていた精神科の医師に《鬱は、治りました》と伝えられました。

そればかりか、痴呆さえも完治したのです。

そして、彼女自身も若い時からの夢への挑戦を再開し始めました。

そして、夢を叶えます。

母親を激励するために続けていた愉快なことを書きマンガを添えて、毎日送ったハガキ。

通算すると10年以上も続いたそうです。

そのハガキの内容が、編集者の目に止まり、彼女は作家としてデビューします。

さらに痴呆の治った母親は、娘の作家デビューに刺激を受けて、自分の生きて来た人生を書きまとめました。

それが出版されて、彼女の母親は78歳で作家デビューしたのです。

今は、彼女の長男も、米国で障害者のための学校で教師として働いています。

彼女の願った通りの人生を、彼女は今送っています。

この女性の話を聞いた事で、私の《生きた証》は見つかりました。 

6歳の時に、ある職業に就きたいと思いました。

それ以来、やりたいと思って始めた仕事は有りません。

そのことを周囲にも話して来ました。

私のその話を聞いた人達はお世辞を含めて皆さんこう言います。

《今からでも、やればいいじゃないですか。あなたならやれますよ。》


耳に心地よく響く言葉でした。

でも、現実には無理なことだと自分が一番判っていました。

この女性の体験談を知るまでは。

私は今、10年計画の4年を過ぎて、はっきりと自覚しています。

私の《生きた証》とは、私がやりたかった事を実現するために、生きることだという事です。

この女性の体験談の前に、何ひとつ言い訳なんか通用しないと思いました。

そして、勇気を持って強く決意して前進した時、奇跡と呼ばれるような夢の実現は可能だと感じられるました。

《思った》のではなく、《感じ》だのです。


出来ない理由を積み上げて、賢い人間だと勘違いしたり、出来ない理由を受け入れて諦めたりしない。

自分に正直な生き方をすることだと決めました。

思ったのではなく、決めたのです。

《思うこと》と《決める》ことの違いが判ったからです。

私を信じてくれている全ての人と私自身のために、私は新たな覚悟で進んで行きます。

新年早々の『ごまめの歯軋り』を読んで下さってありがとうございます。

本年もよろしくお願い致します。