止める勇気を | 高田龍の《夢の途中》

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。

  世界は、テロの恐怖が吹き荒れ、国内を見れば、身勝手なサイコパス野郎の殺人が続いている。
昨日は、イスラム国の悪魔の所業について書いている内に、腹が立って腹が立っ仕方なくなってしまい、文章にならなくなってしまい、訳のわからない内容になってしまった。

今朝も、テレビ各局はテロについての放映をしている。
一時の感情の昂りから武力で相手を制圧したとしても、それはテロを根絶やしにすることにはならないだろう。

殴られた恨みを、拳に込めてやり返して、相手に自分が受けたダメージの倍の被害を与えても、傷が治れば、また準備を整えてやって来る。

今度は、復讐という形で。

そうやって、恨みは、怨みを生み、繰り返す中で、増幅し、個の争いは、仲間を作り、拡がっていく。

それは、国境を越え、世代を超える。

中東戦争を見ても、その原点は遠い昔に始まる。
それが民族のDNAに刷り込まれているかのように、永い年月を超えても終わらない。
時々に、勝敗は着いても、必ず次のラウンドのゴングが鳴ってしまう。
近年では、大国の軍事介入が当り前になってしまい、殴り合いの規模は天文学的な数値に拡大した。

やられたら、やり返す。

この思考の先に平和はない。

何方かが、止めようという大英断を下さない限り、終わることはない。

歴史が証明していることだ。

第二次大戦の敗戦の後、日本は、米国を中心にした連合国の戦後政策を受け容れて、これに従った。

そうするしかなかったという事もあっただろうと思うが、二度と戦争をしない国になる事を決めた。

だから、日本は滅びなかった。

武器を棄てた日本は、頭脳と技術と文化と心を武器にして、平和国家の建設を進めて来た。

70年間という長い間、戦争をしなかった稀有の国になった。

日本は、復讐の心を棄てたからこそ、経済や科学や文化で世界に勝って来れたし復興した。

止めるという勇気と決断を、世界が真剣に考える時が来た。

破壊からは何も生み出す事は出来ないし、敵対する人間を殺し続けて、壊滅的なダメージを与えても、人の精神は、破壊できない。

その精神を継ぐ者は必ず出てくる。

『止める』と『辞める』が大きな平和へのキーワードではないだろうか。